第26話 救助の報酬
宙賊『
どうやらこの船団は惑星間を航行する旅客船だったようで、一般の乗客が多く乗っているという。
助けた報酬は期待できそうにないが、大丈夫だろうか。誰か一人くらいエプロンの現物か衣装データを持ってくれていると助かる。一枚あるだけでルルイエは満足すると思うから。
「本船のお客様は全員こちらに揃っています」
船員に案内された先は、乗客が避難していた中央ホールだ。
全員、ホッと安堵しているものの、まだ完全に恐怖と緊張は抜けきれておらず、青い顔をして震えているものが多い。
話は事前に通達してあったのだろう。今回の功労者であるフードを深くかぶった私と、ルルイエと、ツバキの三人が入室した途端、乗客たちは一斉に歓迎ムードに包まれる。
しかし、一部、声を上げる者もいた。
「魔物だと!? ゴブリンがなぜここにいるんだ!? 早く殺せ!」
外見は20代くらいの若い男だ。見るからに『自分は偉いんだ』と思い上がっているお金持ちのお坊ちゃんという雰囲気である。
魔物への嫌悪感を剥き出しにして彼は子供のように騒ぎ立て、周囲の人や船員にツバキの討伐を命じている。
ルルイエは剣呑な光を瞳に宿し、ツバキはいつ襲われてもいいように軽く腰を落として刀の柄に手をかけている。
しかし、ツバキが襲われる可能性は低そうだ。
確かにお坊ちゃんの言葉に顔をしかめてツバキを見る者もいるが、賛同して行動に移す者はいない。何もしていないテイムモンスターに手を出すのは犯罪である。これは宇宙共通の常識だ。
「なにをしている! ボクが殺せと言っているんだぞ!」
「――口を閉じろ、ニンゲン。助けたことを後悔してきたではないか」
喚き散らすお坊ちゃんに苛立ちを覚えた私は、抜き放った魔導銃アル=アジフの銃口を向け、魔力を放って威圧する。
アンデッド特有の薄ら寒い魔力に当てられて、お坊ちゃんは顔を青くして口をつぐむ。しかし、すぐに虚勢を張る子犬のように反抗してきた。
「だ、誰に銃を向けている!? ボクは大企業モブキャーラの御曹司だぞっ!」
「だからどうした? そんな企業、私は知らぬ」
「なぁっ!?」
冷たくあしらってやると、モブキャーラという企業の御曹司とやらは、あまりの怒りで口をパクパクとさせて黙り込んだ。声も出せないほどプライドを深く傷つけてしまったらしい。
だが、黙ってくれるのは好都合だ。うるさいだけだったからな。
他に声を上げる者はおらず、シンと静まり返る中央ホール。
私はこの場にいる全員へ向けて冷酷に告げる。
「我らは正義の味方ではない。気まぐれで貴様らニンゲンを助けただけだ。敵対するのならば、宙賊と同様に容赦はしないぞ」
「貴殿たちは宙賊なのだろうか?」
地位の高そうな船員の男がそう問いかけてくる。
勇気のある発言だな。もしもの場合は命を賭して乗客を護りそうな決意が伝わってくる。こういう職務に誇りと熱意を持っている人間は嫌いではないぞ。
「それは貴様らの行動次第だ。全員殺したほうが楽だと思ったらそうするまで。我らは人間の法に縛られぬ存在なのでな」
「なっ!? スケルトン!?」
フードを外した瞬間、多くの人間が息を呑んで震える。勇敢な船員の男も動揺を隠せないようだ。
クックック! いい表情ではないか! その恐怖に怯える顔を見たかったのだ!
私は今、人間に恐怖を振り撒いている! 敬愛する幽玄提督閣下のように!
