第2話 100倍速で丁度いい






 心の声が外に漏れなかったことを称賛していただきたい。



 よくもまあ、このような場で、白けたことをしてくれる。



 両陛下も顔を引きつらせている。

 恐れ多くも両陛下が決めた婚約を両陛下の許可なしに破棄しようとしているらしい。



 私の家族の方を見る。

 お母様はグラスを持ったままぽかんとしていて、お父様は虚無の顔で殿下を見ていた。殿下の言っていることが事実ならこれから忙しくなるのはお父様なので本当にお可哀想。弟はお母様と同じ顔をして、口が空いたままだった。




「殿下――フォルティス・アルバトス・ウーナ・ミレニオガレス王子殿下。まずは順を追って説明していただいてもよろしいでしょうか」


「お前と話すことは何もない」




 馬鹿かしら? こちらは法律に縛られた婚約者だというのに話も聞かせてもらえないなんてあり得ないでしょ。


 国王陛下はなにをしているの? 驚いてないで貴方の愚息を何とかしてください。


 私の願いもむなしく、誰も何も動かない。どころか、両陛下と私の両親、そしてその両方に近しい人以外はヒソヒソと話し始めた。


 イライラして冷たい視線を浴びせると再び静かになった。腹が立つのも久しぶりだった。


 誰も何も動かない。どうやら私が話を進めるしかないようだ。



「恐れながら、ここにいる全員が――両陛下や私の両親ですら初耳だと愚考します。順を追って、説明を願います」


「ぐっ……仕方ない。いいだろう」




 さすがに両親のことを言われれば黙るわけにはいかないようだ。



 どうせロクな話じゃない。しかし、収拾をつけるには必要な手順だ。




「あれは、去年の春――学園の入学式で在校生代表として俺が演説を終えた後の歓迎パーティーでのことだった――――」




 長い話が始まった。


 ヒューシア嬢との出会い。彼女がいかに可憐で健気で殿下のことを想っているか。その愛は私が殿下に捧げる愛よりも大きくて純粋だとか。私はロクに毎日愛を伝えず、いかに薄情で冷酷か。嫌味で陰険で殿下を立てることもできず、いつも殿下の事を見下している。もっと私が殿下に愛を伝えていれば殿下は私から心が離れなかったとか。あまつさえ私が殿下とヒューシア嬢との仲を嫉妬して公爵令嬢であり殿下の婚約者と言う立場を利用して嫌がらせをしたとか、仲間外れにしたとか。ヒューシアからの純粋で深い愛をもらったいま、私のような血も涙もない女と結婚するのは不可能だとか。




「――――よって、俺はお前との婚約を解消し、ヒューシアと婚約する」




内容を2分の1にするか2倍の速度で話して欲しかった。なんなら100倍速で良い。


面倒事を嫌うあまり当たり障りないように接していたはずがそんな風に捉えられていたとは。もっと愛してるとか、貴方しかいないとか、伝えなければならなかったらしい。


 とはいえ、ヒューシア嬢から殿下がもらったという深い愛とやらを私は殿下に抱いていなかったので仕方がないと言えば仕方がない。


 王族や貴族に関してのみ、愛が無くても国のため民のため結婚は成されるものだと思っていたがどうやらそれは私の思い違いだったようだ。思い返せば、先々代の王は貴族の婚約者ではなく平民の少女を正妻として選んだではないか。


 しかし、私がヒューシア嬢をいじめたとかいうのはちょっとよくわからない。彼女が根も葉もないことを言っているのか、殿下が私を排除するためにでっち上げているのか。どちらにせよ私が邪魔だと思っていることは二人とも同じだろう。


 二人のことは置いといて、こんな大勢の前で捏造された罪を公表されたのはよろしくない。家に迷惑を――しいては私の今後に関わってしまう。


 どうしたものか。いや、“王妃”何てもの以上に面倒なことは無さそうだけど――――




「左様ですか……」




 人生の大一番に緊張しているのか殿下は冷汗をかいていた。

 国のため民のため共に歩むのだと信じていた殿下はたった一つの愛に生きるらしい。

 思わず口元に笑みが浮かぶ。



 “王妃”なんてもの以上に面倒なことは何もない。



 そして、元来私は面倒くさがりなのだ。

 あくまで私は両親と両陛下の決定だったから従っていただけだったが、相手である殿下がそれを断ったのだ。

合法で面倒事から解放されるのではないか?


 新しい道が開けた気分だった。

 まさか、ここに来てこんな転機が待ち受けていたとは。



「丁寧な説明痛み入ります。不出来な私の頭にも殿下の御心はよく理解できました。これでもう最後に致しますので、婚約者として最後の言葉を申し上げる許可を頂けないでしょうか?」


「なんだ、言ってみろ」




 嬉し過ぎて、人生で初めて声が震えそうになった。

 正直小躍りしたいほど。


 だがしかし、私は今、殿下の期待にも、両陛下と両親の期待にも応えられなかったが公爵令嬢なのだ。




「6歳の時に婚約が決定して以降12年間、殿下の御心も知らずにのうのうと生きていたことは生涯の心残りでございます。本日殿下から頂いたお言葉を胸にこれから精進致しますとともに殿下とヒューシア嬢の幸せを心からお祈り申し上げます」



 小さいころ何度も練習し、もはや息をするようにできるようになったカーテシーを行いそのまま扉の方へ向かう。走り出したくなったが作法に乗っ取って優雅に歩いた。大勢の人がわれるように道を開き、扉の前に立っていた使用人が顔を真っ青にして扉を開いた。


 入る時に憂鬱だったその扉も、今は輝かしい未来への扉に見えた。


 


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