6 集落3

 翌日、セラに案内されてマキとテッサは村の東の外れに向かった。

 セラは健脚で、薄鈍色の空の下、ぬかるんだ道の上をどんどん進んでいった。マキはテッサの手を引きながら、置いていかれないように後を追った。

 道の途中、浅葱色のシャツを着た浅黒い肌の村人とすれ違った。白髪交じりの初老の男で、セラを呼び止め「あいつらは誰だ」と詰め寄ったが、セラは笑って誤魔化していた。

 黄土色の大地を鍬で起こしただけの痩せた畑の畦を抜け、しばらく歩くと小さな川につき当たった。川には先日の長雨の影響か、赤褐色の水が流れており、川縁には、移動の為のタイヤのついたポンプ式の浄水機が二つ備え付けられていた。大きな筒状の本体には回転式のレバーが付いており、筒の上面から蛇腹のパイプが川の中に伸びていた。それはレバーを回すと水をくみ上げ、内部のフィルターで濾過するだけの、とても原始的な仕組みのものであった。

「セラ、この辺には井戸はないの?」

 マキが目の前を歩くセラに聞くと、彼女は足を止めて振り返り、首を振った。

「いくつかあったけど、ずっと昔にどれも枯れたよ。今使えるのは一つもないね」

「気候変動のせい?」

「さあね……難しいことは私らには分からないよ」

 セラは、ため息をついて言った。


 川沿いには膝丈ほどの背の低い植物が生い茂っていた。一行は川の上流に向かって歩き、しばらくして目的の場所についた。そこは拓けた平地で、赤茶色の硬い土の上に、濃紺色をした大きな太陽光発電パネルが四十枚ほど並んでいた。パネルはそれぞれ平たい円柱状の金属でできた銀色の台座に繋がっており、容易には取り外せないようにできていた。

「マキ、ここがそうだよ」

 セラは、振り返って言った。

「立派な発電プラントだね。セラ、ここは誰が管理していたの」

「誰もさ。私が子供の頃はエルザリオから人が来ていたようだけどね。壊れてからはずっと放ったらかしだ」

「……つまり、もう何十年も手付かずってわけだね」

 マキは発電パネルの一つに近づき、手で触れて確かめた。

 パネルは、マキが思っていたよりも堅牢な作りをしていた。発電面は分厚い強化ガラスで覆われていて、ネジやボルトなどの接続具の類は一つもなく、金属でできた頑丈な外枠とそれを支える太い柱が、大きな金属の台座に固定されていた。おそらく地面の下では台座同士がより強固な基礎部分で繋がっているのであろう。台座とパネルのつなぎ目は丁寧に溶接されてあり、少々の衝撃では壊れないようにできていた。

 発電プラントは、そういう時代に作られた物だった。

「テッサ、チャンネルはどこか分かる?」

 マキが声をかけると、テッサはマキと同じように発電パネルのひとつに近づき、細い指でそれに触れた。そしてしばらく何か考えたあと、マキの方を向き、二つ隣のパネルを指差した。マキはそのパネル前にしゃがみ込み金属の台座を調べると、ブロック体で「SISTER」と書かれたエンブレムの下に細いスリットを見つけた。

 マキは皮のバッグからナイフを取り出し、先端でスリットに詰まった土汚れを取り除いたあと、そのまま切っ先を押し込んだ。程なくガキンという音がして、台座を固定していたロック機構は外れた。ナイフを仕舞い、台座を両手で掴んでそのまま轆轤のようにぐるぐると回すと、発電パネルはそのままに、台座だけが柱に沿って回転をしながらゆっくりと持ち上がっていき、その下から小さなモニターの付いた制御ボードが現れた。

 頭の後ろから、セラの驚く声が聞こえた。

「セラ、少し離れて見てて。ビリビリするかもしれないよ」

 マキが振り返って、冗談交じりに脅かすと、セラは表情を引きつらせて後ずさった。

 マキは姿勢を正し、深く息を吸い込んでから、制御ボードの横の起動ボタンを押した。一瞬の間のあと、小さなモニターの裏のバックライトが点灯し、微かに聞こえるモーターの音と共に、長い間スリープモードに入っていたシステムはゆっくりと稼働を始めた。

 

 思っていた通り、発電プラントは壊れてはいなかった。経年劣化と太陽光の変化で発電効率は設定値の五十分の一程度まで落ちていたが、発電自体は行うことができていた。内蔵された電池の劣化がひどく、ほとんど蓄電できない状態ではあったが、パネルが発電した電気をそのままインバータ回路を通して使用することは、現状でも可能であった。壊れたのは外部との接続用のプラグや送電ケーブルの類だろう。外部に露出していた為か、それらの全ては取り外されていた。

 おそらくこれが作られた時代、この辺りは今よりもずっと栄えていたのだろう。もしかすると近くに大きな街があったのかもしれない。発電効率が落ちた現在の状態でも、集落一つくらいなら簡単に賄える程度の電力を、発電プラントは生み出すことができていた。

 マキとテッサは、いくつかの発電パネルの台座を外し、そこに収納されていた設計図面と整備記録の他、修理用の工具と補修材、電気回路に使われる消耗部品、予備の送電ケーブルを数本と沢山の接続プラグを見つけた。それらは密閉されて保管されていたため、ほとんど劣化はしていなかった。制御ボードを操りシステムを整備モードに変更した後、二人はハールに手伝ってもらって堅い土を掘り起こし、埋まっていたプラントの基部から劣化した蓄電池を取り外し、消耗部品を新しいものに交換していった。

 いつのまにか、周りに数人の村人が来ていた。先ほど道ですれ違った男性から聞いたのだろう、彼らは少し離れた場所から、二人が作業をする様子を訝しげに見ていた。


 二時間ほどの作業の後、マキとテッサは整備記録の一番最後の部分に記録とサインを残し、それらを元あった場所に仕舞い、すべての台座を元に戻してロックをかけた。

「セラ、終わったよ」

「本当かい?」

「うん。あとは村までの送電線さえあれば、すぐにでも電気を送れる。さっきの浄水機も電気で動かせる。夜に電気を使うには新しい蓄電池がいるけど、集落の電灯をつける程度ならあまり大きなものでなくていいし、なんとか手に入ると思うよ」

 セラが疑うので、マキはセラの家まで走って戻り、天井に張りついていたケーブルを外して電球と一緒に持ってきた。マキが発電プラントまでたどり着く頃には、発電プラントの周囲には二十人を超える村人が集まっていた。

 テッサは発電パネルから離れたところに座り込んで、隣に座るハールの頭を撫でており、その傍ではセラが怖い顔をして村の若い男を怒鳴りつけていた。セラは戻って来たマキに気付くと、テッサの手を取って立ち上がらせた。

「村の男共がこの子にちょっかいをかけてね。まったく、あんたの言う通り、この犬は賢いよ」

 セラは、ため息を吐いて言った。

「ハール……引っ掻いた?」

「いいや、吠えただけださ」

「そっか。セラ、電球持ってきた。すこし見ててね」

 マキは発電パネルの前にしゃがみこみ、金属の台座に備え付けられた一般用調整電源部の蓋を開けた。そこには四つのエフワイ三芯規格のコンセントがあった。マキは持ってきたケーブル先端についていた電球のソケットに、丸いガラスの電球を嵌め、ケーブルの反対側の3本に分かれた先端を、そのままコンセントの三つの穴に押し込んだ。

 一瞬の後、ガラスの電球のフィラメントが明るく光った。マキは振り向き、集まった村人たちが見えるようにそれを掲げると、周囲から大きな歓声が上がった。

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