第11話 ゴブリナ
零式増幅魔導銃アル=アジフを受け継いだ私は、戦利品の片付けをひと段落させると、ルルイエを連れ立って早速試し撃ちに出かけていた。
”
『グルルルッ!』
今にも飛びかかろうと脚に力を籠めるフォレストウルフに純白の銃身を向けると、魔力を流し込んで無造作に引き金を引く。
音もなく放たれた魔弾は真っ直ぐフォレストウルフの眉間へ突き進み、目標に着弾する直前、ウルフの鼻先を掠めるように急降下。そして一気に反転。魔弾は急激な上昇へと進路を変え、無防備な顎の下から脳天へと貫通する。
獣型という脳が存在する魔物だったのが仇となったな。
脳を破壊されたフォレストウルフはフラリと倒れ、何度か激しく痙攣した後、そのまま息絶えた。
地面に赤い血が広がっていく。
「お見事です、マスター。もう使いこなしているようですね」
「まあな。魔力制御は錬金術において必須技術だから、コツを掴めば意外と簡単だった」
真横に伸ばした手で魔導銃アル=アジフを撃ち放つと、魔弾が90度も方向転換して、死角から他のフォレストウルフに直撃する。
うーむ。古代文明の遺物で、前の使用者がルルイエの知り合いだったということもあり、ルルイエに似たじゃじゃ馬な性能をしている武器かと思いきや、なかなかに素直な銃ではないか。
魔力の通りがよく、素直に魔弾へと変換してくれる。注ぎ込んだ魔力も最大2、3倍にまで増幅されているようだ。
一般的な魔法の発動媒体や触媒からすると破格の増幅率である。
現代文明はせいぜい1.5倍ほどが限界。さすが高度に発達した古代文明の武器だ。
「一応、使うことはできるが……やはり私の腕が未熟だな。増幅されてこの威力だ。私の素の火力が足りん」
「マスターが今出せる最大威力を込めたらどうなりますか?」
「こうなる」
銃口から1メートルほど伸びる極太のレーザー光線。いや、レーザー光線というよりは、もはやレーザー剣である。
可視化するほど増幅された魔力が単に漏れ出しているだけ。操るなんてできない。
「ブォン、ブォンと低い音が出るライトなセーバーに似ていますね」
「なんだそれは? まあ、これはこれで使える。剣としてな」
飛びかかってきたフォレストウルフに一閃。何の手ごたえもなく真っ二つに斬れて、ウルフは簡単に命を散らした。
運動が苦手な私も振り回すことはできる。太くて長くて、しかも軽いので、襲いかかってくるフォレストウルフに向ければ勝手に相手が斬れてしまうのだ。
「撃ち出せば投槍のようにもなるか」
仲間が殺され、血の臭いに興奮するフォレストウルフの群れに照準を合わせ、私は魔導銃アル=アジフの引き金を引く。すると、剣や槍のような光線が真っ直ぐに飛んで着弾した。
制御できない膨大な魔力が爆発を起こし、浅いクレーターを作り出す。
土煙が晴れた時、目の前には死屍累々の光景が広がっていた。ほとんどのフォレストウルフは死に絶え、生きている個体も風前の灯火だ。
これ以上苦しませないよう、私は魔弾を撃ち込んで確実に息の根を止める。
「ふむ。本当に使用者次第だな。シンプルな能力ゆえに、扱うのが難しい。ククク! なんて面白い銃なのだ!」
「お気に召したようで何よりです」
「ちょうど手数を増やしたいところだったのだ。この魔導銃は見せ札にも切り札にもなり得る。問題があるとするならば、魔力による攻撃ってところか」
「
宇宙は広く、技術も発展している。
魔法は強力で便利な力ならば、当然それを悪用しようとする者が生まれ、逆に阻止しようとする者が生まれる。
その鼬ごっこの過程で魔法を無効化する技術が確立されるのも当然の帰結だ。
そして、魔物についても同様だ。
魔物は適応し、進化する存在である。この宇宙には進化を繰り返し、魔法無効化、属性無効化、物理無効化、斬撃無効化など、一定の攻撃が効かない力を手にした強力な魔物も存在するというのは有名だ。
「そういうわけで、私も一つくらいは物理攻撃を行なう手段も持っておきたいのだ」
「アル=アジフは実弾を使用可能ですよ? マスターはナイフもお持ちではありませんでしたか?」
「アル=アジフの装填可能な弾数は一発だろう? 切り札には使えるが、普段使いには難しい。ナイフもあるが……いずれ大鎌に
