第12話 命名ツバキ
「つけられているな」
貴金属の調達のために鉱山に向かおうと”
「そうですね。つけられています。ここ数日ずっと」
私よりも探知能力に優れているルルイエも当然気づいていて、害意はないから放っていたらしい。
数日間、何者かがずっとこちらの様子を窺っている。いつも船の近くに潜んでいるのか、私たちが船を降りればすぐにコソコソと跡をついてくるのだ。
さすがにそろそろ無視するのも面倒になってきた。敵意はないものの、四六時中じっと視線を向けられていたらストレスにもなる。
立ち止まって振り返ると、小さな影がササッと木の陰に隠れる。そして、すぐにひょっこりと顔を出す。
「あの時助けたゴブリナか……」
バレバレの追跡者の正体は、先日同族から襲われていたメスゴブリンだった。彼女は群れには戻らず、ずっと一人で船の周囲をうろついている。
「モテ期到来ですね、マスター」
「モテてはいないだろう、モテては。せいぜい懐かれたくらいだ」
「ゴブリナの初恋を奪うとは罪な骸骨です」
「だからそういうのじゃないと思うが……そう言われて悪い気分ではないな。ハッ!? まさか本当に私の溢れんばかりの混沌たる魅力とカリスマにやられてしまったのか……? 憧れの幽玄提督閣下のように?」
もしそうだったら……くっ! 私はなんて罪な骸骨なのだ。我が身、ではなく我が骨が恨めしい!
「アッハッハ! それは無いですね」
「アッハッハ! そうだよな! それは無い……え?」
あ、あれ? ルルイエ? 急にスンって真顔になったぞ、スンって。どうしてなのだ? せ、せめて笑い飛ばしてくれないか、ルルイエよ? ルルイエ……? おーい、ルルイエ? ルルイエさん……? 無視しないでくれ!
「ゴブリナをどうしましょうか。ひとまず呼び寄せてみましょう」
「あの、ルルイエさん? なぜ急に真顔に……?」
「ゴブリナ! そこにいるのはわかっています! 出てきなさい! あ、出てきました。あとは船長であるマスターにお任せしますね」
「うむ! 任せるがいい! この船長たる私にっ!」
くぅ! 船長という甘美な響き……心地いい! 骨に沁みる!
話を上手く誤魔化された気がしなくもないが、すべてどうでもいいことだ。些事だ些事。
もう少し頻繁に『船長』と呼んでくれても一向にかまわんぞ。むしろ普段から呼んでくれ! 頼む!
『ゴブ……』
少しでも威厳に満ちた姿に見えるよう立つ角度などを調整していると、おずおずと項垂れるゴブリナが近づいてきた。まるで叱られる前の子供のようだ。
私はカタカタと不気味に骨を鳴らして意気揚々と口を開く――が、ゴブリナを見下ろした途端、グッと言葉に詰まる。
な、なんだ、この感覚は……!
「……どうしよう、ルルイエ。一言文句でも言ってやろうかと思っていたのだが、このゴブリナを見ているとなぜか無性に猛烈な罪悪感が込み上げてくるのだ……」
「それでもマスターは男ですか? ヘタレないでガツンと言ってやってくださいよ!」
し、しかしなぁ……。
私は縮こまるゴブリナにチラチラ視線を向け、
「私は幼子を叱ったことがなくてな……ガツンと言えん。どうしたらいいのかもわからん。ルルイエがお手本をみせてくれ」
「仕方がないですねぇ。ここはお手本としてガツンと言ってやりましょう!」
ゴブリナの前に立ちふさがったルルイエ。ビクッと体を震わせたゴブリナは怯えた様子で『ゴブブ……』とルルイエを見上げ、二人の身長差から必然的に上目遣いになり――
「……がつん」
ルルイエは気の抜けた声でボソッと一言だけ呟いた。
そして勢いよく顔を私に向け、息継ぎを必要としないのをいいことに、次から次へと高速で言葉を述べる。
「ど、どうしましょう、マスター! このウルッと潤んだクリクリの瞳で見上げられたら、深層領域に隠されていたワタシの知らない『お尻込みシステム』なるものが処理に割り込み、演算領域を占有しています! 同時に『
「システムの名称にいろいろとツッコミを入れたいところだが、私の気持ちがわかっただろう?」
