第10話 魔導銃アル=アジフ


 惑星に着陸してから数日が経過した。


 ルルイエのビームによって無事に鉄の鉱床を発見し、鉱山と”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”を行き来したり、周辺の森で魔物を狩ってレベル上げに勤しんだり、のんびり休日を過ごしたり、魔物化したとは思えないほど充実した日々を送っている。


 生前よりも生を謳歌しているのではないだろうか。


 宇宙船を買うためにがむしゃらになって働いていたからなぁ。あの頃の私は、命を削るほど生き急いでいた。その分、中古ながらも自分の宇宙船を手に入れて星の海を航海した数か月間は幸せだった……。


 だが、もう少し余裕をもって人生を送れば良かったと思う。そうしていたら宙賊に殺されることも無かっただろう。

 まさか死んでから気づくとはな。いや、死んだからこそ気づけたのか。


「幸い時間はたっぷりある。二度目の人生は精いっぱい楽しもうではないか! 幽玄提督閣下のような立派な船長になるまで私は死ねん! って、もう死んでいたか! アッハッハ!」


 独り言で呟いた自虐ネタに大笑いしていると、近くにいたルルイエがすかさず冷静なツッコミを入れてくる。


「マスターの場合、人生ではなく骨生です」

「む? 確かに。これは一本取られたな!」


「「アッハッハ!」」


 上手いこと言うじゃないか、ルルイエ。さすが処理速度が速いだけはある。


 笑うだけ笑って私たちは作業に戻る。

 今は宙賊から得た戦利品の整理を行なっている最中なのだ。


 適当に積めるだけ積み込んだので、どこに何があるのか、どういった物なのか、というのを分類中である。


 宙賊の拠点アジトが手つかずの古代文明の遺跡だったのもあって、明らかにヤバそうな遺物もチラホラ……。


 そういう危険物は、同じく古代文明の遺物であるルルイエに任せよう。同じ時代に造られた彼女は専門家と言っても差し支えない。使い方も知っているはずだ。

 触らぬ神に祟りなし。下手に触って死にたくない。


「あぁ……エプロン様エプロン様エプロン様ぁ! 我が身を包み込むこの優しげな安心感! まるで慈愛に満ちた聖母に抱きしめられているかのようです! 洗練された機能的なデザインゆえに、無限の可能性に満ちていますよ!」


 あぁー、うん。よかったなー。

 私は彼女の言葉を右から左に聞き流す。

 荷物の整理ということでルルイエはエプロンを着て、さっきからこの調子だ。

 言葉が止まらない止まらない。聞いていたら気が触れてしまいそうだ。

 狂気すら感じさせる陶酔した表情でエプロンを賛美しつつ、動きには一切無駄がないから驚きである。

 いつもより倍以上、動きにキレがあるのではなかろうか。


「シンプルで自己主張をしない静謐なエプロン様……キャー! 濡れる! 乙女ならば濡れてしまいますっ!」

「そっかそっかー。それはよかったなー」

「マスターもそこそこ似合っていますよ! 完璧とは言わずとも骸骨スケルトンにも似合うとはさすがです、エプロン様! このルルイエ、感服致しました」

「うんうん。そうだなー」


 適当に相槌を打ちながら、私はエプロンの効果に衝撃を受けていた。

 称号の一つ【エプロンの御使い】の効果に『生産技能補正:高(エプロンを装備時)』というものがある。

 物の整理や片付けは生産技能に該当するらしい。おそらく『家事』の範疇だからだろう。

 技能の一覧に表示されなくとも補正の効果は発揮される。しかも『高』という破格の補正が。


 エプロンを着るよう迫ってきたルルイエの圧に負けて渋々着てみたものの、着て良かったと思えるほど体が動くのだ。

 何をどうしたらいいのか、どの方法が一番効率的なのか、ということが漠然と思い浮かび、考えるよりも先に体が行動している。


 凄まじい補正だと思う。ルルイエの動きにキレがあるのも納得だ。

『エプロン女教皇』を名乗る彼女に称号と補正効果がないはずがない。

 エプロン……少し見直したぞ。認識を改めねば。片付けをするときは必ず着ることにしようと思う。


「ハッ!? また一人、エプロン様の偉大さに気づいたような気がします……」


 ど、どんな第六感をしているんだ……?

 幸い、それが私だとルルイエは気づいていないようだ。彼女はキョロキョロと周囲を見渡し、『イア! イア! エプロン様!』と称え始める。

 なんだか毒されている気がしなくもない。だが、効果は凄まじいんだよなぁ。


「ん? ルルイエ、これを見てくれ。なんだか嫌な予感がする」

「どれでしょうか」


 宙賊の荷物の中に無造作に入っていた何の変哲もないビー玉のような赤い玉。綺麗な宝石か何かにしか見えないのだが、私の本能が危険を訴えている。

 全身の毛が逆立つというか、ゾクゾクと震えと寒気が止まらないというか、首に死神の鎌が押し当てられているような――とにかく、私の全身には毛がないとジョークを言って笑う気すら起きない、濃密な死の気配を感じるのだ。


