第25話 蹂躙


 玉座風の船長席に座って、画面モニターに表示される情報を確認する。

 近くを航行中の宇宙船へ無差別に送られる緊急の救難信号を”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”が受信したのだ。


 ルルイエによると、宇宙船の一団が宙賊に襲われている真っ最中だという。


 どこの国の領域でもない公宙域でのSOSにどう対処すべきか決めるためにも、まずは情報収集が最優先だ。


「状況は?」

「はい。現在、”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”の進路上、約38万キロメートル地点で、宇宙船の一団と宙賊と思われる宇宙船が交戦中です。船団は合計72隻。そのうち38隻が轟沈、もしくは航行不能状態です。宙賊は合計52隻。そのうち撃破されたのは5隻のみです」

「襲われているほうが不利だな。全滅するのも時間の問題だろう」

「船団のほうは戦闘能力がない宇宙船が多いようです。今はまだ防御に徹してなんとか耐えていますが、押し切られるのも時間の問題でしょう」


 なるほどな。船団は、輸送船とその護衛船だったのだろう。

 食糧や人を輸送する宇宙船は、防御システムはあっても基本的に戦闘能力を有していないことが多い。戦闘は護衛船に任せれば、武装能力の分を防御力や輸送力に回せるからだ。


「また2隻航行不能。船団の宇宙船です」

「これで32隻対47隻か。名の知れた宙賊なのだろうか。強いな」

「その可能性はありますね。連携が上手いです」


 画面モニターに映し出される宙賊の動きは一見バラバラに見えても、上手く船団の狙いを分散かつ撹乱して、隙を突いて攻撃役の船が猛攻を仕掛けている。


 明らかに戦い慣れしている動きだ。軍隊のように厳格に隊列を組んで規律のある動きではなく、実戦を経験することで学んだ、野性味ある荒々しい戦い方。


 宙賊の臨機応変な複雑な動きに船団は苦戦を強いられている。


「宙賊の正体はわかるか?」

「否定。今の”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”に現在の文明が使用しているネットワークシステムに接続アクセスする能力はありません」

「救難信号は受信しただろう?」

「それは救難信号の波長と規格が変わっていなかったからです。ネットワークシステムの波長も受信することは可能ですが、それを映し出すプログラムとシステムがありませんから、どうしようもありません」

「ならばネットワークの規格やプログラムがわかればシステムの構築は可能か?」

「肯定。可能です」


 そうだったのか。それは知らなかった。


 そういえば、確かに今までデータを閲覧するときは、”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”に蓄積されている情報庫から引き出しており、現在の文明が使う宇宙ネットワークに接続はしていなかった。


 もっと早くこの事実を知っていれば、一番最初に出航する際に、宙賊の宇宙船からプログラムを引っこ抜いたのに、もったいないことをした。


 ――ブーッ! ブーッ! ブーッ!


「緊急回線による広域放送を受信。内容を聞きますか?」

「念のため聞こう」


 ルルイエが制御盤コンソールを操作して、船内に焦った男の緊迫した声が響き渡る。


『近くを航行中の船舶に緊急要請! 今、私たちは宙賊に襲われている! 誰でもいい! 助けてくれ! 相手は『黒鯨ブラックホエール』だ! 繰り返す! 近くを航行中の船舶に緊急要請! 今、私たちは宙賊に襲われている! 応援を求む!』


 誰でもいいから縋りつきたい、余裕のない声だ。

 同じことを繰り返し始めたので音声を小さくして、ルルイエが船長たる私を見る。


「『黒鯨ブラックホエール』? マスターはご存じですか?」

「……知らん」


 宇宙は広い。宙賊も星の数ほどいる。特定の宙域で有名だとしても、他の宙域では名前を知られていないことなどザラだ。

 だから『黒鯨ブラックホエール』などと言われても名前も知らないし、脅威度や凶悪さも全然わからん。


「どうしますか?」

「そうだな……念のため聞くが、助けに行ったとして勝てるのか?」


 私の質問に、心外だと言わんばかりにルルイエは即座に頷く。


「もちろんです。あの程度の武装能力しかない宇宙船など、今の”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”でも敵ではありません。”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”と張り合いたいのならば、宇宙戦艦の艦隊を引き連れてきてください」

「ほう。それは頼もしい」


 こっちは現代文明を遥かに凌駕する技術力を持った古代文明が造った旧き箱舟ロスト・アークだ。ルルイエが勝てるというならば確実に勝てるのだろう。


 だが正直、助ける義理はないから無視してもいい。ただでさえ”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”は壊れかけているのだ。余計な消耗は可能な限り避けるべきだ。


