第8話 ベルダン領主邸
ルベット「この子の名は,なんというの?」
千雪「はい,私は,太一と名づけました」
ルベット「た・い・ち。ちょっとこの国には馴染まない名前ね。でも,この子がリスベルの2人目の子供なのね?」
千雪「そうです。リスベルさんの子です。無事に生まれました」
この話を聞いて,リベットの顔に,喜びの笑顔が浮かんだ。
ルベット「千雪さん,ほんとに,ほんとうにありがとう! リスベルが死んでしまっても,こうやって彼の子供を産んでくれて,,,」
ルベットは,太一を抱きながら,涙をぽろぽろと流した。ベルダン領主は,妻のルベットの肩を抱き寄せた。彼は何かを言おうとしたが,沈黙のほうがいいと思い,話すのを止めた。
ルベット「千雪さん,この子は,千雪さんのほうで育てるのですか?」
千雪は,まさにその言葉を待っていた。
千雪「わたしは,これから危険な任務に行かないといけません。あの,もしいやでなかったら,しばらく太一をここで預かっていただきたいのですが?」
ルベットは,歓喜して返事した。
ルベット「もちろんいいわよ!なんなら,メアリーと同じく,ここで育てるのがいいわ。兄弟姉妹は一緒に成長するほうがいいのよ!!」
千雪は,さすがにそこまでは迷惑かけれないとおもいつつも,その言葉に甘えた。
千雪「ほんとうにありがとうございます。とりあえず,危険な任務が終わるまで預かっていただきたいと思います。たぶん,半年程度はかかるかと思います。よろしいでしょうか?」
ルベット「千雪さん,遠慮はいらないわ。いつまでも,太一を預けてちょうだい。メアリーも喜ぶわよ。弟ができて。あっ,そうそう,メアリーを連れてくるわね。ちょっと待っててちょうだい」
ルベットは,太一を抱いたまま,食堂から出ていった。しばらくして,メアリーを抱いた付き添いのレボンを連れてきた。ルベットは,メアリーに向かって言った。
ルベット「メアリー,ママが来ましたよ。甘えていいのよ」
メアリー「えーー,ううう,わーーん!!」
メアリーは,千雪が生みの母だとは知らずに,泣いてしまった。それでも,千雪がなんどもあやした後,なんとか,千雪に自分を抱かせることを許した。すでに,1歳半程度になっているものの,完全に母乳を卒業したわけではないので,千雪はメアリーに母乳をあげることにした。
この場で,千雪が上半身を脱ごうとしてと,ルベットが慌てて,居合わせた男性たちの眼を遮るべく,千雪の側面に立って,彼らからの視界を遮った。レボンもルベットの隣に立ってそれに協力した。
ベルダン領主は,『コホン,コホン』と咳ばらしをしてから,席を立ち,警備兵たちに席を外すように指示した。ベルダン領主も,一緒に席を外した。
メアリーとしても,母乳の誘いに負けてしまい,千雪の母乳を飲み始めた。
メアリーに授乳していると,この子の妊娠中に経験した2つの世界を思い出してしまった。リスベルが平行世界を構築して,コピー体のリスベルがルベットの命令に従順に従う道を選び,本体のリスベルはルベットの命令に従わず,千雪とこの屋敷を出ていく選択をしたことだ。でも,どちらも,真実の出来事だった。ただ,時系列で経験しただけであり,記憶操作と時間遅延魔法を組み合わせただけのトリックだった。
そんなことを思い出しながら,少しセンチメンタルな気分になってしまった。千雪は,少し涙を流しながら,だんだんとメアリーをきつく抱きしめた。きつく抱かれたメアリーは,体がいたくなって,泣きだした。
メアリー「ワーーン,ママ,ママー-。痛いよ。痛いよ」
メアリーのいうママとはルベットの事だ。
ルベット「千雪さん,強く抱きしめすぎですよ。力を抜いてあげなさい」
その言葉に,千雪は慌てて力を抜いた。そして,センチメンタルな気分から現実にも戻った。
千雪「メアリー,ごめんね。強く飽きすぎたわ。あ,そうそう,メアリー,この子は,あなたの弟よ。仲良くしてね」
メアリーも早熟だった。すでにある程度の言葉を理解した。
メアリー「弟?」
千雪「そうよ。太一っていうのよ」
メアリー「た・い・ち?」
千雪「そうよ」
メアリーは,ルベットが抱いている赤ちゃんを改めて見て,恐る恐る言葉に出した。
メアリー「たいち,たいちーー!」
太一は,メアリーを見て,ニヤッと微笑んだ。その微笑みの意味は,太一しかわからない。たぶん,変なことを考えているようだった。
そろそろ授乳が終わっただろうと思って,ベルダン領主が食堂に戻ってきた
。
ベルダン領主は,改めて千雪にお礼を言った。
ベルダン領主「千雪さん,リスベルの2人目の子供を産んでくれてありがとう」
千雪「自然のなりゆきに任したまでです。お礼には及びません」
ベルダン領主「そうか。何か,千雪さんに有益なものをあげようと思って考えていたんだが,なかなかいいものがなくてね。つまらないものだが,収納用の亜空間領域を構築する指輪を手に入れた。すでに持っていると思うが,友人にでもあげてくれ。たくさんあっても,あまり邪魔になるものでないからね」
ベルダン領主は,最近,オークションで比較的安く手に入れた収納用指輪を千雪に渡した。千雪は,それを受け取って,右手の薬指にはめた。
千雪「ありがとうございます。ちょうどスペアの収納指輪がほしいと思っていたところです。この左手の指輪は,精霊の指輪なので,これから使い勝手が悪くなる時期に入りますので」
