サバイバー② サ終ゲームの道化師

 目覚めると、そこは真っ暗闇だった。

 ボクはなんでこんなところに……。


 ああ、そういえば、VRゲームのプレイ中だった。


 ボクはまだ『ネオ・イグドラシル』の世界にいるのか?

 それとも……。



 起き上がろうとするけど、身体がピクリとも動かない。


 確かにラッシュとかいう敵の攻撃にさらされたが、それは耐えきったはず。

 それでも、やはり戦闘不能とみなされてしまうのかな……?。


 考えあぐねていると、突然目の前の暗闇が薄れ、明るい光にあふれ始めた。

 そうか、周りが暗闇なんじゃなく、今まで目が見えなくなってただけか。


 そして視界が戻り始めるにつれ。

 裏腿から背中にかけて、なにかが触れてる感触が伝わってきた。


 どうやらボクは椅子らしきモノに座った状態にあるようだ。

 同時に、地面が小刻みに振動しているのを感じる。


 地震?

 いや、それにしては揺れが大きくなったり小さくなったりで……。



 不意に、身体が上下に大きく1回揺さぶられた。

 それで自分の姿勢が崩れ、横に倒れてしまう。


 とっさになにかをつかもうとした手が空をきる。

 どうやら、少しずつからだが動くようになってきているようだ。


 それでも、片手の指の開閉が上手くいかない。


 なんか、ウエイトがかかっているというか……。

 柔らかい風船をつかんでるような……。



 聴覚も戻ってきた。


 耳に入ってきたのは自動車の聞き慣れた走行音と、荒れ地を踏みしめる音。

 そうか、ボクは車に乗せられていたんだな。


 ……車?


 ああ、確か自動車が実装されているVRゲーもあったな。

 ○NVRかG○VR辺りか?


 さらに、自動車の走行音に混じって、なにやら複数人の話し声が聞こえてきた。


 周囲に誰かいるみたいだ。

 ボクを車に乗せたのは彼らか?


 気配を探っていると、やがてぼやけた視界が像を結び始めた。




 どうやらボクは車の助手席に座らされていたようだ。


 そして、さっきの衝撃で運転席のほうに倒れ込んだらしい。

 ちょうど運転手に膝枕してもらってるような体勢に……。


 ん? ま、まさか。

 ボクが手に感じていた、まるで風船のような感触は、おっぱ――。


「まさか、目的の人物が変態さんだなんて。想定外」


 車を運転していたのは見知らぬ女子だった。


 彼女が若干感情の抜けた声色で言葉をもらす。

 そして、片手でハンドルを握ったまま拳銃らしきモノを腰のホルダーから……。


「うわあ!!!! ゴメン!」


 なんというラッキースケベ。

 じゃなくて!


 おもわず体勢を戻す。

 ……あ、身体を動かすことができた。


 それにしてもVRにしてはリアルな感触だったな……。

 いや本物なんて触ったことないからわからないけど!


 ホント、運営さんには感謝――、じゃなくて。

 苦情の一つでも言いたい。けしからん。


「レディーに失礼なことをした、謝罪しよう。

 それにしてもこの状況、我はどうなったのだ?」


 気を取り直して、なりきり口調で訪ねてみる。


 前方を見渡すが、そこは草原から一転、だだっ広い荒れ地となっていた。

 車も道路を走っているわけではなく、地面でも安定したとこを縫って走ってる。


「ふっふっふ、お主はわっちたちに拾われたんじゃ」


 答えたのは、後部座席にいる誰か。

 思わず声のするほうを見る。


 目に入った車内は思っていたよりも広かった。

 雰囲気は無骨な感じ……というか、これは軍用車両か?


 そんな後部座席は2列になっており、そこそこの人数が所せましと座っている。


 そのメンバーは5人。


 幼げな少女。

 大剣を脇に置いた細身の男。

 双剣を腰に携えた小柄の女戦士。

 大きな杖――じゃなくてアレは狩猟笛か――を持った老人。

 そして制服を着た妙齢の女性。


 男、女戦士、老人の3人の出で立ちはあからさまに場違いで。

 なんか、あれはM○VRの装備なのかな?

 いかにもファンタジー世界の冒険者って感じだ。


 妙齢の女性が着てるのは、3人とは違い現代風の制服。

 ……ていうか軍服か?

 少なくともファンタジー系の住人ではなさげ。


「わっちたちが回収しなかったら、今ごろ魔物の餌食になっていたよ。

 感謝してもいいのじゃ」


 口を開いたのは一番近くにいる小さな幼女だった。

 ポニーテールがよく似合う、目がくりくりとした可愛い少女。


 彼女は着物とも袴とも巫女装束ともつかない服を着ている。

 ゲーム内衣装に詳しいわけではないけど、どのゲームの衣装か思い当たらない。


 だけど、その顔には見覚えがあった。

 語尾に取ってつけたように『じゃ』を入れる老人口調も。


 このLLBBA(ロリババア)は――。


「マシロか! 久しぶりだな!

