第13話 アダマンタイト


「着いたぞ、ツバキ」

『ゴブゥ~……』


 垂直に削り取られた鉱山の岩壁を、先日仲間になったゴブリナのツバキが、限界まで首を反らして見上げる。

 切り立った断崖に圧倒されているらしい。見上げすぎて後ろに倒れないか心配になる。


 そんなツバキをルルイエは涎が垂れそうなほど恍惚とした危ない表情で、あらゆる角度から撮影している。


 今時カメラとは珍しい。一体何千年前の遺物と文化だろうか。

 今も原始レトロ趣味として愛好している人もいると聞くし、偶に流行が再発することもあるから決して見ないわけではないが、それでもアンティーク調のカメラはなかなかお目にかかれない代物だ。

 売ったらさぞお高い値段がつけられることだろう。


「あぁ……可愛い! よく似合っていますよ、ツバキ!」


 ルルイエは、残像ができるほどの高速移動で動き回っている。

 目で追いかけることは不可能だし、周囲を解析しても彼女を捉えることもできない。

 力の差を思い知らされるばかりだ。


「水色のスモック風エプロン様! 黄色い帽子! 黄色い肩掛けカバン! 白い靴下! これぞいにしえの幼稚園児スタイルです!」


 エプロン狂いという致命的な欠点はあるものの、今のツバキは文句なしに可愛いと思う。

 ルルイエに任せて正解だった。服に詳しくない私よりも遥かにセンスがいい。


 ちなみに、カバンの中にはお弁当が入っている。『遠足』には欠かせないものとルルイエは主張していたが、スペースコロニー育ちの私には『遠足』がどういうものかいまいちよくわかっていない。


「これは永久保存ものですよ!」

「ツバキ。変態……ゴホン! 変な魔導兵器のお姉さんは無視して中に入ろうか」

『ゴブ……?』

「うへっ! うへへっ! ナイスカメラ目線! いただきましたぁー!」

『……ゴブ!』


 明らかに変質者のルルイエを見限って、ツバキは私と一緒に坑道トンネルの一つに入る。


「ルルイエ。いい加減に落ち着いてくれ。ツバキがいるんだ。いつもより警戒してほしい」

「……それもそうですね。ツバキの撮影は無人空撮機ドローンに任せましょう」


 無人空撮機ドローンを持ってきていたのか。

 10センチも満たない無数の小型飛行機器が、綺麗な隊列を組んで縦横無尽に周囲を飛び始める。


 コントローラーの類はない。これらの無人空撮機ドローン接続アクセスしてルルイエが直接操作しているのだろう。

 照明の代わりにもなって意外と便利だ。


「<精査スキャン>……ん?」


 周囲の状況を調べていたルルイエが、ふと坑道トンネルの天井を見上げる。

 つられて私たちも上を見るが、そこには何もいないし、何もない。


「どうした、ルルイエ」

「直上35メートル地点にて魔物と思われる不自然な鉄の塊を探知しました。時速1キロメートルで移動しています」

「ゴーレムか?」

「否定。形状からメタルスネイルと推定」

「メタルスネイル?」

「鉱物を好むカタツムリの魔物です。渦巻く殻は上質な金属で形成されています」


 なるほど。カタツムリの魔物か。


「魔力の濃度が少し高いです。強力な個体なのか、もしくは――」

「魔法金属」

「ご明察です。殻を形成する金属がメタルスネイルの魔力によって長い年月をかけて魔法金属に変質する場合があります。一度確認してみる価値はあるかと」


 わざわざルルイエが勧めるほどだ。確認しに行くのもいいかもしれない。

 戦闘になったとしても動きは遅そうだから何とかなるだろう。

 もし危なそうだったら撤退すればいいし、私たちにはルルイエがいる。カタツムリの魔物なんか彼女の敵ではない。

 今日は鉄の採掘かつツバキの遠足らしいので、のんびり寄り道するのもよさそうだ。


「わかった。確認するだけしてみよう。案内を頼む」

命令受諾アクセプト

『ゴッブゥー!』


 しばらく歩くと、ズルズルと何かが這う音が聞こえてきた。ゴリゴリと硬い物を砕く音もする。


 先行した無人空撮機ドローンが照らし出したのは、体長2メートルはあろうかという、大きな大きなカタツムリだった。


 二本の角のような目玉がキョロキョロと周囲を探り、軟らかな体の部分はドス黒く、トロリとした粘液に覆われている。渦巻き状の殻は鈍色の金属光沢を放ち、照らすライトの角度によって薄っすらと螺鈿らでんのような虹色に色を変える。


「これがメタルスネイル。想像より遥かに大きいな……」

『ゴ、ゴブ……』


 カタツムリの魔物ということで勝手に50センチくらいかと想像していたら、全然違った。


 何だこの大きさは! ここまでのサイズになると気持ち悪いぞ!

