1 石の聖堂
石造りの聖堂の入口の、分厚いオークの木の扉を蹴破ると、そこにはたくさんの骨が転がっていた。
朽ちてバラバラになった椅子や机の破片、灰色の埃にまみれた赤や緑の敷布。それらに交じって、こげ茶色の染みの付いた人骨が散らばっていた。
彼らはきっと、ここに逃げ込み、そのまま最後の時を迎えたのだろう。
長年の汚れで灰色に曇ったステンドグラスを通した光が、聖堂の内部をうっすらと照らしていた。
入口の扉は、内部から棒や板を打ち付けられていたようだった。木枠に張り付いた剥き出しの釘や、割れた木材の鋭い切っ先を、マキは革のグローブをつけた手で丁寧に取り払った。壊れたドアの残骸を足先で除けた後、マキは聖堂の奥へ進んだ。ブーツの靴底の下で、朽ちたベンチの残骸やガラスの破片がバキバキと音を立て、その音が静寂に小さな聖堂の内部に響き渡った。マキの後をついていくように、テッサはゆっくりと聖堂の中に入り、その後に続いて黒犬のハールが聖堂に入った。
一番奥の突き当りの場所でマキは立ち止まり、崩れかけた木の祭壇を漁った。朽ちた樫の木の棚台は傾いており、足元には金属の額縁のついたイコンや刺繍の入った布や錆びた銀杯が転がっていた。折れた燈台、緑青にまみれた大杯、ボロボロの聖書。たくさんのガラクタをどけ、壁に貼られていた化粧板をはぎ取ると、ごつごつした石のブロック壁が現れた。下のほうには、いくつかのブロックが抜き取られ、空洞になっている部分があった。マキはしゃがんで手を差し込み、中から子供の頭ほどの大きさの容器を取り出した。
容器は銀色の台座が付いたボールのような金属の球体で、その表面には細かな銀の装飾が張り付いており、蓋に錆びた蝶番と、その反対側に小さな南京錠が付いていた。
マキは、容器を抱えて振り返り、後ろで待っていたテッサに見せた。彼女が頷くのを確認したあと、容器の蓋に手をかけてガシャガシャと引っ張った。やがて容器の留め金がバキンと音を立てて壊れ、蓋が開いた。マキは乱暴に手を突っ込み、中から赤いビロードの包みを取り出した。容器を無造作に放り投げ、包みを開くと、万年筆のような形の、錆びた金属の棒が出てきた。
「テッサ、これはどう?」
マキがテッサに金属の棒を渡した。彼女は両手で受け取り、ゆっくりと首を振った。
「これは、…白くて小さい」
「そっか」
マキは呟くように言い、それを受けとって包み直し、ハールを呼んだ。
「ハール、これを」
マキは膝を曲げ屈んで、ハールの鼻先にそれを持っていった。ハールは鼻を近づけて匂いを嗅いだあと、口に咥え、呑み込んだ。喉元よりも大きな布の包みが、するりと飲み込まれていくのを、マキは無表情で眺めた。
それからしばらく、聖堂の裏の小部屋や、祭壇のカーペットの下を探したが、他にそれらしいものは見つからなかった。マキが探している間、テッサは床に散らばった残骸を漁っていた。何か見つかったかを聞くと、テッサは手のひら一杯のビーズと黒くなった十字架のペンダントをマキに見せた。それらは全て「役に立たないもの」であった。
聖堂の外に出て、マキは軽くため息をついた。
目の前には、乾燥した大地に埋もれた町の跡があり、土の壁だけになった家々が五十軒ほど連なっていた。教会は丘の上に建っており、小さな町の全景が良く見えた。中には屋根が残っている建物もあったが、中に入って調べる気にはなれなかった。
町の向こう側には薄い黄土色の荒野が果てしなく広がっていた。所々に、捻じれた枝を持つ広葉樹の雑木林や、淡い緑色の雑草が生い茂った平地や、薄茶色の大きな岩山があり、地平線のあたりには遠く灰色の山々が見えた。そんな景色が、見渡す限りに広がっていた。空は厚い雲に覆われていたが、もうしばらく雨が降ることはない。
目が痛くなり、マキは額に上げていたゴーグルを目に嵌めた。虫の声は聞こえるが、目の前に広がる視界に鳥や動物は見当たらなかった。
南の街で聞いた話では、昔この近くに核兵器が配備された軍事拠点があり、それらが災厄の際に破壊されたとのことだった。周囲にまき散らされた放射性物質の影響で、この辺りは未だ高濃度の汚染が広がっていた。
マキは、背負っていた皮のバッグから、ビニール製の大きな地図を取り出した。磁石が上手く働かなくなっていた為、聖堂の窓の木枠の日焼け具合から、だいたいの方角を割りだした。
「テッサ、こっちきて」
マキが声をかけると、入口で待っていたテッサが駆け寄ってきた。
「次は、どのあたりにありそう?」
隣に並んだテッサにマキが聞くと、テッサ少し考えた後、膝を曲げて屈み、マキの持っていた地図のある地点を指差した。現在いる場所から北西に二百キロほど進んだ場所であった。
「そこは町かい?」
テッサは首を振った。
「とても古い場所。誰も知らないから、誰もいない」
「古い場所…か」
マキは呟くように言った。
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