 だが、我を拾ったとは。まさか偶然ということはないだろう?」


「ふっふっふ、わっちの情報と推察力があれば難しいことないのじゃ。

 そのうち情報をくれた人と顔を合わせる機会もあるの。うん。

 見たらきっと驚くよ?」


 なんて、もったいぶったことを言う。

 ていうか万能すぎるよ、情報屋。


「難しくないと?

 わたしの、ここまでの苦労、見ても?」


 運転している少女が、片言ぎみに苦言をもらす。

 この喋りかたは、彼女なりのなりきりなんだろうか?


「ゴメン、悪かったの。とりあえず今は運転に集中してね。

 それにしても、その黒装束に仮面。相変わらずの風体じゃの。

 一体どのゲームからログインしたのじゃ?」


「そのまえに、皆の紹介、するべき。特に私の。

 ロリ婆」


「ロリじゃないの!!! もう、しかたがない。

 運転手の小娘は『スズカ』の知り合いなのじゃ」


「カノって、呼ばれてる。

 よろしく」


 カノと呼ばれた少女は、片言な喋りかたで挨拶をしてきた。

 顔は無表情、というかジト目の仏頂面だが、それでも可愛く見える。

 

 その服装は……これはなんていうんだろう?


 レオタード? なんかそんな感じの全身タイツのようなアンダー。

 その上に、チョッキみたいなのを羽織ってる。


 というか、未来を舞台にしたラノベで女性の兵隊が着てそうな服だ。

 かといってP○VRにこんな服はなかったと思う。

 ショートカットの髪型も相まって、近接戦闘が強そうなイメージ。


 それにしても、ボディーラインがハッキリ出る服装にその巨乳は目に毒だ。

 

「どこ見てるの? 変態さん」


「我が見つめているものは、繁栄を望む人類の大願だ。

 それと、変態さんではない」


「残りの4人は、えと、ここへくる途中に行きがかり上助けた冒険者、かな?」


 マシロが紹介すると、細身の男、小柄の女戦士、老人がそれぞれ名乗り、最後に


「私はアイリーンと名乗っています。

 よろしくお願いしますね。

 三人には今回、私のボディーガードをしてもらっています」


 軍人風の女性が素性を紹介してきた。


 それにしてもボディーガードか。

 どこかの組織の幹部といったところなんだろうか、彼女は。


「で、あなたの名前、なに?

 変態さん」


「変態って、あれは一種の事故みたいなもの――」


「なあ、アンタ。

 ひょっとして、『総帥サマ』とかいう奴か?

 なんか、ゲーム雑誌で見たことあるんだが」


 ボクの言葉をさえぎるかのように、細身の男が興味津々に話しかけてきた。

 それに他の冒険者が反応する。


「『総帥サマ』って、あのサ終したVRゲームの?」


「おい! 失礼だろ?

 『サ終ゲームの道化師』はもう引退してるっていうし、ネタコスプレだって」


「それにしても、この服装。

 この世界であのコーデ、なかなか再現できないんじゃないかな?

 したいとも思わないけど」


 老人風の男や女戦士がフォローしてくれたけど、彼らも大概だ。


 それにしても『サ終ゲームの道化師』ってなんだよ。


 P○VR内ではそんな風に呼ばれたことは欠片もない。

 他VRゲームでは、そんな風に陰口を叩かれてたんだろうか。


 あるいはグレイあたりが広めたか。ボクが追いかけてこないように。


 ……黒いもやもやが、心に湧き上がってくる。



『そうなんですよね、実はこれネタコスプレなんですよ。

 再現するの、苦労したんですよ?』


 ここで他人の振りをするのは簡単だ。

 ネオ・イグドラシルデビューとでもいうべきか。


 けどそれは、P○VRでの体験

 ――スズカたちとの楽しかった日々を否定するようで、イヤだった。



「本物、偽物をここで論じることに意味はあるまい。

 我が名は覇道を貫く行動でのみ、その真贋を証明する事ができるものだ」


「ゲゲ、その台詞! なんかそういうイタい言葉吐く奴だって雑誌で見たぜ?

 その、マシロちゃん。余計な荷物背負い込んじゃったんじゃないの?

 オレたちがこんなこというのはなんだけど」


「だから! 私たちも似たようなもんだって。

 ごめんね、コイツいつもこんななんだよ。根は良い奴なんだけどさ。

 けど、せめてその服装はやめたほうがいいと思うよ」


「そうだな。ウケを狙うのは悪くないが、もう少し方向性は考えたほうがいいぞ」


 悪気はないのかもしれないけど、言葉がいちいち心にささる。


 まあ、構わない。

 あの日から、このスタイルを貫くって決めたんだ。


 『道化師』結構。


 ていうか、『ちょっと、なんかカッコいいワードじゃないか?』

 とすら思えてきた。


「まあまあ、そう言わないで。

 おそらく、今のような窮地では必ず役に立つ男じゃ。

 レベル的には、まだ力にはなれないかもしれないけども……」


 ……窮地?


 マシロの言葉を理解するまえに。

 突然、走っている車の周囲になにかの影が差した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る