第10話 食べ放題とアリバイ作り
学校の同期と何故か食べ放題の店に来ているところから夢が始まる。
女性1人、自分、男性1人の組合わせで、仲が悪いかといえばそうでもない、特に女性の方とは仲が良いと言える(だろう)関係である。
男の方はといえば、同じゼミで顔をよく合わせるが、どことなく「合わない。」と直感して自分からプライベートの交流はあまり持たない距離を保っていた。
よって、この集まりは少なくとも自分が企画して実行した話じゃないことは確かだ。
なんせ、内容はその男性が近々結婚するという話を根掘り葉掘り聞こうじゃないかというプライベートに両足土足で突っ込むような企画であるのだから。
乗り気なのはもう1人の女性、誰とでも仲良くしようとする性質があるためか、彼女が率先して当事者に話を聞いていた。自分はビュッフェ台に並ぶスイーツと料理の豊富さに何を食べようかキョロキョロ周りを見ていたため、どんな話の展開が為されていたのか全く聞いてなかった。
そういえば持ち合わせが足りるかどうか財布を確認しようとして、鞄を漁っていたが、当の財布がないことに気づいて真っ青になった。
「どうしよう、財布がない。」
ここは現代では珍しいキャッシュレスの効かない店だ。だから現金をある程度所持していたのだ。しかしそれがないとなると自分の支払いを誰かにさせてしまうことになる。
店に入る前にはちゃんとあったことは記憶している。店に入った途端なくなるなどありえないのだ。自分は珍しく焦った、焦って2人に告げると、2人は冷静に探しにいくよう言ってくれた。
「どうせ俺らここで話してるし、ビュッフェとりながら店員さんに聞けばいいんじゃない?」
「荷物を持って行ったら安心だと思うよ。もしかしたら案外鞄の底の方にあったりしてね。」
2人の助言(と鞄の底をひっくり返す場所を探す決意もついでにして)に従って、自分は鞄を持って席を立った。ビュッフェ会場は相当広く、しかし人はまばらだった。店員さんに聞きつつも、ビュッフェに並ぶケーキなどに視線を奪われ……どころか普通に食べたいケーキやらスイーツやらを皿に盛っていた。
そして自分が席に戻ると、男性の方がいなくなっていた。はてどうしたのかと思っていると、女性の方が申し訳なさそうに自分を見た。
「○ちゃん(自分のあだ名)、私もビュッフェ取ってきたいんだけど、このスマホだけ持っててもらえるかな?」
どうして大事なスマホ、と思ったが、財布をまた探すためにあちこちうろうろしないといけないため、了承した。
彼女が席を立って自分はとってきた料理を食べて、久しぶりに記憶に残るわけのわからない夢を見たな、とぼんやり思った。なぜならこの2人と自分はしばらく連絡を取ってないし、彼が結婚する話があるとしたら、もう1人食いつくだろう人物に心当たりがある。その人がいないことに違和感があったからだ。
何より口に運ぶ料理に味がない。夢はケーキの匂いまでは再現できるけど、味覚までは再現されないものなのだとしみじみ思った。
次はしょっぱいのを食べたいなとビュッフェを回りつつ、財布探しも並行していた。なんだかんだで食欲優先しているが、財布がないと完全食い逃げなのでその辺はしっかりと店員さんにも財布の落とし物が届いてないか聞き込みをしつつ、鞄も気にして探していたら。
預かっていたスマホが、何か照らしていたことに気づく。
女性のスマホは録音画面のままだった。止めるべきかどうか知りたくて、一旦女性を探す方針へ変えた、と、手が滑って録音を止めてしまったのだ。
そしてどうしてか、再生画面が流れる。
「いいじゃん、そこの娘と結婚したら、俺は院長になれるんだ。そうしたら〇〇の派閥の実権も握れるし、金だって入るし、何やったって許されるんだよ?最高じゃない?」
……学んでいた学科上、一部伏せるが、彼と自分はとある学科でも学派がある分野を学んでいた。彼は特にその学派に強い興味関心を抱き、率先してその技術を学んでいた。
