2 焚き火
それから二人と一匹は、乾いた土の大地を進んだ。しばらく進むと細い川に突き当たった為、川に沿って歩いた。 五メートルほどの川幅があり、流れは緩やかで、水は黄色く濁っていた。川岸の雑草には壊れたポリバケツやビニール製の袋が絡まっていた。
日が暮れてきたため、川から離れ、近くの岩山まで歩いた。
放射線濃度が高い地域には大きな野生動物はほとんど居ないが、それでも時折、夜の闇に紛れて「よくないもの」が現れることがあり、夜間に移動をするのは危険だった。
しばらく歩き、岩山についた頃には、空はずいぶんと暗くなっていた。
マキは大きな岩の陰に背負っていたバッグを置き、中から灰色の厚い布のシートと、丸めた灰色の毛布を取り出し地面に敷いた。テッサにそこに座るように伝えると、彼女は頷き、ブーツを脱いでシートの上に座った。
「テッサ、もう寝る?」
マキが聞くと、テッサは首を横に振った。
「じゃあ火を起こそうか。ハール、さっきの木の欠片いくつか出せるかい?」
マキはハールに声をかけた。昼間の聖堂で、壊れたベンチの残骸をいくつか飲み込ませておいたのだ。
ハールは首をグルッと回し、口から乾燥した木片を吐き出した。無数の木片の中から、マキは小さくて細長いものを選び、地面に重ねて組み、オイルライターで火をつけた。火はすぐに燃え上がり、薄暗い周囲を鮮やかなオレンジ色に染めた。
しばらくして火が安定してきたので、マキはテッサに声をかけた。
テッサは毛布を肩にかけ、火のそばに座った。やがて、ぶ厚い雲の向こう側で太陽が完全に沈み、辺りは真っ暗な闇に包まれた。揺らめくオレンジ色の炎から、時折パチンと爆ぜる音が聞こえた。
マキが見ていると、テッサは、革のウエストバッグから銀色の箱を取り出した。箱の中には、小さな鋏やニッパー、飾りのついたアイスピックや沢山の針と糸が入っていた。それらをつかってテッサは細工物を作り始めた。
「やくに立たないもの」を「やくに立つもの」にする作業と、昔テッサは言っていた。小さなチョーカー、革のブレスレット、髪留め、ブローチ。色々な場所で拾った物で作られたそれらは、時々とても高い値段で売れた。旅を続けるマキ達にとって、それは貴重な収入源になっていた。
それは、マキの姉のミサの趣味でもあった。
次は、何を作るのだろうか。マキは気になったが、聞くことはせずに、テッサの作業を見つめた。
ずいぶんと長い間、二人とも飲食をしていなかった。テッサは分からないが、少なくともマキには空腹感や口渇感があった。少しでも、なにかを身体に入れたかったが、食べ物も飲み物も底を尽きていた。それでも、体は動かすことは出来ていた。食事のない夜の長さに、マキはいつまでたっても慣れることが出来ずにいた。
燃やすものが少なくなってきたので、マキはテッサに、そろそろ寝るように伝えた。彼女は手を止め、作っていた細工物を片付け、岩陰に敷いたシートの上に横になった。マキはテッサに毛布を掛け、その隣に腰を下ろした。ハールがマキのもとに近寄ってきて、マキの手元に伏せて、身体を丸くした。マキはハールの背中をなでた。
小さな焚火から炎が消え、僅かに残る熾火だけとなり、周囲は急に暗くなった。星のない夜の闇は、本来のその密度をもって、まるでのしかかる様に辺りを包み込んでいた。
マキは、目に着けていたゴーグルを外した。ほんの少しだけ目が痛かったが。さっきよりもだいぶマシになっていた。多分、背後の大きな岩山が風の流れを邪魔しているせいだろう。
そして、目を閉じ、息を止め、耳を澄ませた。
――息を止めたまま、意識を集中していくと、やがて様々な音が聞こえるようになってくる。足元の虫の声、乾いた砂の動く音、遠くの雷の音、岩山にぶつかる風の音、岩山を転がる小石の音、熾火の立てる音、自身の心臓の鼓動、血管を巡る血液の脈動。意識を集中したまま、ゆっくりと目を開くと、真っ暗な世界が少しだけ見えるようになる。夜の闇を見つめながら、身体の内側から、少しづつ感覚を広げていく。皮膚に触れる布の感覚。臀部の下の砂の暖かさと身体の重み、身体を包む生ぬるい空気の温度。自分の身体の表面の感覚を十分に確かめた後、意識を身体の外側に合わせると、真っ暗な闇の中で、自分が一人座っているのが分かるようになる。
意識を広げる感覚。そしてその全てを使い、周囲を認識する方法。昔、ミサに教えてもらったものだった。
感覚を馴染ませるように、マキはゆっくりと息を吐き、目を閉じた。すぐ横にテッサの存在を感じ、マキは少しだけ安心した。
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