第14話 閑話


伊舘善光はどこにでもいる探索者だった。


意外と気が利き、聞き上手で世渡り上手だった。

中学高校と強いものに憧れ先輩の使い走りを率先し、機嫌を伺い、犬のようについて歩くことから先輩方には可愛がられた。

強い先輩方に可愛がられる分他の者からは遠ざけられ、自分を恐れているんだと勘違いし強くなった気でいた。


その気持ちのままなんとなく流されるように大学へ進学する。

だが高校までと同じようには行かなかった。


今までは強い人たちに媚びるだけで可愛がられたが、大学では勝手が違った。

そこで人間関係の挫折を知る。

だが一度お金を払ってしまったので止めることも出来ずダラダラと学校に通った。

そして就活の時期になった。

これと言ってやりたいことを持たなかった伊舘はどこを受けていいか分からなかった。

やりたいこともないしサラリーマンという今まで自分が馬鹿にしていた奴らの下で働きたくなかった。

だがそれでは生活できない。

しぶしぶ仕事の内容ではなく給与の良さで引かれた会社に応募した。

面接に行ったら自分以外の奴らは皆変わっていた。


何故ここの会社を受けたか、入りたいか自己アピールが出来ている。

お金にしか目が行ってなかった自分は面接官の問いにしどろもどろになってしまった。

その結果不採用通知だけが積み重なっていった。


何社目かの不採用通知を目にしむしゃくしゃして飲みに出かけた。

そこで偶然高校時代につるんでいた奴らと遭遇した。

そいつらは高校時代と違ってなんだか逞しくなっていた。

久しぶりに会った高校時代に仲間は探索者をしているらしい。

だいぶ羽振りが良かった。


なんだか自分と違って生き生きしているそいつらが羨ましくなった。

そこで愚痴を吐くと


「ダンジョン探索者になればいい、儲かるぞ」


そう言われた。


ダンジョン探索者、そう言われて一瞬ひるんだ。

ダンジョンは危険、そう一般には認識されているからだ。

伊舘も強さに憧れを抱きつつもダンジョンには近づこうとはしなかった。


一般で言われている危険という言葉と、身近な奴らが言う稼げる、そんなに危険じゃない。

伊舘は後者を信用した。


就活もままならないまま右も左も良く調べずに飛び込んだ。

高校時代の仲間たちにイロハを教えてもらうと思ったよりも適性があったのかそこそこの探索者になっていった。


仲間たちとも上手くいっていた。


若いうちはいい。


だがそこそこ歳を重ねると体力の衰えだ、結婚だと引退していく者達が増えた。

伊舘は去っていく仲間たちをなんて馬鹿な奴らなんだと軽蔑した。

歳を重ねれば若い時ほど無茶は出来ない。

人も減れば役割を担う人も減る。

探索の実入りも減った。


伊舘は今まで通りのペースに戻そうと意見した。

だがリーダーを担っている奴からの返答はノーだった。


それに腹を立てた伊舘は啖呵を切りそのグループから抜けた。


そこからの転落は早かった。


体力の衰え、やる事の煩雑さ皆で割り振ってやって来たことを一人でやらなきゃいけないようになった。

一つミスを犯せば収入は0。

下手した日は治療分足が出る時もあった。


上手くいかない。

伊舘は安い裏路地の居酒屋で酒を煽りつつ腐っていた。

そこに現れたのが恭子の所属する病院の永関だった。


永関から持ち掛けられた話はとある人物の殺害だ。

殺害と聞いてそれまでぐでんぐでんに酔っぱらっていた伊舘は流石に酔いが醒めた。

まだ流石にそこまで落ちては無かったからだ。


ヤバいやつに話しかけられたと思いながらも話を聞けばなんとも羨ましい話だった。


俺はこんなに苦労をしているのにその女は何もできないくせに大金をせしめているという。

何もできないその女のせいで永関はだいぶ苦労をしているらしい。


その苦労話を聞いて自分と重なった気がした。

そしてこの話を受けてこの男の苦労の原因が消えたら自分の苦労も消えるかもしれないと思い始めた。


気持ちが傾いたのが分かったのか男はさらにこう話した。


「自分の手を汚す必要は無いんですよ、と」


聞けば裏マーケットにはモンスターをダンジョンから出す魔道具が売られているらしい。

どうやってダンジョンから出すのかは分からないが。


「今度その女がダンジョンの傍に行く際教えます。 その時モンスターにそれを飲ませてください。 その女の診療所にモンスターを誘引する物を置いておきます、そうすればモンスターは勝手に女に引き寄せられていくはずです。 だからそれだけでいいです」


それだけでいいのか?


