第6話 『北端魍魎域』

 千雪にとっては,勝手知ったる魔法国だ。尊師の道場に転移したものの,こそには誰もいなかった。そこで,千雪は,全員を連れて,そのまま,魔法国の千雪御殿に再転送した。



 ー 魔法国の千雪御殿 ー

 ここに着いた千雪は,千春たちに熱烈歓迎を受けた。当然のことだ。その日の夜は,盛大な宴席が開催された。その宴会も終わり,三々五々,参加者が去った後,千雪は,自分の部屋に千春,千夏,千秋,千冬の4名を呼びつけた。


 千雪は,太一に母乳を与えながら,彼女たちに,とんでもないことを依頼した。だが,その切り出し方がわからなかったので,遠回しな表現を使った。


 千雪「この子,見てちょうだい。男の子よ。長女は,すでにリスベルの母親が面倒をみているし,いずれ,南東領域を収めることになると思うわ。でも,この太一には,何もあげられないわ。悲しいわ」


 千雪は,このような言葉で,話を切り出した。この話から,千雪が何をしたいのかを千春たちは即座に理解した。


 千春「だったら,この魔法国を奪って,太一様に王様になってもらいましょう!」


 千春の発想は単純だった。その発想に千秋は反論した。


 千秋「ダメよ。平和条約があるわ」

 千春「なら,隣の獣人国を滅ぼしましょう!」


 この言葉に千雪が反論した。


 千雪「獣人国はダメね。マリアに与えるって約束しているわ」

 

 そうなってくると,もうこの大陸には国はない,,,いや,大陸はある。未踏の『北端魍魎域』だ。千春は,恐る恐る,この地名の名を切り出した。


 千春「でも,『北端魍魎域』は,行った人はいるけど,誰も帰ってきていないわ。そんな地域を支配しても,なんの意味もないかな?」


 千春は自問自答した。千夏たちも,あまり意味がないことに賛同した。でも,千雪の目が光った。


 千雪「いくら未踏の場所でも,長距離転移ゲートさえ構築してしまえば,いくらでも往き来は簡単だと思うわ。太一には,将来,その『北端魍魎域』をプレゼントすることにするわ。誰か,そこに行って,その地域を制服してきてちょうだい」


 これが,千雪の本来の目的だ。問題は,誰が,そんな馬鹿げた任務を引き受けるかだ。


 千夏「言い出しっぺは,千春よ。千春が行きなさいよ」

 千春「わたしの戦闘力は,まだまだよ。千夏がここでは,ナンバー1の強者よ。千夏がいいと思うわ」

 千夏「わたしは,この千雪御殿の管理をしないといけないし,国王側の軍隊との共同訓練にも参加しないといけないし,結構忙しいのよ」


 千夏の言っていることは真実だ。国王側と千雪側との協調関係を強化する意味で,共同訓練を定期的に実施していた。千夏は,霊力を自分で生み出せることが可能なので,千夏は,実質,千雪の代理になりえる逸材だ。わけのわからない『北端魍魎域』への制服など,任せるわけにはいかない。


 千春たちが,お互い,この任務を押しつけ合って,拉致があかないのを見て,千雪が直に命令を下すしかかなった。


 千雪「では,わたしが人選を決定します。この任務には,,,千春を任命します」


 この言葉を聞いて,千春は,がっくりした。たぶん,自分に命令されると予想したからだ。千夏は,共同訓練があるので,参加不可。そうなると,次ぎに実力のあるのは千春だからだ。でも,ちょっとだけ抵抗してみた。


 千春「『北端魍魎域』に行くには,海を渡るんでしょう?渡るだけで,2,3ヵ月くらいかかるって昔聞いたことあるわよ。おまけに流刑地だったらしいわ。それに,磁場嵐がひどいし,風の流れも異常らしいから,飛行することも転移すっることもできない地域よ。おまけに魔法による通信だってできないらしいわ。それに,わたしの赤ちゃんもまだ小さいし,,,」


