第30話 依頼完了


 私とルルイエとツバキの三人は、航行不能になった『黒鯨ブラックホエール』の母船内に乗り込み、最後の制圧に取り掛かっていた。

 せめてもの抵抗として廊下にバリケードが設置されているようだが、あいにく私は錬金術を扱う。


「<分解>」


 万物の組成を操る術によって家具やテーブルなどのバリケードは瞬く間に分解されて塵と化す。

 次々に下ろされる金属製の分厚い気密隔壁も私たちの歩みを止めることはできない。

 私が手を向けるだけでサラサラと金属の粒子に崩れていく。


「足止めしたいのなら魔法付与エンチャントを施すんだな」


 魔法付与エンチャントをすると、疑似的な魔法金属となって魔力を帯び、今の未熟な私の腕では分解に時間がかかるのだ。

 もし魔法付与エンチャントされていた場合でも、ルルイエが一発殴れば解決するがな。


「う、撃てぇぇえええっ!」


 隔壁の先では宙賊の残党が待ち構えており、マシンガン型のレーザー砲の銃口を私たちに向けていた。

 半狂乱の彼らが引き金を引く直前、白銀の髪をなびかせ、ツバキが疾走する。


『ゴブッ!』


 小柄な彼女は稲妻の如く宙賊の間を駆け抜け、一瞬遅れて迸る、紫がかった漆黒の斬撃。チンッと澄んだ音が響いて刀が納刀した瞬間、真っ赤な血飛沫が宙を舞い、『ぐあっ!?』と断末魔を上げて宙賊たちが倒れた。

 そこへ容赦なく魔力の弾丸が降り注ぐ。


「アル=アジフ」


 ツバキに急所を斬られてあと僅かな命だった宙賊を、私は確実に仕留めていく。

 人間は意外としぶとい。急所を斬られたくらいではなかなか即死しないのだ。数分ほど生きているし、場所によっては意識を保って動くこともできる。


 宙賊を簡単に倒してみせたツバキも私もまだまだ弱い。少しの油断が命取りとなる。だから慎重かつ冷酷に敵の生存の可能性をゼロにしなければならない。


「これで全員死んだか……」


 脳と心臓を撃ち抜いたところで私はようやく魔導銃アル=アジフを下ろす。

 床には血溜まりが広がり、むせ返るほど錆た鉄の臭いが充満している。


『ゴブゴブー』

「おお、ツバキよ。今の一閃は素晴らしかったぞ。やるではないか」

『ゴッブブー!』


 可愛らしくドヤ顔をして胸を張るツバキが可愛い。すれ違いざまに宙賊を斬り伏せたとは思えない可愛さである。

 運動が苦手な私では到底真似できない動きだった。それに正確で無慈悲な太刀筋――ツバキの才能を思い知るばかりだ。


「しかし、油断はいけませんね」


 ――バンッ! バンッ! バンッ!


