第4話 義妹(予定)




 すっかり日が高くになった時間に起きて身支度を始める。


 ここ最近、絵にかいたようなだらしない生活をしていた。


 殿下のあの突然の婚約破棄以降、一歩も外を出ておらず、また、家族や使用人以外は誰も来ない。本来だったら自領に戻るはずのお父様もここに留まり事後処理をしているようで、あれから一週間時くらい顔を合わせていない。



 時々、お母様がやってきては泣き始めて私が慰めて、心配してやってきたベラノスが回収する。



 あれだけあったダンスや歌や護身術の稽古も一切やっていない。おそらく外の人間をお父様が締め出しているのだろう。熱心に指導してくれた先生方にも一度も会っていない。



 正直、私はこういう生活を望んでいたのだと思う。



 毎日自堕落に過ごしても誰も何も文句を言わない。お母様はああだし、使用人も気を遣っているのか深くは聞かず「今は養生が大切です」と言って甘やかしてくれる。


 最高過ぎる。

 ああすべき、こうすべきと行ってくる人が1人もいないし自分でもこうしないととも思わない。


 殿下、本当に愛に生きることを選んでくれてありがとう。私が面倒臭がりでなければお礼の手紙を送っていた。



「お姉様」



 今日も昼過ぎに起きて適当にご飯を食べてだらしない格好で本を読んでいたら珍しくベラノスが声を掛けてきた。


 別に仲が悪いと言う訳では無いが、思春期の姉弟と言うものは自然と距離を置くものである。



「イーリスが、どうしても会いたいって言っているのです。お姉様さえよければ、会ってやってはくれませんか?」

「いいけど」

「本当ですか!?」



 殿下とか、王宮関係者とはもう関わりたくないし、最高の自堕落ライフを邪魔するなと思うが、義妹なら話は別である。


 義妹は弟にはもったいないくらい可愛い。目に入れても痛くないくらい可愛い子なのだ。


 緊張していたのかベラノスが安堵の息を吐いた。



「よかった。落ち込んでいるご様子だったので、今はまだ誰にも会いたくないのかと思いました」

「気を遣わせて悪かったわね。ちなみに、お父様からは許しを得たの?」

「え、いや、それは……」



 どうやら得ていないらしい。ベラノスにしては珍しいことだ。


 お父様の許しなくやることに私が怒ると思ったのかベラノスは気まずそうに目を伏せた。


‘(小さくはき違えてるのよね……)


別に、『お父様が絶対!』とか思っているわけじゃなくて、あのロジカルモンスターに反抗するのが面倒なだけなのだ。


 花のような美少女として名を馳せた母親譲りの美貌はとても絵になる。


 弟とは言え、花の美少年を悲しい顔をさせておくわけにはいかない。

 私が婚約者の妹に会うくらいならお父様も怒らないだろう。あの人だって名目上、第一王子に無礼を働いた娘を罰として監禁しているという事実を作りたいだけだ。しかしまあ、ばれたら小言の一つでも言われそうだ――ベラノスが。



「別にいいけど、お父様にバレないようにやるのよ」

「はい!」



 入ってきた時と打って変わって元気よく出て行った。もしかして、ファザコンとでも思われているのだろうか。

 







 翌日。


「聞きましたわ! お義姉様!」



 飛び込んできて開口一番に弟の婚約者イーリス・ディーヴァ・エツェルニダスが言った。


 挨拶をする隙も無く飛びついて、抱きしめられる。

 力が強い。


 そういえば、世間と隔離されてるから私は外でどのような噂を流されているか知らないのだ。


「一体何を聞いて来てくれたの?」

「お義姉様が裏では意地悪で礼儀知らずで恥知らずで怠慢で淫乱な悪女っていう噂です!」

「そんな馬鹿な」



 いくら何でも盛りすぎだ。

 