 千春が任命されたので,千夏たちは気楽に,千春の言葉に反論した。


 千夏「そんなの,上等な船を借りて,行くだけじゃない。のんびり船旅を楽しめばいいのよ。それに,赤ちゃんがいるのは,みんな同じよ。千春だけじゃないわ」

 千春「上等な船ったって,まともに『北端魍魎域』に到着できるかどうかわからないのよ。磁場嵐のせいで,方角さえも,正確に把握できないらしいわ」


 千春と千夏の論争を千雪が止めた。


 千雪「上等な船ならあります。それも,とびきり上等な空を飛ぶ船です。この世に,これ以上もない高性能なものです。それに乗って行けばいいでしょう。たぶん,飛行禁止区域といっても,海上すれすれで飛ぶことはできると思います。そうすれば,いくら遠くても,半日,いや,うまくすれば数時間でその『北端魍魎域』に着くことは可能でしょう」


 この言葉を聞いて,千春ではなく,千夏が反応した。


 千夏「千春,よかったわね。そんな上等な船があって。ふふふ」


 千春は,にがにがしい顔をした。千春のにがにがしい顔を見て,千雪は,ちょっとだけ千春に特典を与えることにした。


 千雪「大切な任務を遂行してもらうのだから,千春には特典を与えましょう。その千春の体に男性自身を具備させましょう。それがあれば,『北端魍魎域』に行っても,処女をいくらでも犯すことができると思うわ。その国を支配できれば,その領域の処女すべてを犯せるわよ。ふふふ」


 千春に,そんな変態趣味はない。

 

 千春「その,,,男性自身はどうでもいいのですが,もっと実用的な魔法とか,とっておきの切り札になる魔法ってなにのですか?」


 千雪は,ちょっと考えてから返事した。


 千雪「そうね,,,実用的な魔法といえば,,,魔力吸収魔法陣かな? あ,そうそう,高性能収納指輪を一個持って来てちょうだい」


 千春は,自分のしている収納指輪を千雪に渡した。千春のしていたのは,収納指輪の中でも,収納空間が家2件くらい収納できる高性能収容指輪だ。


 千雪「上等な空飛ぶ船って,『シャーク千雪号』っていう名前よ。この高性能収納指輪の亜空間領域の中に移しておくわね。このシャーク千雪号は,最新鋭の戦闘型飛行船よ。操縦方法はコックピットに入ってから聞きなさい。教えてくれると思うわ。魔力吸収魔法陣についても,シャーク千雪号に聞きなさい。教えてくれるはずよ」


 この話を聞いて,千夏がうらやましそうに千春に言った。


 千夏「千春,よかったじゃない。そのシャーク千雪号に乗れて。うらやましいなぁ。おまけに男性自身も身につけれるようになるんだから」

 

 千春は,どうせなら,男性自身を今,つけてもらって,千夏を犯したいと思った。


 千春「千雪様,今,男性自身をつけさせてください。高慢ちきな千夏をこの場で犯してやります!」


 これに,千夏が真っ青になって反論した。


 千夏「千雪様,ダメです!!その方法だけ教えるだけでいいでしょう!男性自身は,その『北端魍魎域』で適当に男から奪えばいいだけです!!」


 千雪にとっては,千夏の意見に賛成だ。だって,何もしなくていいのだから。


 千雪「では,千夏の言う通りにしましょう。千春,男性具備についてもシャーク千雪号に聞けばいいわ」

 

 千春は,千雪の命令を受け入れるしかなかった。でも,さすがに1人で行くには寂しいと思ったので,道連れを依頼した。


 千春「ひとりでいくのは,やっぱり心許ないです。千秋と千冬も連れていっていいですか?」


 ここに来て,お鉢が千秋と千冬に降って沸いた。彼女らは,なんとしても避けなければならない。でも,適当な反論の手段がなかった。これに千夏が助け舟を出した。


 千夏「国王軍との共同訓練に,千秋と千冬も同行することになっています。千春のお供は無理です!」


 この千夏の言葉が決定打になった。


 千雪「千春,ぐちゃぐちゃ言わないで,1人で行きなさい!そんな北端魍魎域ごとき,2ヶ月もあれば簡単に制服できるでしょう。明日にでも出発しなさい!!」


 しかし,千春は怯まなかった。


 千春「エルザでもフレールでもいいです。誰か,もう一人,一緒に行く人を選んでください。お願いします!!」

 千雪「いいから,1人で行きなさい」

 千春「嫌です。寂しいです! 誰でもいいです! 魔法が使えなくてもいいですから。誰かをーー」


 千春の必至の要求に,千雪は折れた。この任務は,確かに危険が伴う。適当な人選ではだめだ。でも,逆に言うと,死のうがのたれじにしようが,惜しくない者を選ぶことでもいいのではないか?