こちら側へようこそ、と同志を迎え入れるつもりの眼差しを向けると、彼女は拒絶するかのようにスッと掌を私に向け、抑揚のない無感情の声音でキッパリと否定する。
「ワタシは人型魔導兵器です。人類が抱く気持ちや感情がワタシにはわかりません――」
「その設定、そろそろ無理があると思うぞ……」
ルルイエが続けたいのなら、私はこれ以上とやかく言わんが……。
まあいい。今はルルイエよりもゴブリナのことだ。
私たちから離れる様子はないし、かといって襲いかかってくる様子もない。
どうしたものかね。
「ゴブリナよ。どうして私たちの跡をつける?」
『ゴブ? ゴブゴブ、ゴブブッ!』
「……ルルイエ、翻訳できるか?」
「否定。残念ながらワタシの処理能力をもってしてもゴブリンの言語までは翻訳できません。概念翻訳の魔法でも翻訳不可能ならば不可能です」
だよなぁ。星間国家で生活するには必須魔法の概念翻訳の魔法が機能していないのだ。これは世界に言語として認識されていないのだろう。
だが、ゴブリナには私たちの言葉が通じているようだ。必死に身振り手振りを使って説明しようとしている。
『ゴブゴブ! ゴブーッ! ゴブーッ!』
「なんだか可愛いな」
「癒されますね」
『ゴッブー!』
必死の頑張りが相手にされていないと気づいたのか、軽く地団太を踏んでムスッと睨みつけてくるゴブリナ。
3、4歳の子供を相手にしているみたいでほのぼのする。
つい手を伸ばして頭を撫で、
「あぁー、よしよし。お主の群れはどこにいるんだ? 帰らなくていいのか?」
『ゴブ? ゴブッ! ゴブッ! ゴブブゥー!』
ゴブリナは、ビシッと私たちを指差し、ふんすっと得意げに鼻息を漏らす。
ここでなぜ指を指すのか意味が分からない。言葉がちゃんと伝わっているのか怪しく思えてきた。
「ルルイエ。どうしてゴブリナは私たちを指差しているんだ?」
「そうですね……」
初めて頭を撫でられたかのようにキョトンとするゴブリナをルルイエはじっと見つめ、
「もしかするとマスターの群れに加わったと認識しているのかもしれません」
「なに? どういうことだ?」
「ゴブリンは基本的に群れで行動する魔物です。他の群れを吸収したり、合併したり、他種族の魔物と共生することもあります。マスターはゴブリンの一団を打ち倒し、このゴブリナを助けました。マスターには意味のない行動でも、ゴブリナにとっては抗争に勝った新たな群れに拾われた、という認識なのでしょう」
「なるほど。確かに一理ある」
元の群れに戻らないのも、私たちの跡をトコトコついてくるのも、敵意を向けないのも、私たちの群れに加わったと認識しているのなら辻褄が合う。
「ゴブリナよ。お主は私たちの群れの一員なのか?」
『ゴブッ!』
「頷きましたね」
「ああ、頷いたな。うーむ。これはどうしたものか」
文句を言うなり追い払うなりするつもりだったのだが、このゴブリナを見ているとなぁ。
『ゴブ?』
ぐっ! 無性に可愛がりたい衝動に駆られる。コテンと首をかしげる仕草があざとい! あざとすぎる! これは凶悪だ……。
ゴブリンは醜いことで有名な魔物だ。女性を攫って凌辱することで忌み嫌われている魔物でもある。
しかし、このゴブリナはメスのゴブリン。小柄で線が細く、ゴブリンにしては愛嬌がある顔立ちをしている。当然、ルルイエを前にしても興奮しない。
妹や姪を可愛がる……いや、ペットを愛でる気持ちと言えばいいのだろうか。
そうだ! パグという古来からペットとして人気のある犬種に雰囲気が似ている! 顔はブサ可愛く、瞳がクリクリしているところがそっくりだ。
見れば見るほど謎の愛着が湧いてくる。
どうすればいいだろう。このまま放り捨てるのも寝覚めが悪い。
「もし私がゴブリナを
「オススメしませんね。頭の演算速度の遅い低俗な魔物です。せめてもう少し知能が高ければ検討しました」
「だが、このゴブリナはエプロンが似合いそうではないか? ワッペンがワンポイントの幼児用エプロンとか、いずれ成長すると割烹着が似合う雅な美人になりそうな面影が――」
「決定!
