第7話 千春の見送り

 シャーク千雪号に試乗した職員たちは,口々に「やっかたわー」,「最高の景色だったーー」などなどと,試乗の体験談を語った。


 その噂は,この狭い千雪御殿内で,一瞬に広まった。そして,千雪御殿の幹部であるエルザやフレール,さらに寅吉の耳にも入った。


 特にエルザは,絶好の機会を逃したことに腹が立った。彼女は,フレールと寅吉を連れて,千雪の寝室に駆け寄った。


 エルザ「千雪!あんた,なんでわたしたちに,シャーク千雪号の試乗があるからって,言わないのよ!!」


 千雪は,太一の授乳をしていたが,エルザの言葉の意味がよく分からなかったが,でも,おおよその憶測はできた。


 千雪「あらら?じゃあ,千春は,あなたたちに声をかけなかったのね。ふふふ。あなたたち,意外と千春と仲が悪いのね」

 エルザ「ふん!そんなこと,どうでもいいから,わたしたちにも試乗させなさい!」


 確かに帆船千雪号の試運転はまだしていなかったと思った。そこで,いい機会なので,試運転することにした。


 千雪「じゃあ,一時間後に,わたしの帆船千雪号の試運転する,みんなに伝えてちょうだい」

 エルザ「え?シャーク千雪号じゃないの?」

 千雪「シャーク千雪号は,千春に預けたわ。もう出発してしまったはずよ」

 エルザ「その帆船千雪号ってやつも,空を飛べるのでしょう?」

 千雪「もちろんよ。見かけだけなら,シャーク千雪号なんかに絶対に負けないわ」

 エルザ「見かけだけ??」

 千雪「そうよ。見かけだけならね。フフフ」

 

 千雪は意味深長ぎみに言った。もっともシャーク千雪号は,この魔大陸にあっては,オーバースペックと言っても過言ではない。ステルス機能だど,無用の長物だ。そんなことをエルザたちに説明する義理などない。


 1時間後,,,


 千雪御殿の職員が全員,中庭に集った。総勢100人にもなった。たまたま居合わせた神王教の信者も一緒だ。さらには,千雪御殿には魔法修行の場もあり,そこで訓練している女魔法士も参加したので,こんな人数に膨れ上がってしまった。


 もちろんシャーク千雪号に乗った職員も,当然集合した。羨望の眼差しでシャーク千雪号を遠目に見ていた千夏たちも集合した。シャーク千雪号には乗れなかったものの,帆船千雪号に乗れるのであれば,それで溜飲が下るというものだ。


 太一を抱いた千雪が中庭に現れた。集合した人数の多さに少々驚いたものの,なんとか乗船できるだろうと思った。それに,帆船なので,甲板に立ってもらえればいいだけだ。


 千春は,指輪の亜空間領域のゲートを空中に展開した。


 シューーー-!


 なんせ,帆船千雪号は,高さがある。そのため,展開する亜空間領域の扉も広大だ。


 直径100メートルにもなろうかとする円形のゲートが出現した。そして,そのゲートから,ゆっくりと帆船千雪号が姿を露わした。


 「えーーーー!!」

 「何?これーーー??」

 「帆船の化け物だわ!!」

 「こんな帆船,見たことないわ!!」

 「めっちゃかっこいい!!」


 魔大陸の連中にとって,マストが3本もある大型の帆船など見たことがなかった。風魔法が使える魔法士が操縦するので,マストは1本あれば十分だからだ。


 千雪が,シャーク千雪号ではなく,帆船千雪号を選んだことに間違いはなかった。職員たちに,あっと言わせることができただけで,その甲斐があったというものだ。


 

 千雪は,フレール,千夏,千秋,千冬,寅吉の5名に命じて,搭乗者を5組に分けさせて,転移で,帆船の甲板に転移させた。そして,船体が高速で移動しても風の影響を受けないように,防風バリアを船体に施すように帆船千雪号に命じた。


 帆船千雪号は,ゆっくりと上昇していった。高度1500mの位置で止まり,リスベルが苦労して考えた種々のセンサー式バリアを船体の中心部から1000mの円球状の部分に構築した。


 エルザ「千雪,この帆船の安全性は大丈夫なの?もし,墜落されたら,一環の終わりよ!」

 千雪「大丈夫よ。月本国でさんざんテスト運航して対策を講じてきたのよ。それに,死ぬならみんな一緒でいいでしょう?」

 フレール「でも,天気がいいから,いい眺めね。気分最高だわ。あの遠くに見える山なんかも,上から見るとあんなふうになるのね」


 総勢100名の搭乗者も甲板のハンドレールに寄りかかって,景色を堪能しだした。帆船は,徐々に速度をあげていったが,揺れることはなかった。


 しばらく行くと,帆船千雪号が千雪に念で報告した。


 帆船千雪号「前方10km先に,シャーク千雪号飛んでいます。このままの速度だと,15分後に追いつきます」


 この報告に,千雪は,北側にある海,『北流海』まで見送ってあげてもいいと思った。


 千雪「では,シャーク千雪号に連絡してちょうだい。北流海まで一緒に行きましょうって連絡してちょうだい」

 帆船千雪号「了解しました」


 帆船千雪号は,シャーク千雪号に連絡した。彼女たちは,もともと悪霊大魔王の構成員だった。完全な霊体を有する,元,魔界の女性だ。それが,何の因果か,帆船千雪号とシャーク千雪号の操縦制御装置に組み込まれてしまった。