「報告。新たに船団は5隻、宙賊は1隻、航行不能になりました」


 淡々とルルイエが状況を報告し、スピーカーから懇願の声が響く。


『――誰か聞こえていないか!? 頼む! 助けてくれ! !』


 その時、ルルイエの耳がピクッと反応した。


「ほほう? 今、『なんでもする』って言いましたね?」

「ああ、言ったな」

『ゴブゴブ!』


 ちゃんと聞いていた私は頷き、自分の席で行儀よく静かに座っていたツバキもコクコクと首を振る。


「本当になんでもしてくれるのでしょうか?」

『ゴブ?』


 ルルイエが何を期待しているのかわからないが、もし助けたら可能な限りなんでもしてくれるのではないだろうか。


 まあ、彼女が要求することなどわかりきっている。どうせエプロンだろう。エプロン狂いの彼女が求めるのはそれしかない。


 ふむ。だがそれもいいかもしれんな。先日立ち寄った惑星では、いろいろありすぎてエプロンを蒐集させてやることができなかったから、船団を宙賊から救ったお礼にエプロンを要求させてやってもよさそうだ。


 エプロンが枯渇して暴れられても困るからな……。


「よし、決めたぞ! 船長命令だ。船団を救うぞ!」

「よろしいのですか?」

『ゴブ?』

「ああ。船団を救って存分にエプロンを要求してやれ」

「っ!? 命令受諾アクセプト! ”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”、全速前進! 到着予定は162秒後です!」


 やはりエプロンのことになるとルルイエは壊れる。彼女の操作に従って”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”が猛烈な加速をみせ、瞬く間に交戦域へ距離を詰める。


「ツバキも欲しいものがあったら遠慮せずに言うんだぞ」

『ゴブ!』


 うむ。ウチのツバキはいつでも可愛いい。

 それから約3分後、私たちは交戦中の一団と接敵した。


「宙域に到着しました」


 到着するまでに船団の船は何隻か航行不能になっており、護衛船はほぼ壊滅してしまったようだ。いくつかの戦闘力を有しない船だけが障壁シールドを全力展開して宙賊からの攻撃に耐えている。


 そして、急に現れた”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”に船団も宙賊も動揺して、ほんのわずかな時間、戦闘が一時中断する。


「ルルイエ。緊急回線を開け」

命令受諾アクセプト


 こちらから緊急回線を開き、目の前の宇宙船すべてに私の声を伝える。

 狂気と混沌を振り撒く幽玄提督閣下のように、格好よく決めようではないか。


「――告げる。我が進路を邪魔する愚か者どもよ。即時武装を解除し、我が旧き箱舟ロスト・アーク混沌の玉座ケイオス・レガリア号”に道を譲れ。抵抗するならば如何なる者にも容赦はせぬ。これは一度だけの警告だ。生きるか死ぬか、選ぶがいい」


 私は合図して緊急回線を切らせる。そして、


「聞いていたか、ツバキ! 私の演説を! 格好良かっただろう!?」

『ゴブ! ゴブゴブ!』

「そうだろう、そうだろう! 今のは自画自賛したい! 我ながら最高の演説だった!」


 くぅっ! もう大満足である! アドリブだったにもかかわらず、噛むことなく言い切ることができたし、理想の船長を体現していたのではなかろうか!?


「……格好つけるのなら最後まで格好つけてくださいよ。台無しです」

「なにか言ったか、ルルイエ?」

「いえ、なにも……マスター。動きがありました。船団はすべて防御に徹するようです。宙賊の狙いは”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”に」

「やはりそうか。旧き箱舟ロスト・アークと言えば喰いつくと思ったのだ。見た目はボロボロだから、油断も誘えるしな」


 狙い通りになったのは重畳。

 ここで宙賊が逃げ帰ってくれても別に構わなかったが、襲ってくるのならば宣言通りに容赦しないだけだ。敵はすべて殲滅してやろう。


「宙賊の船からエネルギー弾や小型無人機ドローンの発射を確認」


 大量のエネルギー光線や宇宙空間でも爆発可能な爆薬を積んだ小型無人機ドローンが、操縦室の画面モニターにはっきりと映し出される。

 その数は100を優に超えているだろう。360度あらゆる方向から迫りくる。

 ”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”の巨体では絶対に避けられない!

