第3節 死霊術師と亡者の神

第41話 説得


 完全にクティーラを無力化したことを確認して、私はようやく肩の力を抜いた。

 これでもうナグーブが操ることも憑依することもできない。クティーラを介して死霊術を放つことも無いのだ。


「ふぅ。上書きに成功したか。繊細な作業で疲れたぞ……」


 馬乗りになった彼女の体から退こうとしたその瞬間――


「っ!?」


 背中に凄絶な殺意と濃厚かつ濃密な死の気配を感じて反射的に振り返る。

 そこにいたのは、感情の抜けた絶対零度の瞳で蔑むように睨むルルイエとツバキだった。表情かおに薄く張り付いた微笑みが逆に猛烈に恐ろしい。


 あ、あれ? カタカタと聞こえるこの音はなんだ……? なぜ私の体はこんなにも震えているのだ……?


 彼女たちは、実に美しい微笑みを浮かべたまま、軽く引き結んだ唇を開いて静かに言葉を紡ぐ。


死刑ギルティー

『ゴブ』


 な、なんだと!? ギルティーはギルティーでも有罪ではなく死刑が確定しているだと!?


 私は慌てて自分の状況を確認し、背筋が凍った。


 クティーラの体に馬乗りになり、私の手は彼女の左胸をがっつり掴む、もとい揉みしだいていた。しかも影で縛り上げており、特殊マニアックな緊縛プレイや触手プレイに見えなくもない。

 傍から見たら無抵抗の女性を襲っている骸骨そのものだ。


「ま、待て! これは誤解だ! このバインドは抵抗されないために施したもので、胸を触っているのも心臓に一番近かったからなのだ! 決してわざとではない!」

「遺言はそれでいいですか?」

『ゴブブ……?』


 あぁ、これはダメなやつだ。何を言っても無駄な気がする。

 ……いや、まだだ! 二度目の人生を早々に諦めるわけにはいかない! 私な幽玄提督閣下のような威厳ある立派な宇宙船の船長になるまで死ねないのだ! 死に向かう現状を打破するために頭を働かせろ!


「ルルイエ! このクティーラは宇宙でも有名なコズミックモデルのクティラ・ラムレイと同一の存在なのだぞ!」

「それが何か?」


「――エプロンを着せたくないか?」


「っ!?」


 よし、かかった! ここでさらに追い打ちをかける!


「『月刊エプロン様』なる雑誌の表紙は微妙だったようだが、このクティーラなら自分好みのエプロンを選び放題着せ放題だぞ? しかもモデルであるまえに星間国家の皇女でもある。まさかエプロン教の女教皇が興味ないとは言わぬよな? 彼女のエプロン姿に私はとても興味があるぞ!」

「一国の皇女兼有名コズミックモデルのエプロン様を選び放題着せ放題……あぁ! さすがです、マスター! さすがエプロン様が遣わした御使い様です! ワタシの所有者がマスターで本当によかった……! 早速彼女に似合うエプロン様の画像検索を開始します――!」


 やはりルルイエはエプロンのことになるとチョロいな。口車に乗せられてあっさりと陥落してしまった。


 私は断じてエプロンが遣わした御使いではないが、この場の危機を乗り越えるためには甘んじて誤解されておこう。


 クティーラに似合うエプロンを脳内で探し始めて危ない表情を浮かべるルルイエは放っておいて、後は『絶対に誤魔化されないぞ!』と言いたげに、ハリセンを片手に腕を組んでムッツリと睨むツバキの攻略を開始する。

 まあ、彼女の説得もそれほど難しくないだろう。


「ツバキ」

『ゴブ』

「ツバキの妹分だぞ」

『ゴ、ゴブッ……!?』


 手ごたえあり。予想通り喰いついたな。


「ツバキも成長したから、そろそろ後輩を任せても良い頃かとずっと考えていたのだ。ツバキには姉貴分としてクティーラのお世話を頼もうと思っていたのだが、仕方がない。本当に仕方がない。そこまで嫌ならばルルイエに頼むしか……」

『ゴ、ゴブゥー! ゴブゴブゴブ! ゴッブブゥー!』

「ん? ツバキが面倒をみてくれるのか? お姉さんとして?」

『ゴーブッ!』


『任せて!』と得意げにポンッと胸を叩くツバキ。やはりツバキもチョロかった……。


 急にお姉さん風を吹かせた彼女は、トコトコとクティーラに歩み寄ると、しゃがんで彼女の頭を優しげに撫で始める。


 つい今まで私のことを『死刑ギルティー』と冷たく睨んで蔑んでいたルルイエとツバキはもう存在しない。彼女たちは私以上にクティーラを受け入れてしまっている。


 後先考えずにクティーラをナグーブ・ホーから奪い取ったが、無事に命の危機も回避し、良い方向に進んだようだ。


 クティーラを新たな船員クルーとして迎えていいだろう。スペックは申し分ない。むしろ極上。状態もいい。自発的な行動はできないようだが、逐一命令すれば何とかなる。死霊術のレベル上げにもなりそうだ。