 千雪は,心当たりがあった。太一の世話係の香奈子だ。ろくに魔界語も話せないが,彼女を任命することにした。太一は,当面,リスベルの子供だとウソをついて,彼の母親に預けてしまえばいいと考えた。千雪は,我ながらいい考えだと思った。


 千雪「しょうがないわね。じゃあ,魔力は使えし,魔界語も話せないけど,香奈子にするわ。道すがら,魔界語でも教えてあげれば,いい時間つぶしになるでしょう」


 千春は,宴席の会場で見た香奈子の姿を思い出した。


 千春「あの,胸がぺったんこの女性ですか?」

 千雪「そうよ。最悪,千春が窮地に陥ったら,香奈子を性奴隷として差し出せば,なんとかなるでしょう。彼女は,ほぼ処女よ」


 千雪の言う,『ほぼ処女』という意味がよくわからなかったが,『処女』と同義語だと理解した。千春にとっては,戦力にならない厄介者が増えたような気がしたが,『性奴隷』として差し出せるのであれば,それも悪くないと思った。


 千春「では,香奈子で我慢します」

 千雪「じゃあ,これで決まりね」


 千雪は,言いたいことを言って,さっさと寝室に消えていった。

 

 

 翌日の朝,


 香奈子は,すがすがしい朝を迎えた。太一の世話と言っても,太一は,生まれたばかりなのに,まったく手がかからなかった。オシッコ,うんこ,という言葉を発するので,その対応をすればいいだけだ。授乳は千雪がする。昨晩は,千雪が太一を連れていったので,香奈子は1人で,悠々自適にぐっすりと寝ることができた。でも,それが,香奈子にとって,ぐっすりと寝ることができた最後の日になった。


 香奈子は,千雪に連れられて,千春の部屋に来た。そこで,千雪は,お互いの紹介を簡単にしたあと,香奈子に一言言った。


 千雪「今から,太一の世話係の仕事の任を解きます。そして,千春があなたの上司です。彼女に従いなさい。まあ,最初は,魔界語の勉強からかな」


 千雪は,それだけを言って,太一を抱いたまま,その場を去った。千春は,ポカンとしている香奈子の手をとって,中庭に連れていった。


 中庭が十分な広さがあるのを確認した跡,千春は,高性能収納指輪から,シャーク千雪号を出現させた。


 ゴゴゴゴ--


 大きな亜空間の扉が開き,そこからピンクと白を基調としたシャーク千雪号が出現し,その全貌を露わにした。


 形はサメをモチーフにしているが,そのフォルムは機能美に溢れていた。性能面においても,帆船千雪号よりもはるかに高性能だ。


 このシャーク千雪号が出現したことで,付近にいる教団の職員たちが,中庭に集ってきた。


 「キャーー-!!すてきーーー!!これって,サメよね。空を飛ぶのかしら?地を這うのかしら?」

 「ヒレが羽のようになっているから,飛ぶんじゃねーの?」

 「でも,スマートな形だわ。これに乗ってみたーーい!!」

 「わたしも乗りたーい」


 職員たちは,このシャーク千雪号の管理者が,千春だと思ったので,千春に,「乗せて,乗せて!」とせがんだ。


 それを遠回りに見ている連中がいた。千夏,千秋,千冬の3名だ。彼女らは,『北端魍魎域』の任務を千春に押しつけた手前,千春にせがむのを思いとどまった。もし,どんでん返しで,彼女らに『北端魍魎域』の任務が来てしまったら,目も当てられない。


 シャーク千雪号の定員数は不明だが,せがんできた職員全員を乗せたとこで,20名ほどだ。


 千春「そうね,試運転がわりに,上空を一回りしてきましょうか。じゃあ,みんな乗ってちょうだい」


 そうは言ったものの,乗り込み口がどこかわからなかった。千雪から言われていたのは,シャーク千雪号に念話で命令すればいいらしいということだけだ。そこで,念話でシャーク千雪号に命じた。