 もともと悪霊大魔王出身の霊体同士だ。お互いの連絡など,何千kmと離れていない限り,瞬時に連絡をとることが可能だ。


 この事実については,千雪はまだ知らない。リスベルが勝手に,千雪の了解を得ずに,悪霊大魔王に命じて,完全体の女性の霊体を提供させた。それによって,簡単な口頭による命令だけで運行できるようになった。


 でも,彼女ら霊体にとってもメリットはある。この任務が終われば,リスベルから完全な肉体が与えられる約束だ。リスベルにとっては,口からでまかせなのだが,彼女らは,その言葉を信じるしかなかった。


 まもなく,帆船千雪号はシャーク千雪号に追いつき,並列して,速度を合わせて飛行していった。


 帆船千雪号の甲板にいる連中は叫んだ。


 「みてみて,あれ,シャーク千雪号でしょう?」

 「こうやって見ると,シャーク千雪号も優雅なフォルムしているわね」

 

 などなどと叫んだ。


 千夏たちも,せっかくなので,千春に声をかけることにした。

 千夏「千春!!元気ーー? しっかり操縦できてるーー?」

 千秋「千春!どう?そっちの乗り心地は?」

 千冬「寂しくなったら,連絡してねーーー?」


 連絡と言っても,北流海や北端魍魎域に行ってしまうと,強烈な磁場嵐の影響で,飛行も,一切の連絡手段をとることはできない。それに,甲板から叫んだところで,シャーク千雪号の中にいる千春に声が届くわけもない。


 でも,シャーク千雪号の中にる千春は,窓越しに,帆船千雪号が並列で飛行しているのを見て知った。シャーク千雪号は,千春に連絡することなく,帆船千雪号と連絡しあって行動していた。


 千春は,シャーク千雪号に聞いた。


 千春「あの帆船は何なの?」

 シャーク千雪号「あれは,千雪様が乗っている帆船千雪号です。あの帆船は,初期型の飛行船です。性能に機能美がなく,装備も貧弱です。千雪様は,もともとこのシャーク千雪号に乗る予定でした。でも,『可愛くない』という理由で,初期型の帆船千雪号を選ばれました」

 千春「・・・,可愛くないか,,,」


 

 さらに1時間程度飛行したところで,北流海の海辺付近に到着した。そこで2艘の千雪号が着地した。


 シャーク千雪号からは,千春と香奈子が出て来た。シャーク千雪号からは,太一を抱いた千雪と,千夏ら3名が,甲板から風魔法を駆使して,千春のそばに着地した。


 千春「わざわざここまで見送っていただいて,ありがとうございます」

 千雪「まあ,試運転がてらに,ここまで来てしまったわ。千春,じゃあ頑張ってね」

 千春「はい,ここまで来た以上,頑張ります。太一様のお土産を期待してくだい」


 千雪は,千春に声を掛けたものの,香奈子には声をかけなかった。これに,意を唱えたのが,なんと太一だった。


 太一「ママ,ママーー,かなこーー!」


 太一は,それだを言うのがせいっぱいだった。でも,それで,千雪は香奈子の存在を失念していた。


 千雪「そうね,香奈子。あなたは,なんの取り柄もないけど,きちんと千春の補佐をしてちょうだい。期待しているわよ」


 それ言われて,香奈子は,ただ,型どおりの返事をするしかなかった。


 香奈子「はい,,,がんばります」


 その後,千夏たちが,それぞれ千春に激励の言葉をかけた。その激励の言葉には,「わたしが任命されなくてよかった」という安堵の気持ちが含まれていた。でも,この場で,千春が文句をいうわけにもいかないものの,少し嫌味の言葉で言い返した。


 千春「すてきな激励,ありがとう。なんか,自分たちが行かなくてよかった,という気持ちがよく伝わってきたわ」

 千夏「いやねーー,勘ぐりすぎよ。それに,こんな素敵なシャーク千雪号に乗れるなんて,超ーー贅沢よ。ともかく,一刻も早く制服できたっていう報告を待っているわ。じゃーね」

 千秋「千春,ファイト!ファイトよ!」

 千冬「千春,わたしたちの分まで,がんばってきてね!!じゃーね」


 千雪と千夏たちは,また風魔法によって,ゆっくりと上空に舞い上がって,帆船千雪号の甲板に戻っていった。


 千春たちもシャーク千雪号に戻った。そして,飛行禁止区域である北流海に,船として航行していった。


 シャーク千雪号が,ゆっくりと北流海を航行していくのを見届けた後,帆船千雪号は,ゆっくりと離陸して,千雪御殿に戻っていった。



 ーーー

 翌日,帆船千雪号は,千雪たちを乗せて,南東領主のベルダン領主邸に向かった。拘束で飛行したので,30分も飛行すると,目的地に着いた。



 ー 南東領主のベルダン領主邸ー


 帆船千雪号は,ベルダン領主邸の中庭にゆっくりと高度を落として着地した。



 南東領主邸は国王を輩出したところなので,特別に警備が厳重だ。だが,帆船が出現しても,不用意に攻撃されることはなかった。


 警備隊長「全員,臨戦態勢を継続し,即時攻撃魔法を発動できる準備を維持せよ!