 それに、新たに一人船員クルーが加わったとしても、全長500メートルを超える”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”にはまだまだ余裕があるのだ。


「しかし、魂が宿っていないと自我も感情も存在しないから、生まれながらの美貌も相まって本当に人形のようだな。どこかの自称”感情がない人型魔導兵器”とは大違いだ」


 つい物言わぬクティーラとエプロン狂のルルイエの間で視線を行ったり来たりさせると、ルルイエはなぜか愕然と目を見開き、


「マ、マスター……? ワタシの知らないところでいつ別の人型魔導兵器と知り合ったのですか……? 酷いっ! ワタシというモノがありながら……! マスターの浮気者ぉー!」

「なぜそこで別の人型魔導兵器の話になる? なぜそこで台詞に感情を込める?」

「ま、まさかその人型魔導兵器というのは、ワタシの妹のセクロス……? 妹のセクロスと浮気を……!?」

「勝手にドロドロな修羅場を展開させるな。そして、妹の名前が酷すぎる。ティクビといいセクロスといいチクビームといい、ネーミングセンスが終わっているぞ」


 はぁ。どうしてルルイエはこんなにも残念なのだ……。


「え? マスターに言われたくありませんが」

『ゴブゴブ』

「ツバキもルルイエに味方するのか!? なぜだ!?」


 納得がいかぬ! 明らかにルルイエのほうが酷いだろうに! つい先ほども『パイパンチ』という技名のパンチを炸裂させていたではないか!

 まあいい。この話はひとまず置いておいて、後でじっくり議論するとしよう。


「クティーラはこうして無力化した。ナグーブの切り札であった巨人骸骨ギガススケルトン骨恐竜ボーンレックスもルルイエとツバキが殲滅してしまった。残すは儀式場だが――ん?」


 その時、アンデッドの巣窟となっている廃棄コロニー内で、生暖かな魔力の風が吹き抜ける。


「報告。不自然な魔力の流れを確認。流入先は、博物館地下、ナグーブ・ホーの儀式場です」

「ルルイエのビームを受けて無事だったのか」

「ただのビームではありません。チクビームです」

「はいはい。わかったわかった」


 そうしている間にも魔力の風は強まり、ルルイエがビームで作り出した巨大な穴の中へと流れ込んでいく。

 周囲の淀んだ魔力が吸い込まれていくからか、コロニー内を満たしていたねっとりと纏わりつくような不快な重苦しさが徐々に薄れ、心なしか空気が爽やかになった気がする。


「アンデッドの発生源である『場』そのものの魔力まで吸収しているようですね。これほどまで薄まると自然発生しなくなるでしょう」

「コロニー内がアンデッドで溢れることはなくなりそうだな」


 魔力の風はもう鎮まった。その代わり、博物館の地下で濃密な魔力が渦巻いているのがわかる。


 ナグーブはまだ諦めていない。憎悪に似たおどろおどろしい気配が伝わってくる。

 ここで諦めてくれたら楽だったのだがな。仕方がない。


 喧嘩を売ってきた敵を冷酷かつ容赦なく、徹底的に叩き潰すのが幽玄提督閣下流だ。閣下に憧れる者として、大詰めを迎えている儀式をぶち壊すくらいのことはせねばなるまい。


「ルルイエ。ツバキ。私はこれからナグーブを混沌の海に沈めにいくが、二人はどうする? ここで待っているか? それとも私についてくるか?」


 答えはわかっているが、ここで問いかけるのが様式美というものだろう。

 予想通り、真っ先にルルイエは頷き、


「たとえ火の中水の中エプロンスカートの中に至るまで、ワタシはマスターにお供しましょう」


 ほぼ同時に、愛刀を携えてツバキも元気よく頷く。


『ゴブッ!』


 そうか。ツバキもついてきてくれるか。

 私は良い仲間に出会えたものだ……。

 ちなみにルルイエ。私はエプロンスカートの中には行かないからな。覗くなら一人でするがいい。


『ゴブゴブ!』

「ん? おお、クティーラにも言っておかねばな。クティーラ、私と共に来るか?」

「…………」

『ゴブ』


 魂がないクティーラからの返事はない。しかし、代わりにツバキが彼女の手を握って挙手させた。

 ちゃんとツバキはお姉さんをしているようで結構。そのまま頼んだぞ。今は自我がなくとも、いずれ宿る可能性もあるのでな。

 全員から了承も得られたということで、決着をつけに『屍使い』ナグーブ・ホーのもとへ向かうとしよう。


「――では、行こうか」


 威厳を漂わせて颯爽と足を踏み出す私の背後に、ルルイエとツバキとクティーラの三人が華麗に付き従う。


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