第29話 黒鯨殲滅


「あれが『黒鯨ブラックホエール』の拠点アジトか。その名の通り、黒い鯨のような母船だな」


 ”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”の画面モニターに映し出されているのは、全長150メートルを超える胴長の中型宇宙船だった。


 ヒレや尾をつければ鯨にそっくりな形。光の乏しい宇宙空間で見つかりづらくするためか、船体は黒一色。遠目からは認識しづらく、見えたとしても小惑星と間違えそうである。


 散り散りに逃げた宙賊も旧き箱舟ロスト・アーク混沌の玉座ケイオス・レガリア号”の探査能力をもってすれば、こうして拠点アジトを突き止めることなど可能なのだ。


「拿捕した宇宙船の運搬船を拠点アジトとして使用しているようですね」

「なるほど。移動する拠点アジトならば宇宙警察から見つかりにくいし、小型の宇宙船も収容できる。便利だな」

「その代わり戦闘力はあまりなさそうです」

「母船だからな。どちらかというと防御よりだろう」


 警戒すべきは母船に収容されている攻撃型の宇宙船だ。しかし、 ”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”に通用しないのは先の戦闘でわかりきっている。しかも大部分の宇宙船を撃破しており、逃げ帰ったのは少数。残っている宇宙船はさほど多くないに違いない。


「さっさと依頼を済ませるか……」

「エプロン様のためですね!」

「いや、幽玄提督閣下のナノマシンフィギュアデータのためだが?」


 私とルルイエは見つめ合い、お互い『何を言っているのだろう?』と首を傾げる。

 幽玄提督閣下のナノマシンフィギュアデータ以上に重要なものってあるか?


『ゴブゴブ……』


 ルルイエの隣の席で『やれやれ』と肩をすくめて呆れているツバキの姿が目に入り、コホンと咳払いをして話を戻す。


「母船を爆破しないよう無力化することは可能か?」

「ご命令とあらば」


 ほう? 良い返答ではないか。私はそういうのを求めていたのだ!


「なら命じよう。小型船はいくらでも倒して構わん。だが、母船は確実に無力化せよ!」

命令受諾アクセプト

『ゴブゴブー!』


 いい! 実にいい! 私は今、船長をしている!

 手に入れたばかりの軍服に似た船長服を纏っていると、さらに身が引き締まる思いだ!

 骸骨の私には引き締まる身など無いがな! アッハッハ!


「母船を破壊したらうるさい奴もいそうだからな」


 私は画面モニターの隅に映る、船内のとある部屋の様子を眺める。

 そこには数人の男女が集まっていた。『黒鯨ブラックホエール』を討伐しに行くと聞いて、同行すると言い張ってうるさかった奴らだ。


 商人アッハン、御曹司のお坊ちゃん、乗客の数名、そして乗務員数名。己のために私たちと取引きをした欲深き者もいれば、誘拐された人間たちの救助に役立つからと名乗りを上げた勇気ある者もいる。まあ、後者は私たちを信用していないため、監視する目的もあるのだろう。


 いちいちあしらうのも殺すのも面倒だったため、部屋の一つに全員放り込んでおいた。一人でも部屋の外に出ようものなら全員殺すと脅してある。おかげで部屋は大人しい。

 若干一名、全身鏡の前でセクシーポーズを連発しているようだが。


「母船を破壊したらエプロン様もダメになってしまいますからね!」

「身内にもいたか……まあいい。戦利品をみすみす手放すのはもったいない。宙賊が溜め込んだ略奪品を私たちが頂こうではないか」


 宙賊たちはまだ私たちの存在に気づいていない。なので先制攻撃をお見舞いする絶好のチャンスだ。

 貴様たちはもう射程圏内なのだよ。


「ルルイエ」

命令受諾アクセプト。衝撃が来るかもしれませんので、しっかり掴まってくださいね」

『ゴブ!』

「ぐっ! その話を蒸し返すんじゃない……!」

「<照準固定ロックオン>」


 私を揶揄ったルルイエは、抑揚のない無感情な声で淡々と報告。画面モニターに映る『黒鯨ブラックホエール』の母船に照準が固定される。そして、


「<発射ファイア>」

『ゴブブー!』


 ”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”からレーザー光線が放たれ、一直線に宇宙空間を突き進んでいく。