 ルルイエの淡々とした無感情の報告が操縦室に響く。


「着弾まで3,2,1――」

「総員! なにかに掴まれ! 衝撃が来るぞ!」

『ゴ、ゴブッ!?』


 私は思いっきり叫んで椅子にしがみつき、ツバキも必死に頭を守る。その直後、


「――ゼロ。着弾しました」



 ルルイエの声だけが聞こえ――しかし、何も起こらなかった。



「……え?」

『……ブ?』


 予想した衝撃は一切なく、恐る恐る顔を上げる私とツバキ。

 画面モニターには次々に宙賊の攻撃が着弾する様子が映し出されている。

 だが、”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”が展開する防御障壁にぶつかっては、濡れたスポンジに水滴が吸い込まれるかのように、ことごとく消滅していく。

 船体には衝撃すらない。


「あ、あれ……?」

『ゴブ……?』

「戦艦級の砲撃でもなければ、この”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”の障壁を貫くことなどできませんよ」

「そ、そうだよな……ハハハ」

『ゴ、ゴブゥ……』


 私とツバキはぐったりと椅子にもたれかかる。

 そうだよな。宙賊程度の攻撃が効くわけがないよな……。心配や緊張して損した気分だ。


 唯一”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”の防御力を知っていて、慌てず冷静に報告したルルイエは、船長席に座る私に振り返り、ニヤッと口元を吊り上げる。


「マスター。『総員! なにかに掴まれ! 衝撃が来るぞ!』……でしたっけ? 迫真のセリフでしたね! なかなか様になっていましたよ!」

「ぐっ! う、うるさい……! ここぞとばかりに揶揄うな! 一度言ってみたかったのだ!」


 く、黒歴史確定だ……。

 まさか全方位から100発以上もの攻撃を受けて衝撃が皆無とは思わないじゃないか!

 恥ずかしい。骸骨なのに顔が熱い。骨が赤く染まっていそうだ。

 せめて軽い衝撃くらいあって欲しかった……。


「次に言うときは、宇宙戦艦の砲撃を受ける前にお願いしますね!」

「もう二度と言わん!」


 さらに揶揄うルルイエに乱暴に言い返して、私は船長席に座り直す。

 画面モニターには、現在進行形でさらに攻撃を受け続ける様子が映し出されている。しかし、”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”には一切通用しない。

 そのことに宙賊も悟ったのか、次第に攻撃が減っていく。


「弾薬が尽きそうみたいですね」

「それもそうか。小型の宇宙船に載せられる量には限りがあるからな。船団を襲って消耗していただろうし、あれだけ弾をぶっ放せば、エネルギーの充填と砲身の冷却もせねばならんだろう。ルルイエ。反撃の準備は?」

「もちろん終わっています」


 さすがルルイエだ。仕事が早い。

 こちらの様子を窺う宙賊の船への標準固定ロックオンは済んでいる。ならばあとは船長たる私の命令だけ。

 コホンッと咳払いをした私は、船長席で横柄に告げる。


「船長命令である! 反撃開始! 敵を撃て!」

「<発射ファイア>」

『ゴッブゥー!』


 次の瞬間、”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”の側面から宙賊の攻撃を遥かに上回るエネルギー光線の弾幕が迸った。


 突然の反撃に宙賊たちはパニックになって咄嗟に回避行動をするものの、エネルギー弾には自動追尾の性能があったようで、粗野な宇宙船の障壁シールドなど紙のように易々と撃ち抜いて次々に爆散していく。


 もはやこれは戦闘ではない。一方的な蹂躙だ。それほど戦闘力に差がありすぎる。


 仲間の船を身代わりにしたり、辛うじて迎撃できた僅かな船だけが生き残り、残った船も蜘蛛の子を散らすように四方八方に逃げてしまった。


 感心するほどの逃げっぷりだ。最初から逃げればよかったものを、警告を無視したから壊滅するのだ。


「追撃しますか?」

「止めておこう。面倒だ」

命令受諾アクセプト。念のため位置情報を捕捉しておきます」


 宙賊の拠点アジトがわかれば襲撃を仕掛けるのもありかもしれん。

 有名そうな宙賊だから、きっとたくさんの略奪品をため込んでいることだろう。

 だが、まずは船団から報酬を受け取ることが先だ。


「エプロン様、エプロン様、エプロン様ぁ~! 待っていてくださいね、まだ見ぬエプロン様ぁ~!」


 ……緊急回線で『なんでもする』って言っていたからな。

 もし船団にエプロンがなかったら――ルルイエがどうなるか私は知らんぞ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る