 裏ではただの面倒臭がりのニート志望である。

 そして“淫乱”は聞き捨てならない。いずれ王妃になる身として浮いた話1つでないように気を遣っていた。



「一部過激な人は王室への侮辱へ当たるので極刑に処すべきだと」

「あらまあ」



 殺されるのか私。

 軟禁程度に収めてくれないかな……。ちなみに希望は貴族としての身分と権利を剥奪した上での神殿送りである。出家も大変そうだが当初の王妃よりマシだろう。



「そんなことは私の家とベラノス様とサキスムニア公爵がさせません!」



 私の両肩を掴んでイーリスが高らかに宣言した。


 どう考えてもイーリスの家とベラノスとお父様では熱量に差があるように思えるけれど。



「私のお父様もお義姉様のことを実の娘のように大事にしておりました。いずれ殿下に嫁がれ国母となられるお方として相応しい高潔さと美しさ身に着け、人知れず努力をしていたことを知っています」



 そのように振舞っていたからなあ。まさか未来で王妃になる人間がグータラ過ごしていたら皆びっくりするだろう。



「だからこそ、今回のこの事態、絶対に、絶対に、許せません! 不敬なのは殿下の方です! 口に出さずともお義姉様の殿下への愛はその行動と結果で明らかに示されておりました!」



 イーリスはついに泣き始めてしまった。

 母といい、イーリスといい、ベラノスといい、お父様以外には私の行動が殿下への深い愛ゆえだと思われているらしい。


 そこまで愛情深い人間だったつもりは無いのだけれど。



「そんなに泣かないで、イーリス。私は辛くもなんともないのよ。だって、殿下は将来王になられるのよ? 国を治める相棒として、苦難を乗り越える同胞として、愛を育む伴侶としてそばに居るべきなのは殿下が心から決めた人ではないと。それを殿下は両親が決めた相手ではなく、自ら選び抜かれたの。これ以上に喜ばしいことがあるかしら?」


「お義姉様ッ!!」



 『私は全然気にしてないし、今回の婚約破棄は悪いことではないんだよ』と伝えるつもりがさらに泣かせてしまった。私には他人を慰める能力がない可能性がある。



「大丈夫ですお義姉様。お姉様の素晴しさは私たちエツェルニダス侯爵家全員が余すところなく理解しております。今後どのような困難が訪れようとも援助を惜しんだり致しません」


「ありがとう、でも、そう言ってくれただけで充分だわ」



 イーリスの家は地位こそ公爵だが、収めている領地は年間を通して温暖で、温泉も湧いていることから保養地・療養地として有名だ。他国の王族もお忍びで来るほどで、医療も発展している。



「でも、あんなにテラスに出てお茶したり、買い物に行ったり、庭園を散策しに行ったりすることが好きだったお義姉様が一週間も家から出ないなんてよっぽどです」


「あれは将来王妃となる身として人脈作りとコミュニケーションをとるためにしていただけよ。今はもう必要ないじゃない」

 

「そんな……」



 どうしよう、何を言っても強がりに聞こえているのか泣かせてしまう。

 家で引きこもってニート生活はとても楽でいいけど、可愛い義妹を泣かせるのは良くない。しかし、ニート生活を継続したいのも確かだし、お父様の邪魔をするのも面倒臭い。


「わたくし決めました」



 涙をぬぐい、強い意志を込めイーリスが手を握ってきた。



「お義姉様一人が罰を受けるのは間違っています。お優しいお義姉様ですから、自分一人が責任を負い、愛する殿下に責任が向かないようにしているのでしょうけれど」



 だから、そこまで愛してないって。



「いいのよ、別に。殿下には殿下の人生があるし私には私の人生がある。ここの部屋に一生いろと言われているわけでもないし(それはそれで嬉しいし)そのうちそれなりの処置がとられるでしょう」



 それまでこの部屋でのんびりしていたい。



「いいえ。この際、いくら私の贔屓目、偏見と言われようとお義姉様に非はありません。それにもかかわらず王家の方々もサキスムニア公爵もお義姉様に責任を押し付けて最低です」


「最低……」



 前々からはっきりものをいう子ではあったが王族の人間まで批判するとは意外だった。



「ええ、最低です。このような不健康な場所にお義姉様を置いておくわけには行けません。お義姉様こそ被害者であり、我が領土で療養するべきだとサキスムニア公爵に進言してまいります」







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