 さすがに生理的嫌悪を隠し切れん。


 ゴリゴリと響く音は、メタルスネイルが鉱石を咀嚼する音のようだ。


「報告。殻の中心部分の黒い金属は魔法鉄アダマントです」

「ほほう? それは朗報だな。我々が有効活用してやろう。ルルイエ。奴の攻撃パターンを教えてくれ」

「メタルスネイルは主に口から腐食液を飛ばします。これは体を覆う体液と成分が同じで、肉や骨もドロドロに溶かす液体ですので触れないよう注意してください。しかし、メタルスネイルが攻撃することは稀です。ほとんどの場合、殻に閉じこもってやり過ごします」

「ならばいくらでも倒す方法がありそうだ」


 これから始まる戦闘に興味津々のツバキをルルイエに任せ、私は魔導銃アル=アジフを抜き放ち、メタルスネイルに向けて威嚇射撃を行なった。

 突然の攻撃に驚いたメタルスネイルは、驚くほどの俊敏さで殻の中に閉じこもる。


 ルルイエの情報通りだ。


 この強固な金属の殻を突破できる魔物はさほど多くない。殻を破って食べようと思っても腐食液の存在もある。メタルスネイルの捕食者は少なそうだ。

 だが、私たちの狙いは肉ではない。金属の殻だ。殻の中に隠れるのは間違いだぞ。


「さあ、燃え上がれ!」


 私は火魔法を発動させ、殻ごとメタルスネイルを焼く。

 事前にこの坑道トンネル内に可燃ガスが満ちていないことは確認済みなので、遠慮なく火属性の魔法を使うことができる。


 金属は熱伝導に優れている。だから炎の熱がそのまま中身まで伝わってしまうのだ。逃げ場がないメタルスネイルはひとたまりもないだろう。


 殻に隠れたのが仇となったな。火属性魔法を鍛えることができるし、魔法鉄アダマントも手に入るし、一石二鳥だ。種族レベルも上がれば一石三鳥になる。


 クハハ! 私の糧となるがいい!

 私は容赦なく炎の火力を上げていく。


『ゴ、ゴブ~!』


 ツバキからのキラキラとした尊敬や憧れの眼差しに得意げな気持ちになりながら、私は実にあっさりとメタルスネイルを打ち倒し、数百キロ分の金属と希少な魔法鉄アダマントを手に入れるのだった。


 ――それから半月ほど、私は魔法鉄アダマントに苦戦していた。


 想像以上に魔法鉄アダマントというものは扱いづらい魔法金属だった。

 手に入れてからというもの、錬金術で加工しようと頑張っているのだが、錬金術のレベルが低いせいか全く思い通りにならない。ここ1週間でようやく変形させることができるようになったくらいだ。


 魔力を帯びた金属だから魔法の伝導率は普通の鉄と比べて格段に優れている。でも、いざ分子や原子を操作しようとすると魔力の干渉か何かで反発し、少し変形させるだけで長い時間を要する。


 例えるならば、腕力でフライパンを曲げるようなイメージだろうか。しかもフライパン自体が強烈な磁性を帯びており、いざ折り畳もうとするとS極同士やN極同士で反発する、みたいな……。


 なんとか変形させることができているのも、ほぼ魔力による強引な力技だ。


「休憩がてら船に保管されている魔法鉄アダマントのデータを閲覧してみるか……知識があれば多少マシになるはずだ」


 錬金術において重要なのは、『魔力』と『魔力制御』と『知識』である。


 この中でも『知識』は特に重要で、より詳しく知れば知るほど錬金術は効果を発揮する。操作する対象を詳細に指定すればするほど操りやすくなるし、魔力の消費も減らすことができるのだ。