お、おぉう。言葉を遮る食い気味の掌返し。クルックルだな。
ルルイエはエプロンのことを話題にすると、とてもチョロい。
しかし、船長は私だからな? 最終決定権は私にあるぞ。
「くっ! なんたる不覚! ゴブリンにエプロン! エプロン女教皇たるワタシが思いつかないなんて……まだまだ視野が狭いと痛感しました……。幼児用のエプロンにも感動しましたが、割烹着! 裸エプロンでもなく水着エプロンでもなく、割烹着ときましたか!? 確かに成長した姿をシミュレーションすると、お淑やかな大和撫子になりそうです。それを瞬時に見抜くマスターの慧眼! 御見逸れ致しました。さすがエプロン様の御使いであらせられます!」
ああ、うん。いまいち嬉しくない尊敬の眼差しと誉め言葉をありがとう。
何度も言うが、たとえ称号に現れていようとも、私はエプロンの御使いではないからな。断じて違うぞ。
「ん? そういえばゴブリナは成長するのか? 成体なのだろう?」
「確かに成長はしません。ですが、進化はします」
「なるほど。進化か」
「ゴブリン種は基本的に大きくなるので、成人女性と同じくらいには成長するでしょう。マスター、ゴブリナはこのワタシ、ルルイエにお任せください。割烹着が似合う雅な姿に見事進化させてみせましょう! このエプロン女教皇の名に懸けて!」
やる気満々だな。興奮で可視化するほど膨大なエネルギーが体の外にまで溢れ出している。
心室縮退魔導炉、と言ったか? それが暴走しているのではないかと思う。心室、つまりルルイエの心臓だ。興奮で枷が外れて活性化しているのだろう。
これで仲間にしないとは言えないな。まあ、言うつもりはないが。
ルルイエの許可は得た。私も
ゴブリンという魔物は最弱の部類に位置しているが、成長次第では最強になる可能性も秘めているのだ。ゴブリンが大国を滅ぼしたという説話も残っているくらいだ。
将来有望なゴブリナをぜひ仲間にしておきたい。ルルイエが育てるというならなおさらだ。
「ゴブリナ」
『ゴブ?』
「私の船に乗らないか?」
私はゴブリナを
最後は本人次第だ。無理やり仲間にするのはよくないからな。ゴブリナの意思を尊重する。
もし仲間になってくれるのなら嬉しい。もし嫌だったら……仕方がない。残念だが諦めよう。
しかし、余計な心配だったようだ。
『ゴブッ!』
ゴブリナはふんすっと鼻息荒く頷いた。しかも、
『ゴブゴブ! ゴブブッ!』
もう仲間だったと抗議するようにゴブゴブと鳴く。
気弱で大人しい性格かと思いきや、このゴブリナは意外と明るい性格らしい。
「そうかそうか!
『ゴブッ!』
「……しまった。ゴブリン語は判別がつかん。まあいい。ルルイエ」
「お任せください。すぐにエプロン様の試着ですね! ゴブリナの採寸と似合うエプロン様のシミュレートは終了しています! あぁ……想定以上にエプロン様が似合う逸材ですよ……!」
そ、そうか……それはよかったな。
ずっと無言でゴブリナを見つめていると思ったら、ゴブリナの体を
「まずは試着の前に風呂に入れて綺麗にするんだぞ」
「
「なに?」
ルルイエが拒否しただと?