あぁ、実に気分がいい。最高だ……。
「――動くな。見えていますよ」
突然、ルルイエは振り向きざまに伸ばした指先からビームを発射。光の速度で突き進んだビームは、私たちの背後の壁際に佇んでいた船員の耳の上を寸分違わず掠める。
深々と穴が開く宇宙船の壁。船員の髪がごっそりと焼き切れ、深い剃り込みが刻まれる。
「次は脳天を貫きます。二度目はありません。これはこの場にいる全員への警告でもあります」
船員は自らの懐に手を伸ばそうとした不自然な格好のまま凍り付いている。
ほんの数ミリでもズレていたら頭皮が抉れ、数センチズレていたら頭を貫通して己が死んでいたことに、数秒経ってようやく理解が追い付いてきたらしい。
ゴクリと息を呑んで冷や汗を垂れ流す船員は、今にも腰が抜けそうだ。
「念のため確認しておきましょうか。懐に何を隠しているのですか?」
「っ!?」
一瞬にして船員の目の前に移動したルルイエ。指先で撫でるように服を切り裂くと、船員が手にしようとした物体を確保する。
ツバキが殺されたこともあって、彼女は人間への警戒心が高まっているようだ。
「これは没収します」
ルルイエの手に収まる小さなものらしい。乗客の恐怖を煽るように悠然と歩いて戻ってくる中、彼女は没収したブツを見せ――
「マスター。これが没収したものになります」
――ゾワッ!
「『っ!?』」
本能的な『死』を感じて、私とツバキは弾かれたように同時に飛び退った。
「マスター? ツバキ?」
明らかに警戒する私たちにルルイエは思わず足を止め、己の手の中のブツを見る。
それはミニボトルの香水のような、白を基調として金色や銀色で装飾されている静謐な容器だった。
中に入っているのは、透明に澄み渡った清浄な水――しかし、私にとって触れるのはおろか絶対に近寄りたくない毒に思えて仕方がない。容器で密閉されているのに、本能がその液体を拒否している。
触れれば死ぬ。私だけでなくツバキもそれを理解しているらしい。
私はすぐにその液体の正体に思い至る。
「なるほど。ルルイエが持っているのは聖水か。道理でその液体から嫌な気配が漂ってくるわけだ」
『ゴ、ゴブゥ……』
「そういえば、マスターたちはアンデッドでしたね。聖水は致命的ですか」
「すまないが、近づかないでくれ」
『ゴブゴブ』
私とツバキはルルイエを制止し、さらに一歩距離を取る。
「なぁっ!? ツ、ツバキまで! これが反抗期なのでしょうか……!?」
全くもって違うと思う。
私たちには『聖属性脆弱Lv100』という致命的な弱点があるだけだ。その少量の聖水を被っただけで体が消滅してしまうだろう。当たり所が悪ければ死ぬこともあり得る。
だからツバキの反抗期ではない。聖水さえ手放してしまえば、今までのように慕ってくれる――よな? 手を綺麗に洗う必要はあるかもしれんが、おそらく大丈夫なはず。
もしツバキに反抗期が来たら……私はショックで寝込んでしまうかもしれん。ど、どうしよう……。私はどうすればいい……?
ツバキに拒絶されて愕然とショックを受けたルルイエは、恨みがましい視線を己の手の中の聖水に向け、
「こ、こんなもの、概念ごと消滅させて――」
「待て待て待て! その魔力の高まりだと余波で宇宙船ごと私たちも吹き飛びかねん。やるなら私たちがいないところでやれ。それになにか使えるかもしれん。消滅させるのはもったいない」
『ゴブゴブ!』
「……
渋々納得してくれたルルイエは、溢れ出した魔力を抑える。そして、彼女は歩み寄ろうと一歩足を踏み出し、私たちは一歩後ろに下がる。また一歩踏み出すと、一歩下がる。
「「『…………』」」
まあ、その、あれだ……。
私とツバキは、縋るような眼差しのルルイエから、無言でスッと視線を逸らす。
「近づくのはやめてくれ」
『ゴブ』
「ぐっ! 聖水めぇ……!」
打ちひしがれるルルイエを慰めてやりたいが、如何せん、私たちは近づくことができない。聖水が弱点ではなかったら近づけたんだがな。
周囲の人間は私たちのやり取りをいまいち理解できていないものの、明らかにホッと安堵している。宇宙船が吹き飛びそうな高濃度の魔力の高まりに戦々恐々だったことだろう。
宙賊に襲われて死ぬ思いをして、助かったと思ったら、やって来たのが正義の味方ではない私たちとは、この乗客たちも運がないな。
私はコホンと咳払いをして、話を元に戻す。
「さてと、そろそろ助けた報酬を貰おうか。まさか報酬がないとは言わぬよな? 我らはボランティアではない。きっちり支払ってもらおう」
怯える乗客たちを品定めするようじっくりと見渡して、私はカタカタとわざと不気味に骨を鳴らす。
「緊急回線で。『助けてくれるのならなんでもする』と言っていたからなぁ……実に楽しみだ。さあ、報酬として何を貰おうか。なんでもしてくれるのだろう?」
ヒェッ、と小さく悲鳴を上げたのは果たして誰だったのか――。
ただ怯えて下を向く臆病者。誰かを楯にしてその背中に隠れる卑怯者。愛する人を庇う勇敢な者。
――これだからニンゲンは見ていて面白い。
お? 今のは幽玄提督閣下っぽくなかったか!? この状況も私の理想に近い!