人の良さそうな笑みを浮かべてそう言う永関。

それだけなら……と了承した。


そしてこれは前金ですと封筒をくれた。


中を見れば使い込まれた大金が入っていた。


私が頑張ってかき集めました。 達成したらさらにお支払いしますと言われ、久々に人に頼られる気持ちよさに必ず成功させると約束をした。


そして言われたとおり裏のマーケットで指定された魔道具を入手し指示を受けダンジョンに潜り込み狼型のモンスターの口の中に放り込んだ。


やった、成功だ!! 成功してやったぞと思った。


「え」


後は逃げてダンジョンから脱出しあの男の下へ行くだけだ。


そう思いモンスターに背を向けて出口へ向かって駆けだそうとした。


眼前が何かで黒く染まる。


そこが伊舘の最後だった。

グレーウルフ


ダンジョンに生息するアッシュウルフが進化するとグレーウルフになると言われる。

進化の条件が何かは今だ分からない。


人を倒した数だとか、生き続けた年数だとか、魔力の濃度だとか説は色々だ。


一つ確定している情報が魔道具による強制進化。


これはダンジョンの宝箱からごく稀に出土する。

換金の際にダンジョン協会に回収され一般に出回ることは無い。

もし保持しているところが見つかれば逮捕される。

それくらい危険な代物だ。


進化したモンスターは危険度が増す。

それは当然のこと。


魔道具を口の中に放り込まれ進化したグレーウルフは靄がかった頭がすっきりするのを感じた。


そしてダンジョンの外に出れることを理解した。


進化の成功の喜びか外への渇望かみなぎる力を放出するように遠吠えを上げる。


さて、外へ行こう。

視線を前に向ければ、目の前には背を向け逃げ出す人間が居た。


ニタリと笑う。


力を試すには丁度いい。


一瞬のうちに距離を詰める。

アッシュウルフの時とは比べ物にならないくらい力が入る。


今までよりも格段に強くなれたことにグレーウルフは嬉しくなった。


軽く撫でるつもりで人間の頭を引っ掻いた。


したらその人間は呆気なく動かなくなってしまった。


動かなくなった亡骸には興味が失せた。


もう一鳴きすれば配下が集まってくる。


さあ行くぞ、こんなダンジョンから出る時が来た。


遠吠えで配下を鼓舞しダンジョンの出口から地上へと飛び出した。




外の香りは埃っぽいダンジョンの中と違って新鮮だった。

風の匂いを堪能していると風に乗って良い香りがする。


配下と共に香りの元をたどれば白いものに覆われていた。

爪で切り裂くと人間が居た。


香りの元はこの人間か? いや違う? まぁいいか。


さっきの人間はすぐに動かなくなってしまった。

この人間は嬲って力を試そう。


にやぁっと笑みが浮かぶ。


おっと配下の者達も楽しませなくてはいけない。


一吠えし配下を散らせた。


さてと楽しむかとこちらを見て震える人間を引っ掻こうとした。


そしてら前足に痛みが走った。


見れば前足が消えていた。


理解も出来ずに距離を取る。

進化した我がこの弱い人間に後れをとる筈はない。

なにかをしでかされる前に一思いに消してしまおう。




そう思い筋力が増え俊敏さが増した後ろ脚に力を込める。


一瞬のうちに距離を詰めかみ砕いてやる。


口を大きく開け人間に迫った。


もう少しで噛みつける、そしてそこで意識が途絶えた。



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