第3話 緊急家族会議




 一人で馬車に乗りさっさと帰ろうと思っていたら両親と弟が追い付いてきた。心配して一緒に帰ろうと追いかけてきてくれたらしい。どうやら、婚約破棄のことは日を改めてと言うことになったそうだ。



「申し訳ございません。お父様、お母様」



 首都に置かれた当家の屋敷に帰ってまず一番初めにしたことは両親への謝罪である。帰りの馬車は重苦しい沈黙で両親も弟も皆明後日の方を見ていた。


 お父様は肝が据わった人なので落ち着いて考え事でもしているようだったが、母親は今にも倒れるのではないかというくらい青白い顔だった。弟も身の置き所が無さそうにしていた。


 私が何か悪いことをした訳では無い――はずだ。しかし、国のため、家族のため、愛する国民のため私に心が向いていなくても、殿下も敷かれたレールの上で最善を尽くすのだろうと思い込んでいた私の考えが甘かったことは事実だ。


 今日起こした不祥事は今日謝罪するに越したことは無い。本来なら馬車の中では話すべきだったのかもしれないが、外だとどこで誰に何を聞かれているかわからないため屋敷まで黙っていた。そしてようやく到着したので玄関ホールで頭を下げた。



「頭を上げなさい」



 お父様の声に従いゆっくりと頭を上げる。



「殿下が言ったことは事実か?」

「いいえ」

「なら、なぜ言い返さなかった」

「“私と婚約を破棄して、ヒューシア嬢と結婚したい”――それが殿下のご意思とお見受けしましたので」



 お父様の金色の瞳が鋭く私を射抜く。お父様は決して美形と言うわけではないが、目力が強い。新入りのメイドが少し目を合わせただけで泣いてしまうくらい。


 どう考えても娘に向けるべきではない、射殺すような眼を向けて、私の回答をしっかり吟味したらしい。大きなため息をついて眉間に手を当てた。



「お前が例え嫉妬に身を焼かれようと、恋焦がれようと家名に泥を塗らないことは知っている。面倒だからな。まあ、あそこで言いつくろったとてことがいい方向に向いたとも思わんし、そういうことも込みでお前はあの対応をしたんだろうな」



 さすがお父様。私のことをよくわかっていらっしゃる。



「しかし、面倒なことに殿下は他の女を選び、おそらく両陛下は息子の身勝手をすべてお前の責任にしようとするだろう」

「そんなの、あんまりよ! クロンヌちゃんが可哀想だわ!」



 耐えきれないと言うようにお母様が叫んだ。



「歌やダンスのお稽古だって、お勉強だって、護身術だってあんだけ頑張っていたのに! 弱い体で朝早くから夜遅くまで必死になって! それでこの子の愛を疑うだなんて、どうかしてるわ!」

「お母様、落ち着いてください」



 ようやく事態が飲み込めたのか、お母様は泣き始めた。過呼吸になるのではないかという勢いの叫びに弟が戸惑いながらも宥めている。


 別に、愛とか何にもなく、それが義務だと思ってできる範囲で頑張っていただけだが、母親にはその行動は全て殿下への愛ゆえだと思われていたらしい。


 論理的で合理主義なお父様と違いお母様はロマンチストで夢想家である。


 というより、身体が弱いと思われていたのは初耳である。確かに何かと身体の心配をしてきたが、単に過保護なだけだと思っていた。


 別に婚約を破棄されたからって私は悲しくもないし可哀想でもないので安心してほしい。


 むしろ、これから抱えるはずだった王妃としての責務や業務から逃れられて内心パラダイスである。



「ともかく、私一人悪者になることで事態が丸く収まるのであれば話は早いと考えます」

「もっともだ」

「あなた!」


 

 こんなアホなことでお家が取り潰しになるよりマシに違いない。幸いにも当家には弟のベラノスがいる。私が1人使えなくなったところで家が途絶えるわけではない。



「どうしてそんなに冷たいのです!? 娘が可哀想だと思わないのですか!?」

「可哀想も何も……」



 むしろ、自分の娘が次期国王の婚約者になれるよう根回しをし、頑張って育ててきたのに白紙にされた自分の方が可哀想では? と言う顔でお父様はお母様を見た。先行投資が丸ごとおじゃんになったのだ。


(お前、殿下と婚約破棄になって悲しいか?)

(いえ、まったく。むしろ嬉しくて踊りたいです)

(だろうな。私も同じ立場だったらそうなるよ)


 お父様とお互い目で会話するとお父様は再度ため息をついた。



「とりあえず、今日は色々あって疲れただろう。もう休みなさい」

「あなた!」

「お前もだベルリカ」


 お父様が冷静にお母様の名前を呼ぶ。


「今日はもう休みなさい」

「では、僕は明日イーリスの家に行って事情を説明してきます」

「ああ、よろしく頼む」


 イーリスというのはベラノスの婚約者である。


「お前への沙汰は追って伝える。それまで部屋で大人しくしなさい」

「……ご迷惑をおかけします」


 私が動いてはさらに事態が悪化する可能性があるとはいえ家族に迷惑を掛けるのは申し訳ない。もう一度私は頭を下げた。


 明日からほとぼりが冷めるまで世間から隔離されるが実質引きこもりフリーダム生活だ。


 つまり人生初のニートである。



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