「運動が苦手で物理攻撃の手段……」
珍しくルルイエが悩んでいる。
真剣な話題は茶化すことなくちゃんと相談に乗ってくれるのが彼女の良いところだ。
「マスターはあくまでも後衛ですよね? 物理攻撃を求めるのは主に万が一の護身用のため、と」
「ああ、そうだな。その通りだ」
「ならば今のところはナイフ、そしていずれ鎌を使えばいいと思います。それでも足りなければ手数を増やすことをオススメします」
「……それもそうだな。魔法も魔導銃も上手く扱えていないのに、苦手な物理攻撃まで手を広げている余裕はないか。感謝するぞ、ルルイエ。私は焦りすぎていたようだ」
そうだ。つい先日『まずは目の前のことを一つずつやっていくしかない』と決めたばかりではないか。
魔導銃アル=アジフを手に入れて選べる選択肢が広がり、あれもこれも、と調子に乗って手を出そうとしてしまった。反省反省。
ルルイエに相談して良かったと思う。助言も的確だったぞ。こういう時は本当に頼りになるなぁ。
「それに、必ずしもマスターが物理的な手段を持つ必要はありません」
「なに? どういうことだ?」
首をかしげる私に、彼女は淡々と簡潔に説明する。
「物理攻撃は近接戦闘が得意な者に任せればいい、ということですよ。ワタシに命じてもいいですし、新たに
「なるほど。そういう手段もあるのか。くっ! ここにきて生前は孤高だった弊害が……」
仲間を作る、仲間に頼る――今までなんでも一人でやってきたから、そういう発想には1ミリも至らなかった……。
実はこうやって誰かに相談して助言を受けるのも初めての経験なのである。
ちなみに、生前の私はあえて一人を貫く『孤高』だったのであって、決して『ボッチ』だったわけではない。断じて違うぞ!
群れに入らない『孤高』と群れに入れない『ボッチ』は全くの別物だということを宇宙の全人類は理解すべきだ!
群れようとすれば群れることができた。だが、私はあえて群れに入らなかったのだよ。あえて、な。
「手を出すかは別として、適性の確認のために一度試してはいかがでしょうか?」
「む? それもそうだな。『できる』か『できない』かの確認くらいはしていたほうがいいか。光属性の魔法のこともあるしな」
適性がないかもしれないし、逆に天才レベルのとんでもなく高い適性があるかもしれない。
何事も試してみなければわからない。まずは知ることが大事だ。
幸い、術式はデータを見せてもらったので覚えている。
「ルルイエ、近くに魔物はいるか? 死霊術から試してみたい」
「南南東の方角、距離233メートルにゴブリンの推定される人型の魔物が8体存在しています。案内しましょうか?」
「ああ。頼む」
「
ルートナビゲーションシステムのようなセリフを呟いてルルイエは先導を開始し、私は後ろをついて行く。
200メートルと少しということで、すぐにゴブリンの鳴き声が聞こえてきた。
身長1メートルほどのボロ布を纏った人型の魔物だ。鋭い歯。醜い顔。手足は枯れ木のように細く、でもお腹はぽっこりと出ている。
細くて小柄で弱そうと思っても、実際には成人男性と同等以上の怪力を持つから決して油断してはならない。
狩りをしている真っ最中なのか、数匹のゴブリンが獲物を囲んで殴る蹴るの攻撃をしている。手作りの木製の棍棒を振り下ろすゴブリンもいる。
私たちに気づいた様子はないので奇襲を仕掛けるために観察していると、取り囲む隙間から襲われている獲物の姿を見ることができた。
「ゴブリンがゴブリンを襲っている……?」
ゴブリンから殴る蹴るの暴力を受けていたのは、同族であるゴブリンだった。
周囲のゴブリンと比べてさらに小柄で線が細い。手足だけでなく体もガリガリに痩せて弱々しく、哀れに思えてくるほどだ。
「どういうことだ?」
「魔物が同族を襲うことなど珍しくありませんよ。別の群れとの抗争、群れの中での格付け、繁殖のための争い、食糧不足による共食い、破壊衝動の解消、ただの快楽――自然の摂理です」
「言われてみれば確かに。よくあることだ」
何らおかしいところはない。動物の世界も魔物の世界も弱肉強食。自然ではむしろありふれた光景だ。