 千春『シャーク千雪号さん,すいませんけど,職員を乗せて試運転したいだけど,どうやって乗ったらいいの?』


 するとシャーク千雪号から,すぐに返答があった。


 シャーク千雪号『わたしに念話で話すあなたは誰ですか?千雪様の念話とは違います。命令の実行を拒否します』


 これには,千春は,びっくりした。シャーク千雪号が,なんと,念話で返答してきたのだ。あたかも本物の人間が念話で話しているようだ。


 千春『え?シャーク千雪号さんは,念話ができるのですか?』

 シャーク千雪号『返答を拒否します』

 千春『・・・』


 シャーク千雪号は,念話を使って返事した。それは,すなわち念話ができるということだ。さらには,人間の霊体がシャーク千雪号に使われているということも意味する。それを隠すために『返答を拒否します』と念話で言ってしまった。ここに宝物を隠していませんと言って,宝物を埋めた場所を警戒しているのと同じことだ。


 やむなく千春は,千雪の寝室に出向いて,シャーク千雪号が千春命令を聞くようにしてほしいと依頼した。千雪は,命令権を千春に引き継ぐのをコロッと忘れていた。その後,なんだかんだで,命令権の引き継ぎを完了した。


 千春は,再度,念話でシャーク千雪号に命じた。


 千春『シャーク千雪号さん,乗船したので,乗り口を開いてください』

 シャーク千雪号『千春様の念話信号を確認しました。では,その命令を実行します』


 プッシューー!


 シャーク千雪号の胴体の一部が開いて,その部分が,倒れるように開いた。千春は,一番乗りで,そこに乗り込んだ。内部の広さを確認した後,職員たちに言った。


 千春「さあ,乗っていいわよ。20人くらいなら,ぜんぜん問題ないわよ」


 この千春の言葉に,「わーーい!」,「やったーー」,「ラッキー-!!」という叫び声とともに,職員たちが,一斉に船内に乗り込んでいった。


 その光景をうらやましそうに,千夏たちは見ていた。


 千秋「わたしも,一緒に行けばよかったかな,,,」


 千秋は,ちょっと後悔した。でも,もう後の祭りだ。



 ファー----!!


 乗り口が閉じて,シャーク千雪号は,ゆっくりと垂直に離陸していった。スムーズな離陸だった。これは,千春が操縦に精通しているからではない。千春が命じたのは,『このあたりをグルと旋回してから戻ってきてちょうだい』だけだった。あとは,すべてシャーク千雪号の制御機能が操作した。


 いったい,どうやったら,こんなにもスムーズに制御できるのかと,千春は不思議がった。あとで,シャーク千雪号にいろいろと聞いてみようと思った。


 船内では,もう,大はしゃぎだった。


 「キャーー!!見て見て!千雪御殿があんなにも小さく見える!」

 「あの川って,こんなにもS字カーブしていたのね。しらなかったわ」

 「この大地って,こんなにも美しかったのね,,,感動!!」


 香奈子も,船内に乗っていた。職員たちの言葉の意味はわからなかったものの,感動しているのはわかった。確かに,この魔大陸の風景は,緑が濃くて,上空からだと,緑一面で,美しかった。ところどころ大きな滝があったり,河川がぐにゃぐにゃに蛇行していたり,極めつけは,大地溝帯まであった。


 約1時間ほどの空中旋回は終わった。千春の試運転も終了した。千雪はシャーク千雪号の自動操縦機能の優秀さを十分に理解した。曖昧な命令でもそれなりに実行してくれそうだ。なによりも,人間の言語を完璧に理解してくれるのが嬉しかった。


 試運転が終了し,乗り込んでいた職員も全員下船した。


 シャーク千雪号には,千春と香奈子だけになった。千春は,シャーク千雪号に魔界語を月本語に通訳するように命じた。香奈子と意思疎通を図るためだ。


 千春が通訳を求めた言葉は単純だ。


 「今から,この魔大陸の北部にある海を越えていくわよ。その先にある未開の土地,『北端魍魎域』に向けて出発します』


 かくして,2人を乗せたシャーク千雪号は,再びゆっくりと離陸して,北の方角に進路をとって飛行していった。




 (この続きは別章で公開予定)

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