「ああ、これですか」


 ルルイエは何の躊躇いもなく赤い玉を掌の上に乗せ、反対の手でクルクルッと光の軌跡を描く。

 私が知らない術式だ。あまりに素早くて内容までは読み取ることができなかった。

 魔力で紡がれた光は、赤い玉に吸い込まれて消える。

 薄っすらと赤い玉が輝いて、感じていた死の気配が突然消失した。


「これで再封印の完了です。もう安全ですよ」

「封印? この玉はどういった物なんだ? 古代文明の遺物っぽいが」

「これは火系統の戦略級魔法が封じられた魔宝石です。ポイッと放り投げて封印を解けば、半径100キロメートルほどが一瞬にして焦土と化すでしょうね」

「お、恐ろしい代物だな……再封印ということは、まさか封印が解けかかっていたのか?」

「その通りです。頭の演算速度の遅い低俗な生命体が弄り回したようですね。もしマスターが触っていたら、封印が解けてもおかしくありませんでした」


 危なかった……。本能に従って触らなくて正解だったな。

 よく今まで爆発しなかったものだ。もし解放されていたら船に致命的なダメージを受けていただろう。

 おのれ宙賊どもめ! 置き土産にとんでもない爆弾を残すんじゃない!


「古代文明の遺物というのは恐ろしいものばかりだ……」

「そうでしょうか? ワタシやこの船は役に立っているでしょう?」


 どちらかというとルルイエは恐ろしいものに分類を……いえ、何でもございません!


「役に立つと言えば、こんなものを見つけました。お使いになりませんか?」

「ん? 魔導銃か?」


 ルルイエが差し出してきたのは、純白を基調として金色と青色で厳かに装飾された、清浄で神聖な聖遺物を連想させる美しい単発式の魔導銃だった。


 荘厳にして華美。機能的にしてアンティーク調。静謐にして禍々しい。


 狂気にも似た祈りを一心に込めて作られたことが伝わってきて、心を奪われるほど妖しく綺麗で、つい手に取って撃ち放ちたい呪いにも似た衝動に駆られる。

 聖と邪という矛盾した美を兼ね備えたこの銃もまた古代文明の遺物に違いない。


「『零式増幅魔導銃アル=アジフ』。最強の武器にもオモチャにもなり得る魔導銃です。このような魔導銃はかつて王侯貴族や大富豪の護身用として重宝されていました」


 人型魔導兵器ルルイエといい、先ほどの戦略級魔法が込められた魔宝石といい、古代文明の遺物にはあまり手を出したくないのだが……。


「この魔導銃が有する能力は、『注ぎ込まれた魔力を増幅して魔弾として発射する』という一点のみです。シンプルゆえに使用者の力量に左右されます。もちろん、実弾の装填も可能です」

「なるほど……属性の魔力を注げばどうなる?」


 私の質問にルルイエは満足そうに微かに口元を吊り上げた。

 彼女のお眼鏡に適う問いだったようだ。


「その属性の魔弾が発射されます。単に魔力を注げば無属性の魔弾です」

「マシンガンのような高速連射やレーザーのような砲撃は?」

「可能です。使用者の魔力制御技術があれば」

自動照準オートエイム追尾弾ホーミングは?」

「魔力制御次第です」


 ふむふむ。これは使えそうだ。

 ルルイエの言った通り、使用者の力量に左右される武器だ。使い方によっては、あらゆる種類の魔導銃をこの一丁で再現可能なのだ。いや、使いこなせば一般的な魔導銃を超える性能がある。

 魔力制御次第では、予測不可能な複雑な軌道を描くこともできるし、魔弾の速度も思いのままだろう。


 いつどこから飛来するかわからない弾丸――敵からすると最悪の攻撃だ。


 危険な代物が多い古代文明の遺物としては、能力が一つだけというシンプルなのところが気に入った。危険性も使用者次第ってことだ。

 デザインも色も格好いい。それに――


「幽玄提督閣下が愛用する武器の一つが魔導銃だったな。これは私に使えという閣下の思し召しではないか!」


 魔導銃アル=アジフは古めかしい単発式拳銃シングルショットなので、厳密には幽玄提督閣下が持っていた回転式拳銃リボルバーとは違うが、最強になり得る魔導銃が偶然私の元にやって来たのだ。

 これはもはや運命! 幽玄提督閣下も私を応援してくださっているに違いない!


「感謝する、ルルイエ。大切に使わせてもらおう」

「ええ。そのほうがこの銃も浮かばれると思います」

「浮かばれる……? もしや前の所有者を知っているのか?」


 この魔導銃は、ルルイエが封印されていた遺跡に残っていた古代文明の遺物。彼女にとっては同じ時代に作られたものだ。当然、使い手を知っている可能性が高い。

 自称”感情がない魔導兵器”のルルイエは、魔導銃アル=アジフを眺めながら、どこか懐かしさと寂しさが入り混じった微笑を浮かべ、呆れと慈愛に満ちた声音でため息をつくように言葉を紡ぐ。




「ドジでだらしなくてセクハラをしまくる下ネタ好きで、でも、いつも恒星たいようのような笑顔を浮かべていた、どうしようもない馬鹿でしたよ――」


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