ベルダン領主「それはよかった。そろそろ精霊の女王祭が始まる頃だろう?わたしも,我が屋敷に伝わる精霊の指輪を,精霊国に行かせないといけない。もっとも,どうやって行かせるかは,指輪に聞かないと分からないがな」
千雪「領主様の精霊の指輪は,たぶん,人化できると思います。でも,私の精霊の指輪は,人化できないそうです。そこで,私が名代として参加するようにと言われております」
ベルダン領主「そうか。精霊の指輪にとって,30年に一度の女王祭に参加しないと,生命エネルギーが供給されないから,死活問題になるはずだ。千雪さんが代わりに参加するなら大丈夫だろうね」
千雪「いえ,ぜんぜん自信ないです。わたしの戦闘レベルなんて,精霊に比べたら,ゴキブリ以下でしょう。でも,指輪からの命令ですし,これまで何度も命を救われたので,恩返しをしないといけません」
ベルダン領主「千雪さんのしている指輪も,千雪さんには,無理難題はふっかけないと思うよ」
千雪「そうだといいのですが,,,」
ベルダン領主は,精霊の話よりも,庭に不時着した帆船のことを聞きたかった。
ベルダン領主「ところで,中庭にある帆船は,いったい誰が作ったのかね?一目見てわかったが,防御機能がすごいね。あれなら,どんな魔法攻撃だって防げてしまいそうだ」
千雪「あの帆船は,以前,リスベルさんが,別世界にいた時に,設計していたものです。わたしは,ただ,その設計図をもとに作成しました」
ベルダン領主「え?リスベルが?で?その設計図は,あるのか?」
千雪「誠に残念ですが,その設計図があっても,他の人には作ることは無理です。理由はちょっと控えますが,その,,,非人間的なことをしないといけないので,,,」
その曖昧な言葉で,ベルダン領主は,なんとなく理解してしまった。
ベルダン領主「そうか,,,ちょっと惜しいが,しかたないな。ところで,あの帆船の戦闘力は,どの程度なんだ?」
その質問に,千雪はちょっと考えてから答えた。
千雪「そうですね,,,SS級の魔法士が100人一度に襲ってきても,あの帆船には勝てないと思います。別の言い方すれば,この国を10回ほど滅ぼすくらいのパワーがあるのではないでしょうか?」
この言葉を聞いて,ベルダン領主は,腰を抜かしそうになった。
千雪「この国では,オーバー過ぎるほどの防御機能なのかもしれません。でも,この帆船で精霊国に行くことを考えているので,決してオーバーするぎることはないのかもしれません」
この話に,ベルダン領主だけでなく,妻のルベットも驚いた。
ルベット「リスベルさんって,別の世界でも,こんなすごい帆船の設計をしていたんですね。千雪さんの役に立てて彼も本望でしょう。わたしも少しはリスベルのこと,見直しました」
千雪はニコッと笑った。
千雪「はい。リスベルさんは天才でした。決して,リスベルさんを非難する必要はありません。どうぞ,誇ってやってください。死んだリスベルさんも喜ぶと思います」
千雪の霊体と連結したリスベルも,当然,この会話を聞いている。リスベルとしても,母親から『見直しました』と言われて,とても嬉しかった。
その後,世間話をしばらくした後,千雪は別れの言葉を言った。
千雪「そろそろ,おいとまさせていただきます。これから,獣人国に行かななくてはなりません」
ルベット「わかりました。名残惜しいですけど,キリがありませんね」
ベルダン領主「そうだな。最後にひとつ聞いていいかな?」
千雪「はい,どうぞ」
ベルダン領主「千雪さんの究極の目標はなにかな?」
千雪「究極の目的ですか?そうですね,,,特にありません。でも,どの世界に行こうとも,千雪の住む場所を作りたいと思っています。そして,メアリーにも,太一にも,どんな場所に行っても,自由に暮らせたらいいと思います」
ベルダン領主「そうか。うん。いい答えだ」
ベルダン領主は,妙に納得してしまった。
千雪たちは,ベルダン領主邸を後にして,帆船千雪号で,一路,獣人国へと出立した。
ーーー
警備隊長は,そばで見送っていたベルダン領主に声をかけた。
警備隊長「あの教祖は,いったい何者ですか?そばにいるだけで,圧倒的なパワーを感じてしまいました。とても,人が到達できるようなレベルではないように感じます。まるで化け物のようでした」
ベルダン領主「そうか,警備隊長は相手の強さを感じ取れるのだったね。教祖は,魔法使いというよりも,霊力使いだ。霊力を支配する指輪の精霊に愛されてしまった。30年に一度の女王祭の時,指輪の精霊が人化して,精霊国に戻るのは知っているだろう。あの教祖は,指輪の精霊の代わりに精霊国に行くことになった。もう人というレベルではないのかもしれん」
警備隊長「なんと?? そうなのですか。指輪が人化すると,SS級の何十倍,何百倍ものパワーがあると聞いています。たしかに,あの教祖なら,それくらいのパワーがあると感じました」
ベルダン領主「早まって攻撃しないでよかったな。もし攻撃していたら,警備員は皆殺しにあっていたかもしれん」
警備隊長「ベルダン領主は,大変な方とお知り合いなのですね。敬服いたしました」
ベルダン領主「そうかもしれん。教祖と知り合いになって,不幸であったり,幸福であったりで,まだ結論は出そうもない。でも,少なくとも,退屈はしなかった。ふふふ」
彼らは,それぞれの思いで,ゆっくりと去ってく帆船を,いつまでも見送っていた。
ーーー
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