第6話 夜道
エツェルニダス領と言うのは前述のとおり保養地にして療養地である。
都市以外、観光地を除いて基本的に夜は真っ暗だが、この土地は珍しく夜でも灯りがともる。
それは病気の関係で夜にしか起きられないと言う人もいるので、その人たちでも安心して外に歩けるようにと言うことらしい。騎士たちが定期的に巡回しているおかげで治安もすこぶる良い。
まあだからと言って夜中に女の一人歩きが推奨される訳では無いけれど、子どもたちが送って日がすっかり暮れてから私はのんびり歩いていた。
連絡すればエツェルニダス侯爵家の人に迎えに来てもらえるのだろうが、先ほど言った通り運動不足解消に歩いている。
動かないと食欲もわかないし寝付きづらくなってしまう。引きこもりたいけどそのまま朽ちて死にたいわけではない。
そして普通に居候の身であれこれ頼むのは忍びない。義姉というより小姑だ。
風が吹いたので、ストールを肩に掛けなおす。
空気がとても澄んでいて、星も綺麗に見える。
高いところにいけば遠くに海も見れて景色もいい。
引きこもっていた時は自室が一番の城とさえ思っていたがイーリスに連れ出してもらえてよかったと思う。
そろそろ流星群の季節だっただろうか?
月が出る時間も少なくなり、暗い星すら綺麗に見える時期になる。
イーリスや子どもたちが見るなら一緒に観ようかしら……。
「きゃッ!」
「!?」
あと数分でエツェルニダス侯爵家の屋敷につくかというとき、考え事をしていたせいか何かにぶつかった。
何か――というのは物ではなく、蹲った人でフードをかぶっている。蹲っていることで高さが腰より下だったのも気づかなかった理由らしい。
「すみません! お怪我はありませんか?」
「うるさい……、声が大きい……」
声からして男の人だ。立てばそれなりの身長だろうに、辛そうに身体を縮めている。
悪いことをしてしまった。
頭を抑えているところを見ると頭痛だろうか?
フードをかぶっているから光が頭痛の原因の一つなのだろう。冷えも良くなかったはず。エツェルニダス領は基本的に温暖だけど昼と夜の温度差が無い訳では無い。
「失礼致します」
まとっていたストールを頭から掛けてやる。
お母様曰く調子が悪い時に一人にされる死にたくなるらしい。
私もしゃがんで背中に手を当てた。
彼の背は頼りなく震えている。
いつ回復するだろう。あまり遅くなるとイーリスに心配を掛けてしまう――そう考えながらふと思った。
そういえば、殿下にはこうやって物理的にも精神的にも寄り添ったことはなかった。そのあたりヒューシア嬢は長けていたように思う。出会ってから十年以上、殿下とて辛かったことはあるに決まっている。
今から考えると、責務を考えるばかり彼の心を考えなかった私はさぞかし生涯を共にする伴侶として心許なかったに違いない。もう過ぎた話ではあるけれど。
「貴様、ブリアンテ様に何をしている」
声が聞こえたと同時に手をひねりあげられ身動きが取れないようにされていた。
周りは静かで10分前くらいに騎士が通り過ぎたきりで誰も通ってなかったはずなのに、この人は足音がしなかった。
武人で、蹲っている彼の護衛だろうか。いや、それにしても動きが静かすぎる
捻りあげられた腕が痛くて顔をしかめた。
「あなたの主人を害するつもりはないわ」
「その言葉をどう信じろと」
「よせ、ハビエル」
蹲っていた男の人が私を取り押さえる彼に言って、ゆっくりと立ち上がった。
思った通り背が高い。
フードをかぶっているため灯りで影が出来ていて顔は良く見えないが肌は白い――というより青白い。
「ブリアンテ様、お怪我はございませんか」
「そんな女に怪我なんてさせられるわけがない」
「その顔で言われても説得力がありません」
病人みたいな顔をしているものね。
無言の圧を感じ、ハビエルと呼ばれた彼は私の腕を離した。
「一人で出て行かないでください。何かあれば大変です」
「お前がそうやって小言を言うから一人で出てきたんだ」
「あなたがそうだから私がこうなのです」
痴話げんかである。
親しい間柄なのだろう。
「迎えの方がいらっしゃって良かったです。私は失礼致しますね」
なんにせよ、迎えに来たのなら問題ない。例え間は発作が出ても対処してくれるだろう。親しいなら対処法も詳しいはず。
「…………ああ、世話になった」
妙な間のあと、彼はそう言って私が彼に掛けたストールを返してくれた。
ハビエルさんが怪訝な顔をした。
「お言葉ですが、女性の一人歩きは危険です。私が言うのはなんですが、誰かを呼ぶべきではありませんか?」
「いいえ、目と鼻の先なので大丈夫です」
治安もいいわけだし、先ほども言った通り誰かの手を煩わせるのも忍びない。
「しかし」
「ハビエル、彼女を困らせるんじゃない」
「……はい」
私は腕をひねりあげられたが、ハビエルさんは真面目で優しい人なのだろう。主人を害されたと思っていたので仕方がない。怪訝な顔をしていたが主人の言うことに従って引き下がった。
ごきげんよう、と挨拶をしてその場を離れる。
彼らが居た向こう側に屋敷があるためすれ違うことになる。
ブリアンテさんと少し近づいてフードで隠れていた顔が少し見えた。黒い髪に生える紅い眼。病人のような肌と相まって血の色のようでゾクリとした。
どこかのお忍びだろうか。
しばらくここにいるなら会うかもしれない。
腕が痛い。ひねられたところだ。
慈善活動とか、向いてないのかもしれない。面倒臭がりが慣れないことをするべきではなかった。
丁度屋敷に付き、門番が屋敷の門を開けてくれた。
くぐりながらふとブリアンテという男を思い出した。
あの顔、あの眼。なんとなく既視感がある。どこかであっただろうか。
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