 警備員A「見てください,この帆船の船体。至るところに,魔法攻撃バリアが何重にも発動しています。攻撃しても弾かれます。それに,どうも魔力反射魔法陣も備えているようです。うかつに攻撃できません。こんなすごい帆船,みたことありません。膨大な魔力を湯水のように使うなんて,通常では考えられません!」

 警備隊長「われわれの常識では考えられないのかもな。教祖が絡んでいる可能性が高い。ここには,彼女の子供がいるからな。


 警備隊長は,昔,先代の教祖を見たことがあった。巨乳の美女というイメージだ。その先代の教祖,つまり千雪のことなのだが,リスベルの死刑執行の日に,リスベルと一緒に死んだと聞かされた。


 その後,教祖の2代目が国王と衝突して,いろいろあって,国王側と教団側が友好条約を締結したことは周知徹底された。だから,教祖の可能性がある場合は,うかつに手を出してはいけない。


 そんなことを考えていたら,帆船千雪号の船体の一部がゆっくりと開きだした。そして,船体の中から,ひとりの女性が赤ちゃんを抱いて出てきた。


 警備隊長は,彼女を見て,以前見た神王教の初代教祖にそっくりだと思った。ただし,巨乳のレベルがまったく違ったので,別人だと認識した。それよりも,彼をして,驚愕させたのは,彼女から伝わる圧倒的な『恐怖』だった。


 警備隊長は,彼女を一目見て脚が震えた。彼は,相手の強者としてのレベルを敏感に察知する能力に優れていた。もし,警備隊長が,隊長としての身分でなかったなら,ためらいもせずに,尻もちをついて,後ずさりをして,命乞いをしただろう。隊長であるが故に,数歩後ずさりするだけで,かろうじて,自分威厳をギリギリたもった。


 千雪は,警備隊長の前に歩み出た。彼女は,警備隊長のそんな思いを気にするはずもなく,警備隊長に忠告した。


 千雪「みなさん,わたしはあなた方の敵ではありません。攻撃しないでください。私は,神王教の教祖です。われわれは,国王と友好条約を締結しています。もしわれわれに攻撃するなら,条約違反となり,取り返しのつかないことになってしまいます」

 

 警備隊長は,その辺の経緯は重々承知している。相手から友好条約という言葉を聞いて,この女性は,教団の教祖であることに間違いと判断した。


 警備隊長「そのことは重々承知しております。ただ,この帆船が敵か味方か判別できなかったので,臨戦態勢をとっているだけです。あなたは,初代教祖様とは,どんな関係なのですか?」


 この言葉に,千雪は,ふと思い出した。自分は,2代目教祖なのだと。


 千雪「わたし,2代目の教祖をしています。初代教祖と同じく,千雪と名乗っています。すいませんが,領主様と奥様に会いたいので,取り次ぎをお願いできますか?」


 警備隊長は,千雪が『恐怖』レベルにまで達する強者でなかったら,徹底して,神王教の教祖かどうかを調べただろう。しかし,千雪から伝わるその『恐怖』で,十分に教祖であることがわかった。


 警備隊長「わかりました。少々,ここでお待ちください。確認してまいります」


 しばらくして,ベルダン領主が屋敷からでてきた。ベルダン領主は,千雪,という呼び方をせずに,教祖様と呼んだ。


 ベルダン領主「教祖様。よくおいでくださいました。どうぞ,中にお入りください」

 千雪「ありがとうございます。実は,連れが少々いるのですが,ご一緒していいでしょうか?」

 ベルダン領主「遠慮しなくて結構です。お仲間の方々もご一緒にどうぞお入りください」

 千雪「ありがとうございます」


 千雪は,マリアたち全員を呼んで,彼女らとともに,屋敷の食堂へとすすんだ。食堂では,すでに領主の妻ルベットが待機していた。


 千雪以外にも,龍子と茜も赤ちゃんを抱いていた。何か,千雪が抱いているのは男の子で,ほかは皆,女の子だ。


 ルベット「あら? 赤ちゃんばっかりで,にぎやかだわね。教祖様,その赤ちゃんはどうしたの? あなたの赤ちゃんなの?」


 ルベットも,近くに警備隊長と警備副隊長が控えているため,千雪を教祖様と呼んだ。

 

 千雪「はい,そうです。リスベルさんの子です。太一といいます。太一,この方が,あなたの祖母ですよ。ばーばですよ」


 太一は,カタコトで,ルベットに向かって言葉を発した。


 太一「ばーば,ばーば!」


 この太一の掛け声で,


 千雪は,太一にちょっとキスをしてから,この子をルベットに渡した。ルベットは,太一を受け取った。



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