「だが、なんとなく気に入らないな。弱い者イジメみたいで。これは傲慢な考え方だろうか?」
「マスター次第ではないでしょうか? 他人から何を言われようが自分が傲慢だと思えば傲慢で、傲慢ではないと思えば傲慢ではないと思います」
「それこそ傲慢な考え方だな。だが、いい意見だ。傲慢と言われようが偽善と謗られようが、己の信念に従って行動する――それが私の憧れる幽玄提督閣下である!」
私は魔導銃アル=アジフの照準を取り囲むゴブリンたちに合わせる。
「襲われているゴブリンを助ける。私はそう決めた。そして、もし恩を仇で返すようなら一切の慈悲はない。恐怖と混沌を以て死後の旅路に導いてやろう。いいな、ルルイエ?」
「マスターの御心のままに」
ルルイエも賛成のようだし、襲われているゴブリンが死ぬ前に助けてやろうではないか。
倒すべきゴブリンは7体。ちょうどいい数だ。鍛錬も兼ねて各属性攻撃で仕留めよう。
「まずは無属性」
素の魔力を込めた弾丸が1体のゴブリンを背後から強襲した。後頭部を撃ち抜かれてビクビクと痙攣した後、バタリと倒れる。
残り6体。
「次は火属性」
灼熱の魔弾がゴブリンの心臓を貫く。血管が焼かれ、血は出ない。しかし、
残り5体。
「水属性」
直径20センチほどのフヨフヨと浮かぶ水の球体が砲弾のように射出されて、水風船と水風船がぶつかり合うかの如くゴブリンの土手っ腹を弾け飛ばせた。
残り4体。
「土属性」
ようやく襲撃者の存在に気づいて騒ぎ始めたゴブリンの1体に照準を合わせ、硬い土の弾丸の軌道を操って股下から脳天へ貫通させる。
残り3体。
「風属性」
風を紡いで形成した刃のような弾丸が、手と足、そして首を切り飛ばし、ゴブリンは何が起こったのかわからないまま絶命する。
残り2体。
「闇属性」
夜闇よりも濃い漆黒の弾丸が、無謀にも襲いかかってきたゴブリンの左半身を、まるで空間ごと喰らったかのようにごっそりと抉り取る。
吸収や消滅を司る属性の攻撃というのは実にえげつない。凶悪だ。
「さて、最後の1体になったな。襲われる側になった気分はどうだ?」
私は最後の1体に銃口を向ける。
自然界だと第三勢力の横やりや漁夫の利を狙う襲撃者の存在も日常茶飯事だろう。これぞ自然の摂理である。
キョロキョロと見渡して仲間が死んだことにようやく理解したゴブリンは、私へと歯を剥いて威嚇し、しかしすぐに怯えたように勢いがなくなる。
そのまま数歩後退ったかと思うと、パッと棍棒を投げ捨てて脱兎のごとく一目散に逃げだした。見ていて気持ちいいほどの逃げっぷりだ。
だが、
「逃がさんよ」
私は光属性の魔力を魔導銃アル=アジフに込める。
光属性は未だ制御できないものの、魔導銃の能力をもってすれば集束させて撃ち出すことは可能だ。
逃げるゴブリンの背中に照準を合わせ、引き金を引く。
光属性は速度に優れる。文字通り光の速度で発射されたレーザー光線は、引き金を引いたときにはもうゴブリンに届いており、その胸に風穴を開けた。
「これで全部排除できたか。ルルイエ」
「はい。お任せを」
何を言わずとも彼女は理解してくれて、ヒクヒクと倒れ伏す小柄なゴブリンに歩み寄ると、胸の谷間から取り出したポーション入りの試験管をそっと小さな口に添えた。
どうしてそんな場所から取り出したんだとか、生温かそうとか、いい香りがしそうとか、羨ましいとか、そんな複雑な感情を抱きつつ無言で見守っていると、ゴブリンの喉がコクリと動き、ゆっくりポーションを飲み込んでいく。
ポーションを飲み終わる頃には全身の打撲や切り傷はすっかり癒えていた。魔物にもポーションは有効なようだ。
震える瞼がそっと開き、クリッとした瞳がお目見えする。
『ゴブ……?』
見知らぬ私たち怯えはするものの、襲い掛かる様子はなさそうだ。ひとまず敵認定する必要はないだろう。
「おや珍しい。ゴブリナですか」
「ゴブリナ?」
聞き覚えのない言葉に私は首をかしげる。
「メスのゴブリンのことですよ。ゴブリンは基本的にオスの魔物です。だから繁殖をするために他種族のメスを攫って苗床にします。ゴブリナは自然発生せず、交配によってのみ生まれます。その確率も10万分の1と推定されていますね。変異種よりもよほど珍しい存在です」
