ギルド追放② 残った女の子に声をかけてみた

 とりあえずつついてみる。


 すると立ったまま硬直していた身体が、いきなり体勢を崩し前方へ倒れた。


「ふぎゃ!」


 見た目からはまったく想像できない、ひしゃげた声が発せられる。

 気恥ずかしげに、ちょっと恨みがましい視線でこちらを見る仕草がかわいい。


 話してみたくなって彼女に声をかける。


「ああ、いや、みんないなくなっちゃったけど、君はログアウトしないの?」


 いつもの演技はしていない。

 素のボクで問いかけてしまった。


 それを聞いた彼女は驚きの表情を一瞬浮かべた。

 と思うと、ゆっくりと立ち上がる。


「貴方、らしくありませんね。そのような軽口など。

 なにかの余興のつもりですか?」


 顔立ちからイメージされる通りの、ちょっときつめな物言いだ。


 なんか普通の女の子とは違う口調。

 これが彼女なりのロールプレイなんだろうか。


「え? いや、だって。

 みんな呆れてギルドやめて、他のゲームに引っ越しするらしいし。

 君もついていくんじゃないの?」


「……なるほど。

 確かに数ヶ月ほど前に彼らに誘われましたが、冗談かと思ってました。

 例の者たちはついに実行してしまったんですね。愚かしい」


「……君は違うのかい?」


「当たり前です。

 大体、私はあなたのロールプレイ……ですか?

 それに憧れてこのゲームの、このギルドに入ってきたのです」


 彼女は明言した。


「ギルドをやめる位なら、ゲームそのものを辞めたほうがマシです。

 大体、最初からそういうギルドであることを承知で入ったはずでしょうに」


 ああ、そうか。


 彼女もボクと同じ、リアルとは別の自分になりにこの世界に来たのか。

 そして、ロールプレイを続けている。


 なのに、ボクはなにをやってるんだ。


 ……だったら。


「まあ、このような事態も予想していないわけではなかった」

 

「……?」


「もとより、ここは大きくなりすぎた。

 ギルドの威光に群がり、すがることでその威光が高まり、また人が群がる。

 なにも生み出さない連鎖。嘆かわしい光景だった」


「総帥……さま」


 ボクはゲーム内でID名や役職名じゃなく『総帥』と呼ばれていた。

 その通称で彼女は呼ぶ。


「まるで巨体で周りを威嚇してエサを奪い貪り。

 ますます肥え続ける、醜い畜豚を見ているようだったよ」


「まさか! この流れもあなたの思惑のうち!?」


 彼女はボクの演技に乗ってくる。


 ボクは答えない。

 ただ、ニヤリと笑った。



 漠然と予想していたというのはホントだ。


 だけど『場合によっては、いつかそうなるかもな』位な感じで。

 まさか裏で連中がこんなことを計画していたなんてこと、気づけるわけもなく。


 だとしてもここは否定しないのが、なりきり道。 


 自分としたことが、動揺しすぎてた。


 どんなことがあったって、ボクは我を貫くべきだろ。

 そのためにこのゲームをプレイしてるんだから。



「とはいえ、まさかここまで愚かな豚どもが多いとは。

 確率としてはさほど高くはなかろうと思ってたのだがな、我もまだまだ甘い」


「それでもある意味、最高に近い結果であったかもしれないですね。

 仰るとおり、ここは大きくなりすぎ方針の是正もままならなかったのですから。

 このまま連中を抱え込んでいても、多数決で他のギルドに吸収されるだけ。

 貴方1人頂点にいれば、それだけで最高の成果を生み出せる」


「ほほう。

 その、名と志以外残らぬこの場所に、お前はなにを見いだす?」


「ダークマターの消滅する未来を、ですか?」


 いきなりゲームの設定をぶっこんできた。


 『ダークマター』は世界を闇に蝕む存在。

 P○VRの世界観設定では、それを滅ぼすのがフレーバー的目的となってる。


 この子、やるな。


「ここを出た彼らは、結局、全て中途半端。

 なにも成し得ないで凡庸な人生を終えるでしょう。

 ダークマターのエサになったほうがマシな。

 畜豚にふさわしい末路です」


 かなりキツいこと言うなあ。

 ボクにはとても口にできない。けど、それを顔には出さない。


「その言は正しい。

 どうやらお前だけ残ったのが、今回のなによりの成果と言えるかも知れないな」


「え? あの、そのっ、私っ。

 わっ、みぎゃ!!」


 あ、その場でいきなりコケた。


 著しく動揺するとプレイ中に身体が反射的に動く。

 人によってはそれにより、なにもないところで体勢をくずすことがあるらしい。


 ボクもそんなプレイヤーは初めて見る。

 かなり苦労してるはずだよな。

 それでもボクのなりきりプレイ見たさにゲームを続けてるのか。


 だったらがんばらなきゃ。




 それから数日経って。

 メーカーから『P○VR』のサ終宣言がおこなわれた。

 3ヶ月後に、このゲームはサービスを終了してしまうらしい。


 確かに以前から、このゲームがサ終になることがウワサされてはいた。

 色々なムリと、メーカー内の方針変更の影響で。


 それが現実のものとなってしまった。

 ある意味、辞めていった彼らには先見の明があったと言えるだろう。


 ただ、新しいゲームにもギルドにもボクは誘われなかった。

 それだけがたまらなく寂しい。




 だけど、得たものもある。

 スズカとのゲームプレイはサービス終了まで続いた。


 実質的なギルドメンバーは結局最後まで2人だけ。

 それでも、他のギルドのレイドにゲスト参加。

 サーバ対抗戦では所属サーバチームの団長を任され。

 ゲームを最後までしゃぶり尽くせたと思う。


 スズカとは最後にメアドを交換して、サ終後もやりとりが続いた。


 彼女はその後、ファンタジー系VRMMORPG、D○VRを始めたらしい。

 それにしつこいほど誘われてるけど、断り続けている。


 そう、ボクはあれからVRMMOをプレイしていなかった。


 何回か再開しようと思いはした。

 けど、やはり他のゲームじゃあ自分のプレイスタイルははまらないと思った。


 それに……。


 やがてスズカからのメールも途絶え。

 VRMMOでの体験はボクの中で、過去の出来事として溶けていく。




 『ああ、ボクはもうVRMMOをプレイしないかもしれないな』


 Still Aliveという名の古い洋ゲーの曲を口ずさみながらそんなことを考えた時。

 メールフォルダにとある人物からのメールが入っているのが目についた。


 その人物はゲーム内では『マシロ』と自称。


 P○VRプレイヤーたちの間で情報屋として名が知れていた。

 ボクも何度か頼ったことがある。


 それでも個人的にメールのやりとりなんてしたことがなかったはずなんだけど。

 どうやってボクのメアドを知ったんだろう。


 しかも、そのメアドはゲーム用のフリーメールじゃない。

 普段の生活で連絡用に使っているメアドだ。

 

 その答えが書かれているかもしれない。

 そんな好奇心を抱きながら、ボクはメールを開いた。




『ネオ・イグドラシル』




 世界最初の完全没入型VRMMOに似た名のVRワールド。

 スズカがそこで行方不明になったことが、メールには書かれていた。

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