ククク! ああ、素晴らしい! 私は今、幽玄提督閣下のような邪悪な宇宙船の船長をしているぞ!
感動で肋骨を震わせていると、先ほど話しかけてきた地位の高そうな船員が一歩前に出て、深々と頭を下げた。
「報酬は私の命でどうだ? 人体実験に使おうが、死後にアンデッドにしようが構わない。この命を捧げる。だからどうか乗客には手を出さないで欲しい」
ほほう。勇者のような自己犠牲だな。嫌いではないぞ。
相当慕われているのか、他の船員が止めようとするが、彼はひと睨みですべて黙らせた。
「この通りだ。頼む! 私の命だけで勘弁してほしい!」
クックック……! いいではないか……! 素晴らしいではないかっ!
彼の勇敢な行動によって私の悪役ムーブに磨きがかかる! ナイスだ! よくやったぞ、船員の男! 文句なしの最高のシチュエーションだ!
「……マスターは絶対に変なことを考えていますね」
『……ゴブゥ』
なにやらルルイエとツバキがボソッと呟いた気がしたが、きっと気のせいだろう。
ふむ。これはどう返答しようか。
幽玄提督閣下ならば、納得しない意見や要求など冷たくキッパリ拒絶するはずだ。そういうところが痺れるほど格好良くて――って、今は憧憬に耽っている場合ではない。あとでゆっくり想いを馳せるとしよう。
私は深々と頼み込む船員を冷たく見下ろし、幽玄提督閣下のように興味なさげに告げる。
「貴様のようなニンゲンの命など要らぬ」
「なぁっ!? 頼む! 頼むから乗客だけは……! 私がなんでもするから!」
「なんでもする、ねぇ。軽々しく口にしないほうがいいぞ、勇敢なる男よ。ならば『貴様が乗客を皆殺しにしろ』と命じればその通りにするのか?」
「そ、それは……」
「できるわけがないだろう? もう少し考えて発言することだ。そもそも貴様は我らに頼み込む立場にないのだよ。我らが要求し、貴様らは受け入れるだけ。拒否権はない」
ふっ! 決まった……!
私は今、恐怖と絶望を掻き立てる悪役に成り切れている!
いかんな。上手くいきすぎてこの状況や自分の演技に酔ってしまいそうだ。
さあ、次は男の番だぞ。悪役を際立たせる、主人公のような言動をぜひ頼む……ん?
「…………」
お、おい、男よ! そこは黙り込むところではないぞ! 悔しそうにしながらも、報酬に何が欲しいのか尋ねてくるところだろう!?
さあ、早く! 問いかけろ! 質問してくるのだ! 立ち向かうのを諦めるな!
しかし、人生とはそんなに上手くいかないものである。
己の立場が低いと自覚した男は、果敢に立ち向かう選択を選ばず、逆にその立場に甘んじて床に土下座をし、乗客の命乞いをすることを選んだ。
「どうにか頼む! 乗客の命だけは見逃してくれないだろうか!」
「ハァ……興ざめだ。失望したぞ、ニンゲン」
額を床に擦り付け、必死に私の情に訴えかける――それも人間らしい行動の一つだろう。だが、いささかガッカリ感は否めない。
勇敢な行動をするのならば、最後まで勇敢でいて欲しいものだ。
私からすると実に無様で滑稽な行動だ。私が求めていたものはそれではない。
土下座する男の後頭部に銃口を向けて、気まぐれに殺してやろうかと思ったその時、
「アハーン! 少々お待ちくださいな、骸骨のセンチョーさん」
媚びを売るような甘ったるい女の声が乗客の中から聞こえてきた。
そして、私が求めていた質問を投げかけてきたのは、体をクネクネとさせて官能的な体をこれでもかとアピールする、虹色に光り輝く爆乳の女だった。
「骸骨のセンチョーさんは、報酬に何をお望みですかぁ? アハーン!」
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