 漠然と『空気』を操るよりは『窒素』や『酸素』と指定したほうが効率的、みたいな感じだ。


「ふむふむ。なるほど……?」


 魔法鉄アダマントに関するデータを読み漁り、私は再び目の前の魔法鉄アダマントと格闘を始める。


 これはルルイエが楽々と切断した魔法鉄アダマントの一部だ。


 分割すら歯が立たなかったのをあっさり切り分けるのだから、さすが単独で惑星を破壊することができる人型魔導兵器といったところか。


 彼女にとって魔法鉄アダマント程度では豆腐とさほど変わらないのだろう。

 私もいずれ魔法鉄アダマントくらい自由自在に操れるようになりたいものだ。


「ぐっ……!」


 一瞬でも気を抜いたら失敗してしまいそうな緻密な魔力制御に集中する。

 知識を得たことで多少操りやすくなったものの、フライパンの金属が一段階柔らかい金属になったくらいの差だ。ほぼ誤差である。


 触ってみてすぐに分かったが、これは錬金術の初心者が手を出していい金属ではない。もっと技術を磨いて、一人前の錬金術師になってからようやく扱える代物だ。


 だからといって、ここで諦めるのはなんだか負けた気がして気に食わない。何が何でも加工してやるという私の中の負けず嫌いが発動してしまっている。

 歯を食いしばりながら私は必死で加工していく。


「ふぅー……なんとか、か……」


 どれくらいの時間が経っただろうか。

 なんとか思い通りの形になって力を抜くと、ルルイエとツバキが近くで作業の様子を眺めていたことに気づく。


「お疲れ様です、マスター」

『ゴブッ!』

「ルルイエとツバキか……いつから見ていたんだ?」

「1時間9分22秒前からです。5時間ほど部屋から出てくる様子がなかったので生存確認をしに来ました」


 つまり6時間くらい部屋にこもっていたということか。集中し過ぎてすっかり時間を忘れていたな。てっきり2時間くらいかと……。


「生存確認って――私はもう死んでいるが?」

「おっと! これは一本取られましたね!」


「「アッハッハ!」」


『ゴブ? ゴッブッブ!』


 笑い合う私たちを真似るツバキの可愛さに癒される。


「ツバキ、ずっと見ていて退屈だっただろう?」

『ゴブブ! ゴブッ!』

「違う? キラキラしていて綺麗だった? それは漏れ出した魔力の光だろうな。黒とか紫だっただろう? 魔法鉄アダマントに魔力を流すと黒や紫の光を放つのだ」

『ゴブゥ~』


 つい頭を撫でると彼女は気持ちよさそうに目を細める。可愛くて仕方がない。

 妹や娘、姪がいたら、こんな風に可愛がっていたのだろうか。


「マスターはなにを作っていたのですか? 曲線を描いたこれは……片手鎌でしょうか?」

「ああ。とりあえず形だけな。高純度の魔法鉄アダマントは私にまだ早いようだから、持っていたナイフを混ぜて合金にしている。いずれ大鎌に転向コンバートするなら、ナイフよりも片手鎌を使っていたほうが効率的だと思ったのだ」


 名も知らぬ惑星で目覚め、宙賊を倒すために錬金術で作ったナイフ。素人の手作り感満載の不出来な武器でも愛着があったから、捨てたり飾ったりするよりはいいかと思い、魔法鉄アダマントに混ぜて生まれ変わらせてみた。

 これからもよろしく頼むぞ、相棒。


「刃はまだ研いでいないみたいですね」

「鎌の形にするだけで疲れてな……」

「ワタシが研ぎましょうか?」

「できるのか? なら頼む」


 研ぐのは明日以降にするつもりだったが、一秒でも早い完成を待ち望んでいる自分もいる。

 それに私は刃物を研いだことはない。錬金術で鋭くさせようと思っていただけだ。ルルイエが研げるのなら任せたほうがいいと思う。


命令受諾アクセプト


 彼女は曲線を描いた黒色の合金を手に取ると、人差し指の腹でスゥーッと刃に相当する場所を三度ほど撫でる。それを両面繰り返し、私に差し出してきた。


「終わりました」

「なんだとっ!?」


 ほ、本当だ……。魂すら刈り取れそうなほど鋭い刃が形成されている。

 光を反射する魔法鉄アダマント特有の紫がかった黒い光沢が酷く冷たい。


「普通の肌の感触なのにどうなっているんだ?」

『ゴブ……? ゴブゴブ……』

「マスター? ツバキ?」

「おっと。すまん。勝手に手を触るのはデリカシーがなかったな」

「……別にいいですけど」


 よかった。許してくれたか。好奇心でつい、な。


 しかし、女性らしい細い手と柔らかくしなやかな肌をしているのに、どうして硬いことで有名な魔法鉄アダマントを研ぐことができるのだろう。小型レーザー砲を指先一つで押し留めていたこともあったな。甚だ不思議だ。


 どんな素材を使えばこうなるのか見当もつかない。古代文明の技術力には脱帽だ。

 錬金術でルルイエの体を調べてみたいが……さすがにそれはアウトか。


『ゴッブ、ゴッブ、ゴブゥ~!』


 私の真似をしたツバキは、ルルイエの手をプニプニすることにハマったらしい。

 あまりに楽しそうに触るから、ルルイエは困惑そうにしつつも振り払わないでいる。

 結局、ツバキが満足するまでそのままにしておくつもりらしい。


「せっかくルルイエが刃を研いでくれたから、試し斬りをしてみるか。切れ味が気になる」

「船の周囲の草刈りでもしてきますか? 夜ですけど」

骸骨スケルトンの私はむしろ夜のほうが都合がいい……が、なぜ草刈り?」


 試し斬りといったら魔物だろうに。

 キョトンと首を傾げると、ルルイエもキョトンと小首を傾げ、


「鎌はもともと農具ですから」

「の、農具……」


 鎌って武器ではなくもともと農具なのか……?

 こんなに格好いいデザインの刃物が農具!?


 ――驚愕の事実に私は衝撃を受ける。


 ということはつまり、幽玄提督閣下は農具を振り回していたということ。

 農具という印象を一切抱かせなかった幽玄提督閣下は、やはり素晴らしいお方なのではないか!? 


 くっ! そこに痺れる憧れるっ! さすがです、閣下……。


 幽玄提督閣下も最初は地道に草刈りから始めたのだろうか。

 もしそうならば、彼に憧れる私が草刈りをしないわけにはいかないな。


「草刈りに行ってくる!」

「いってらっしゃい」

『ゴブゴブー』


 二人に見送られ、意気揚々と夜の草刈りに向かう私。

 魔法鉄アダマントの鎌は、惚れ惚れするほどの抜群の切れ味であったことをここに述べておく。



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