 ルルイエがツバキの背後に出現すると同時に轟く銃声。彼女の手がブレて、目には見えない何かをいくつも掴み取る。

 廊下の角から姿を現した宙賊が、ツバキの背中を銃で狙っていたのだ。

 銃を撃って勝ち誇っていた宙賊だったが、私たちが一向に倒れない理由に気づいて、顔から血の気が引いて銃を構えたまま声を震わせる。


「ウソだろ……銃弾を掴み取った……?」

「この程度で驚かれても困りますね。銃弾を掴み取ることができる者など宇宙にはごまんといますよ」


 ごまんといるのだろうか……。少なくとも私はルルイエしか知らない。


「これはお返ししますね」


 掴み取った銃弾をルルイエは無造作に腕を振って投げ返し、宙賊は無音で迫った無数の金属の塊にあっさりと体を貫かれて絶命した。


 やはりルルイエは強いな。銃を使わずとも銃以上の速度で弾を投げることができるし、狙いは正確。そして何しろ音がしない。狙撃手も真っ青だ。

 彼女が仲間で本当に良かったと思う。ルルイエほど頼もしい仲間はいないだろう。


「宙賊たちはこの先で誘拐したニンゲンを人質にして立てこもっているようです」

「他に潜んでいる宙賊はいるか?」

「いいえ。隠れているニンゲンから排除していきましたから、この先に残っている者だけです」

「それは重畳。早く終わらせるとするか」

「はい」

『ゴブブ』


 宙賊たちが立てこもっているのは貨物室だった。積み込んである荷物をバリケードにして立てこもるにはふさわしい場所である。

 強固なバリケードを突破して人質を救出するには長い時間がかかるに違いない。しかし、


「バリケードを設置していない場所から侵入すれば何も問題はない。<分解>」


 私は自分の足元に向けて錬金術を発動させると、床が分解されて下の階層の部屋まで通じる穴がぽっかりと開いた。


「先行します」

『ゴブ』


 まずはルルイエが穴に飛び込み、続いてツバキがジャンプする。そして最後に私が穴に入って真下の部屋に無事に降り立つ。


「て、天井から女とモンスターが……!」


 天井からの奇襲に完全に意表を突かれた宙賊たちは呆然と動きを止め、ルルイエとツバキがその致命的な隙を見逃すわけがなく、次々に無力化していく。


「お、おい! 止まれ! こいつらがどうなってもいいのか!?」


 残り僅かとなった宙賊たちが人質にナイフや銃を突きつけているが、二人は淡々と目の前の宙賊を処理する。


「別にどうなろうが知ったことではありませんね。殺したければどうぞご勝手に」

『ゴブゴブ』

「なっ!? こいつらを助けに来たんだろうが!?」

「いえ、違いますが? ワタシたちが助けに来たのはエプロン様です!」

『……ゴブ?』

「は、はあっ?」


 こんな状況でもエプロンへの狂愛を貫くルルイエと巻き込まれたツバキによって宙賊たちは倒され、残りは人質を抱える宙賊数名だけとなった。

 人質は恐怖で泣いている。顔に痣がある人質もいるので、暴力を振るわれたに違いない。壁際やバリケード付近には他の誘拐された人間もいるようだが、人質を取られているせいで動けないようだ。


「さて、残りは人質ごと殺したほうが楽に済みそうです」

『ゴブ!』

「ほ、本当に人質ごと殺す気かっ!?」

「た、助け……て……!」

「黙れ! 喋るなと言っただろうが!」

「ひぃっ!?」

「チクショウ! あと少しだったのに!」


 何があと少しなんだ? この状況から逃げる算段でもあったのだろうか。

 もう面倒だな。宙賊と喋っている時間も人質解放を説得する時間ももったいない。さっさと終わらせてしまおう。そして一秒でも早く幽玄提督閣下のフィギュアデータを手に入れるのだ!


「ルルイエ。ツバキ。私に任せろ」

「マスターの御心のままに」

『ゴブゴブー』


 私は魔導銃アル=アジフを構え、人質ごと照準を合わせる。

 涙を流す人質は唇を引き結んで目を閉じ、宙賊は慌てて人質を盾にする。


「我に生命いのちを捧げよ。死してなお、汝の魂に混沌在れ」


 私は銃に魔力を流し込むと無造作に引き金を引いて魔弾を発射。魔弾は人質に向かって真っすぐに直進し、人質に当たる直前――突如軌道を変えて人質の体を避けていく。そして、複雑な軌道を描く魔弾は、人質の背後にいた宙賊だけを貫いた。

 その後何度か引き金を引く動作を繰り返し、人質を抱えていた宙賊たちは皆、こめかみを撃ち抜かれて床に倒れ伏した。


「終わったな。あとはアッハンたちに丸投げするとしよう」


 宙賊が全員倒されて安堵するニンゲンたちを無感情に眺め、”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”内に待機させていたアッハンたちを呼び寄せるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る