第30話 洞窟蜘蛛

私とアタリはバッと同時にそちらを振り返る。


暗がりから出てきたのは子犬サイズの蜘蛛だった。


(ひっ)


その大きさに思わず鳥肌が立つ。

アタリは私のそんな様子を見て


キャン


ふふんと鼻で笑ったように見えた。


「あ゛あ゛?」


キャ……キャン?


思わず眉間にしわが寄る。


アタリは危険を察してきゅるんとした目をした。


そしてそんなアタリに向かって糸が吐き出された。

アタリはそれをカッコつけた目で見て横にさっとずれた。


きゃんっ


可愛らしい声が響き、アタリは糸でぐるぐる巻きにされた。


「お前……お前弱っ!!」


その弱さに思わず突っ込みを入れてしまった。


きゃうん?!


糸を避けられなかったことにアタリは自分でもびっくりしているようだ。


それもそのはず、私から見たアタリの移動はほんの数センチ横にずれただけだったからだ。

もちろん糸の動線から外れていない。



(っお前!!自分の足の短さ侮んなよ!!)


きゃうん


そのまま蜘蛛に手繰り寄せられるアタリ。 その目には涙が浮かんでいた。


「アホ犬!!!!」



急いでアタリに駆け寄ると手にしていたナイフで糸を切った。

そのままその場にアタリを放置すると今度は蜘蛛に向かって駆けだした。


「お前はそこでじっとしとけ!! 良いな!! 待てだ待て!!!!」


アタリに向かってそう吐き出し蜘蛛へと迫る。


(……鑑定。 洞窟蜘蛛ケイブスパイダー


洞窟蜘蛛ケイブスパイだーも危険を察知してか私に向けて糸を放ってきた。


アタリとは違いちゃんと避けると飛び上がり洞窟蜘蛛ケイブスパイダーの頭部にナイフを突き刺した。


(うえぇ……キモいキモいキモい!!!!)


ガサガサと手足をじたばた動かす洞窟蜘蛛ケイブスパイダー



ギィ……


やがて動きが緩慢になりささやかな断末魔を上げると洞窟蜘蛛ケイブスパイダーはコロンとひっくり返り息絶えた。


「ふぅ……」


仕留めた洞窟蜘蛛ケイブスパイダーは足をギュッと丸めている。


改めて見ても気持ち悪さが勝つ。


そう言えばアタリの糸取らなきゃなと振り返った。


すると……


きゃうん……


別の洞窟蜘蛛ケイブスパイダーに引きずられていた。


アタリと目が合う。

瞳がうるんでいる。


(お持ち帰りされかけてんじゃん……。 大人気だねアタリ……)


あいつ連れている限り洞窟蜘蛛ケイブスパイダーに囲まれる未来しか見えない。

大量のあの蜘蛛に囲まれる想像をしてしまい思わず遠い目をしてしまった。


(もう……そのままお持ち帰りされてもいいかもしれない)


アタリとの別れを考え始めた。


きゃうん……


(もともとあいつはグレーウルフ。 モンスターだ。 弱いモンスターは強いモンスターの餌になる。 それは当然だよ、私が手を出していい事じゃない)


うんうんと別れに正当性を持たせるべく考えを巡らせる。


きゃうん……


ズルズル


その間にもアタリはおとなしく洞窟蜘蛛ケイブスパイダーに引きずられていく。



うるうるとこちらを見るだけで洞窟蜘蛛ケイブスパイダーに抵抗しないアタリに対しイライラが限界に達した。



「っちったぁ抵抗しろよな!! このくそ犬が!!!!」



ポケットから竹串を取り出して洞窟蜘蛛ケイブスパイダーめがけて投擲した。


ギギャア!!


洞窟蜘蛛ケイブスパイダーのおしりに突き刺さった。


きゃうん?!


暴れる洞窟蜘蛛ケイブスパイダーとその反動で宙を舞うアタリ。


地面を蹴り飛び上がるとアタリと洞窟蜘蛛ケイブスパイダーを繋いでいる糸をナイフで切った。


そのままアタリに巻き付いている糸を手に取ると地面に着地する。


防御結界ディフェンスバリア


めんどくさくなったのでアタリの周りに防御結界ディフェンスバリアを張る。


「そこに居ろ!! 動くんじゃないぞ!!」


きゃうん


糸団子状のアタリは動きたくても動けませんと言った感じで結界の中でゴロゴロしている。

その様子は緊張感のかけらもない。


私はいまだ暴れ続ける洞窟蜘蛛ケイブスパイダーに近づくと首元をナイフで切断した。


(ほんと気持ち悪い!!)


顔をしかめて亡骸になった洞窟蜘蛛ケイブスパイダーを見下した。


防御結界ディフェンスバリアの中でゴロゴロしているアタリのもとに歩み寄ると手早く糸を切り裂いた。


自由の身になると体をぶるぶると震わせて伸びをし始めた。


「お前に……この階は厳しいな」


ガーンとショックを受けた顔をするアタリ。


(……いや無理でしょ。 戦って即捕まってたじゃん。 もっと現実を見ろよ……というか私もあの蜘蛛が居る階好きじゃない)


「さっさと次の階に行くか……」


戦闘は避けるべく防御結界ディフェンスバリアを張り直し、闇隠インビジブル静音サイレントサウンドをかけて走り出した。


キャンッキャンッ


ハッハッハッと楽しそうに隣を駆けるアタリ。


(……散歩か?)


初めて広い場所を駆けられる喜びを堪能しているようだ。


はしゃいでいるアタリを目の当たりにしてスッと走るのを止めた。


防御結界ディフェンスバリア


一応防御結界ディフェンスバリアを張ってやり、周りが見えていないアタリは楽しそうに走っていった。


私はそれを見送った。


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異世界帰りの聖女は逃走する マーチ•メイ @marchmay

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