「まずはゴブリナへの名付けを進言します」
「おぉ! それもそうだな! 確かに何よりもまず名前を付けることが優先だな!」
話を理解しているのか、キラキラと期待の上目遣いで見つめてくるゴブリナ。ルルイエは『マスターにお任せします』という我関せずの態度を貫いている。
ふむ。どうしようか。ルルイエは助言すらしてくれなさそうだし、何かいい案はないだろうか。
安直なのは『ゴブリナ』から考えることか。
「ゴブリ……ゴブナ……ゴリナ……ブリナ……」
「あっ、察し……」
『ゴ、ゴブゥ……』
なにやら正気を疑うような絶句の眼差しを二人から感じるのだが、今は名前を考えることに集中しよう。
「ゴブコ……ゴブエ……ブリコ……ブリア……ブリリ……そうだ! ブリリアントゴリンティウス49世というのはどうだろうか!? 幽玄提督閣下と同格の悪の組織の幹部でな! 剛腕から繰り出される攻撃が強力なのだ! まあ、一番最初に英雄戦隊に倒されてしまうのだが……」
結構いい名前なのではないか、と自信満々に告げると、二人は冷めた半眼で私を睨んでいた。
「『…………』」
「む? どうしたのだ、そんな思春期の娘が父親に向けるような軽蔑と嫌悪の眼差しをして。地味に傷つくのだが。ブリリアントゴリンティウス49世――格好よくないか? 縁起が悪いというならブリリアントゴリンティウス50世でもいいぞ!」
ハァ、とため息をつくと、二人は私を無視して話し合い始める。
「いずれ割烹着が似合う雅な女性の名前がいいですよね?」
『ゴブ!』
「あ、あの、ブリリアントゴリンティウス50世は?」
「コズエ、スズ、シオリ、タマキ、サキ、なんていかがでしょう?」
『ゴ~ブ……』
「ブリリアントゴリンティウス50世もオススメだぞ!」
「サクラ、アヤメ、モモ、ユズ、ユリ、というお花や植物の可愛い名前もありますよ」
『ゴブ……ゴブブ! ゴブッ!』
「そういう系統がいいけれど、しっくりきませんか。時間と候補はいくらでもあるので、気に入った名前があったら教えてくださいね」
『ゴブ!』
優しげに候補を上げるルルイエの言葉に、すっかり懐いたゴブリナはコクンと頷く。
「ブリリアントゴリンティウス50世……」
「マスターはそろそろ黙ってください!」
『ゴブゴブ!』
「ア、ハイ。ゴメンナサイ」
なぜだ。ブリリアントゴリンティウス50世、格好いいだろう?
あーだこーだ盛り上がる二人の間に入れず、仲間外れにされた私は、仕方がないので少し離れて近くで咲く花でも愛でておく。
この赤い花は見頃で綺麗だなぁ……。名前は何と言ったか。確か――
「ツバキ」
『ゴブッ!?』
ん? 急にどうした、そんなにせがむように寄ってきて。
ゴブリナは、咲き誇る赤い花を指さし、なにかを言いたげにゴブゴブと鳴く。
「この花か? ツバキと言うんだぞ」
私は赤い花を一輪手折り、ゴブリナの耳に挿してやる。
意外と似合うではないか。可愛いぞ。
『ゴブッ! ゴブブ! ゴブゴブブー!』
「どうやら気に入ったようですね」
「ツバキを? ツバキという名前が気に入ったのか?」
『ゴブ!』
その通り、とゴブリナが頷く。
花を愛でていて呟いた独り言だったんだがなぁ。気に入ってしまったのなら仕方がない。
「では、今日からお主のことはツバキと呼ぼう。それでいいか、ツバキ?」
『ゴブブ!』
決定でいいようだな。
ツバキ――なかなかに奥ゆかしい名前ではないか! 凛とした品のある姿に進化しそうである。
ブリリアントゴリンティウス50世もかなりいい線いっていたと思うが。
「今日は予定を変更して船に戻るか。ツバキを風呂に入れてやらねば。食事もお腹いっぱい食べさせてやろう」
「エプロン様の試着もです! ツバキに似合うと推定される77億329種のエプロン様を着させてあげたいです!」
「ほ、ほどほどにな……」
頑張れ、ツバキ。暴走するルルイエを止めることはできん。さすがに一日でできる試着数ではないが、嫌な時は嫌と言っていいからな。
私は迷子にならないようツバキの小さな手を握る。初めて繋いだのか、キョトンとしたツバキは、反対の手でルルイエの手を握った。
ルルイエは珍しく困惑した表情を浮かべながらも、そっと手を握り返す。
傍から見たら船長と
三人仲良く歩き、ようやく”
「そういえばマスター」
「ん? どうした、ルルイエ」
「実は――」
彼女は無表情に近い顔つきで重大な事実を淡々と告げる。
「マスターが手折った赤い花、あれは『ツバキ』ではなく『サザンカ』でしたよ――」
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