自分は知識としては面白いと感じたものの、それは自分に向けて使うものとして捉えていた傾向があった。だから男の方と考え方が合わないなと思ったりしたのかもしれない。
彼の結婚相手はその学派のお嬢様らしいと言うのも分かったし、その相手へ情はないし、権力目当ての結婚ということがわかった。
「結構恋愛慣れしてないみたいでさ、俺の言葉に一喜一憂すんの、面白いよな。」
嘲笑つきで女舐めてる発言まで聞こえてしまったことでちょっとイラっときたのだが、これをどうして録音しようと考えたのかわからないし、できることはこれを彼女に返すことだけだった。
自分はビュッフェ会場をくまなく探して、ようやく女性を見つけた。
「〇ちゃん(女性のあだ名)ごめん、スマホが録音状態のままだったから、間違えて切っちゃったんだけど……。」
「あ、ほんと?ごめんね大丈夫だよ。まだそのまま持っててくれると有難いな。」
「あ、うん。それで……。」
「録音聞いたの?」
自分は頷くと、彼女は笑った。
「○くん(男性の名前)酷いよね、私、そんな理由で結婚するって許せないんだ。」
「そうだね、あまり気分のいい理由じゃなかったね、でも、どうして……。」
「……その人って、私の友達なんだよね。」
彼女の笑顔が、ほの暗いものになった。
「友達がさ辛い目に会うってわかった結婚が、許されて欲しくないんだよね。」
彼女は、正義感も強かったことを思い出す。そうか、友達のために動いたのか。婚約相手にこのスマホの録音情報を消されてはいけないと思って、財布を無くして色々うろつくだろう私にスマホを預かって欲しいと頼んだのか。
「スマホの件はわかった。帰る時はちゃんと言ってね。」
「うん。ありがとう。後鞄の奥もちゃんと見るんだよ?〇ちゃん色々もの入れているし。」
ぐうの音も出なかったが、とりあえず友人のスマホは必ずわかるようなところに分けて入れて、そしてもう一度鞄を漁る。と、財布が出てきた。
見慣れた自分の財布に安堵してやっとご飯が食べれると思った矢先だった。
ビュッフェ会場がざわついた。
同期の男が、遺体で発見されたとのことだった。
一緒に行ったということで自分と女性は真っ先に事情聴取をされたが、幾人かが自分が財布を探してあちこちの店員に話しかけていたこと、死亡推定時刻の時も店員さんに財布の有無を確認していたところを目撃されていたこともあり、無罪放免とされた。そんなザラでいいのか。
そして女性はスマホの件もあって警察に詳しく何を話していたかを聞かれるために残された。スマホも自分から彼女へ返した。
ちなみに騒ぎの為お代を支払うどころではないということで無料となったが正直喜ばしいとは思えない。
なぜかっていえば、彼女が逮捕されることをしたかもしれないが、逮捕には至らない可能性が高いと感じているからだ。
やっていないアリバイが立証されないように、やっているとも言い切れないからだ。スマホの録音は彼の嘲が録音されているとはいえ、途中から自分が戻ってきた会話や自分が財布を探しているための雑音などが録音されていて、彼女の行動が読めない。
彼女もビュッフェを取りに行くと言っていた。そしてビュッフェ会場で彼の死亡推定時刻に彼女がビュッフェを食べていたもしくは彼女がビュッフェを選んでいたと話があれば。
……彼女に協力して、元々彼を殺したかった人物がいたなら。
自分は、最初から作戦を撹乱させるために利用されただけなのだろうか?
そこまで考えても、腹正しさも何も感じなかったし、相当人の心がないらしい。
小腹が空いていてちょっとしょっぱいものを食べたいな、と自分は思いながら、駅へと続く道を歩いて、目を覚ましたのだった。
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