「なるほど。それは知らなかった」
私はゴブリンの魔物が発生しないスペースコロニー出身なのだ。正直、魔物に関する知識はほとんどない。
「ああ、本当だ。胸が少し膨らんでいて、股間にオスの生殖器がついていないな。骨格や顔つきもオスと比べて柔らかだ」
「さらに珍しいのが、丁重に扱われるはずの貴重なゴブリナを寄ってたかって暴行していたことです。交配ならば理解できるのですが、このゴブリナは未経験のようですし……」
逃げるそぶりも見せず、うずくまって震える痩せたゴブリナは、とても丁重に扱われているようには見えない。むしろ虐げられているようだ。
「まだ子供だからではないか?」
「いえ、成体のようです。ゴブリンは強い個体を好み、弱い個体を虐げる習性があるので珍しい行動ではないのですが、ゴブリナを襲うというのは聞いたことがありませんでした」
「ルルイエにも知らないことはあるんだな。宇宙は広い」
さてと、か弱いゴブリナに構うのもいい加減にして、本来の目的を果たすことにしよう。
私たちはゴブリナを助けるために来たのではなく、死霊術を試しに来たのだ。
「ゴブリナよ。我らはお主に危害を加えぬ。ゆえに疾く立ち去るがいい」
『ゴブ……ゴブ?』
私は威厳に満ちた声音で横柄に声をかけ、骨の手でシッシッと追い払う仕草をすると、キョトンと目を瞬かせたゴブリナは、少しして理解できたようだ。
『ゴブブ……』
彼女はふらつきながら立ち上がり、最後に私たちのほうを振り返ると、トタトタと小さな歩みで森の奥へと消えていった。
私の身勝手な偽善とはいえ一度助けたのだ。できればすぐに死ぬことなく生き延びて欲しいものだ。
実に傲慢で偽善な行動だったが、ゴブリナを助けて私はスッキリしたぞ。大変満足である!
「これで心置きなく死霊術を試すことができるな。ルルイエ、少し離れていろ」
「
ルルイエが距離を取ったのを確認して、私はゴブリンの死体が転がる地面に死霊術の術式を構築する。
「<死者よ。我が
空気がねっとりと重苦しく、そして冷えていく。心なしか周囲が暗くなり、景色が色褪せて見える。
冥界から漏れ出したような黒や紫といったおどろおどろしいモヤが魔法陣から噴出し、のたうつ蛇のごとくゴブリンの死体に纏わりつく。
瘴気に似たモヤはゆっくりと死体を侵食し始め、死んだはずの肉体がピクピクと不気味に蠕動を繰り返す。
光を失った目玉がギョロリと動き、そして、まるで糸で操られているような不自然な動きでゴブリンたちが立ち上がった。
動き出した死体は、私の命に従って緩慢な動きで整列する。
死霊術の成功だ。
「お見事です、マスター。試してみていかがですか?」
「死霊術の適性はあるようだ。闇属性と同じくらい使いやすい。だが、欠点もあるな。死体は再生しないし、脳や
自立行動は無理そうで、逐一命令をしなければならない。複雑な命令も不可能のようだ。
死霊術は基本的に死体を操る術だ。私は仮初めの命すら与えていない。ただ動かしているだけ。ロボットの操作や
冥界から魂を呼び戻す反魂や死者蘇生もあるが、それは死霊術の極致に位置するという、もはや伝説や御伽噺の類である。
寿命を数百年延ばし、宇宙を行き交う技術力をもってしても、人類はまだ死者蘇生を成しえていない。
「初めてにしては上出来でしょう。普通は発動すらできませんし」
「そうなのか。もしや私に才能があるのかっ!?」
「『上の下』……には届かない『中の上』くらいでしょうか」
「おぉ! 鍛えればなかなかに使えそうだな!」
才能があるのは朗報だった。地道に鍛錬して伸ばしていこう。
そしていずれ死者の軍団を引き連れる骸骨船長に……敬愛する幽玄提督閣下のようで格好いいではないか! くぅっ! 憧れる!
「死霊術で戦えるか試してみたい。ルルイエ、索敵を頼めるか?」
「
私たちは死霊術で操るゴブリンの死体を引き連れ、森の奥へと進んでいく。
『ゴブ……』
そんな私たちの跡を小柄な影がこっそりとついてきていた。
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