 レーザーが発射されたことでようやく私たちに気づいた『黒鯨ブラックホエール』は、慌てて障壁シールドを展開して母船の進路を変えようとするものの、それすらもルルイエは予測していたようで、レーザー光線が敵船の障壁シールドをバターのように溶かして、母船の船体後方を掠めるように直撃する。


「着弾を確認。敵母船の推進装置を破壊しました」

「よくやった。推進装置を破壊したら、もはや宇宙空間を漂うただの鉄屑だな」


 突然の襲撃に母船内が慌ただしくなって半ばパニックになっている様子がこっちにまで伝わってくるようだ。

 お? 母船の前方が鯨の口のように開いていくぞ?


「報告。母船から小型宇宙船が発進。数は――31隻」

「ふむ。そんなものか」


 先の戦いで消耗して、船の数も人員も限られているのだろう。

 小型宇宙船は、群れを成す小魚のように密集して一斉に反撃してくる。


 エネルギー弾や小型無人機ドローンの弾幕。”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”の巨体では到底避けられない。が、この程度の攻撃は何も問題ない。


 敵の攻撃はすべて”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”の障壁に阻まれて、船体へのダメージはゼロだ。


「マスター? しがみつかなくてよろしいので?」

「ぐっ! だから蒸し返すなと言っているだろう……!」

『ゴブブ!』


 並みの船ではひとたまりもない攻撃を受けているにもかかわらず、私たちはいまいち緊張感に乏しい。


「障壁の消耗率1%未満。船体へのダメージはゼロ。反撃を……ん?」

「どうした、ルルイエ?」

「敵船のエネルギー値が急上昇しています」

「なに?」

『ゴブ?』


 敵船は密集陣形を整えており、急激なエネルギー増加の観測情報が次々に画面モニターに映し出される。


「なるほど。機体同士を同調シンクロさせてエネルギーを増幅させているのですか。儀式魔法の応用のようです」

「『黒鯨ブラックホエール』の切り札ってやつか」


 敵船の密集陣形の正面に膨大なエネルギーが集まって、小さな恒星のような輝きを発している。


「砲撃が来ます」


 ルルイエの報告が終わる前にエネルギーは撃ち出され、極大の光線と化して”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”に迫りくる。

 しかし、この程度でも傷つかないという判断なのだろう。ルルイエの操作に従って”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”は自ら光線に突き進む。


「ん……?」


 光線と船体が直撃するその寸前――”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”の船体の前方を横切る一隻の小型宇宙船。その宇宙船は両翼を伸ばした攻撃的なシルエットで、障壁をギリギリ掠めるように高速で飛んでいく。ほぼ特攻まがいの危険な飛行だ。


 私は思わず船長席から立ちあがる。


「あれは! エネルギーブレード!? 翼で障壁や船体を切り裂くことに特化した小型戦闘機だ! ルルイエ! 障壁が!」

「問題ありませんが、なにか?」

「え?」


 障壁を切り裂こうと飛来した小型戦闘機。味方の光線から逃れた時には、片翼がもがれた悲惨な姿を晒しており、制御不能で宇宙の彼方へと落ちていく。

 ”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”の障壁を切り裂くはずが、逆に翼を削り取られてしまったのだ。


「あ、あぁー……」


 なんだろう、この徒労感……。

 呆然と立ち尽くす私の前で、迫りくる極太の光線と突き進む”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”が真正面からぶつかる。

 曲線を描く”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”の障壁が、極太の光線を分散させて、後方へと華麗に受け流す。


「攻撃が着弾。障壁の消耗率1.41421356%」


 この攻撃でも消耗率がたった約1.5%か……。


 本来ならば小型戦闘機で障壁を切り裂いたところに光線を直撃させる予定だったのだろうが、恐ろしいほどの防御力を誇る”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”には全く通用しなかったようだ。


 私としては実に頼もしい限りである。


 無茶な切り札を使用した宙賊の宇宙船は、エネルギーを消耗し過ぎてしばらく攻撃ができないはずだ。航行不能に陥っている船もあるらしい。


 宇宙空間を漂っているだけの敵船なんて、狙ってくださいと言っているようなもの。

 ルルイエは淡々と照準を合わせ、


「<発射ファイア>」


 宙賊の小型宇宙船を一隻残らず殲滅した。



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