第9話 鉱山


 魔物を成長の糧にしながら進むこと数時間、私たちは斜面の岩肌が剥き出しになった山に到着していた。


 雨風が岩を浸食して風化したというよりは、人工的に削られた印象が強い岩壁。周囲を見渡すと、砕かれた岩石の山や、いくつもぽっかりと開いた坑道トンネル、打ち捨てられた工具や朽ちた建物跡が見受けられる。


「廃鉱山だな……」


 知識では知っていたものの、スペースコロニー育ちの私は初めて見る光景だ。

 機械や重機ロボット等が使われていない原始的な鉱山はとても新鮮。


 冒険心がくすぐられるな! ちょっとした観光気分で肋骨むねがワクワクする。


 これらの鉱石を搬入するための坑道トンネルや通路はすべて人の手で掘ったのだろうか?

 凄いな。どれだけの労力が必要だったのか想像もつかん。


「ざっと推定したところ、廃れて50年は経過しているようです」

「50年か。人がやってきた様子もないし、コソコソ隠れて行動する必要もなさそうだ」


 ルルイエの報告を受けて、念のため被っていた外套のフードを外す。


「鉄が多く含まれているようだ」


 ふと足元の岩を手に取って錬金術を発動させ、岩石の組成を調べた結果、鉄の割合が通常の石と比べて若干高いことが分かった。

 他にもいくつか調べてみると、銅や鉛、亜鉛も含まれているようだ。


 鉄は使い道が多いのでたくさん精錬したい。護身用として持ち歩いている宙賊を殺したナイフもアップグレードしたいと思っていたところだし、ちょうどいい、


魔法鉄アダマントがあればいいのですが」

魔法鉄アダマント、別名アダマンタイトか……地脈も近いし、地下の奥深くにはあるかもしれん。50年も放置されていたら少しくらいあるだろう」


 長い時間をかけて魔力が染み込んで性質が変化した金属を魔法金属と呼び、鉄に魔力が帯びたものを魔法鉄アダマントという。魔法伝導率はそこそこだが、硬さや重さに優れる魔法金属だ。


 多くの惑星や小惑星を持つ星間国家や銀河すら支配する大帝国でも魔法金属は希少で高価である。

 噂では人工的に作り出すことも可能らしいが、時間と費用に見合っていないとか。


魔法鉄アダマントはどれほど必要なのだ?」

「トン単位です。他にも魔法銅アポイタカラ魔法銀ミスリル魔法金ヒヒイロカネ魔法合金オリハルコンも必要ですね。あればあるほど欲しいです」

「さ、さすが旧き箱舟ロスト・アーク……贅沢な船だ。しかし、希少な魔法金属をふんだんに使った宇宙船とは、まるで幽玄提督閣下が乗る宇宙戦艦のようではないか! テンションが上がるな!」


 私も早く旧き箱舟ロスト・アークに見合う船長にならなければ。精進あるのみ。


「木材は万年樹、欲を言えば億年樹を求めます」

「それはもう世界樹なのでは?」

「ええ、世界樹ですよ。”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”の外装は億年樹を加工したものです。ワタシが造られた時代は万年樹や億年樹の栽植プラントが存在していましたので、比較的簡単に手に入ったのですが……そのマスターの反応だと難しそうですね」


 ああ。とても難しい。樹齢が数万年や数億年の樹木のことを万年樹や億年樹と言うんだぞ。大国の星間国家の大貴族や大富豪が大金をはたいてようやく手に入れられるレベルだ。スペースコロニー育ちの一般人わたしからすると、伝説的な代物だ。


 それを船の外装に……嘘だろう?


 ”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”は全長500メートルを超える巨大宇宙航行艦である。

 これはあくまでも私の主観的な概算。実際はもっと大きいに違いない。

 その外装を最も手に入れにくい最高級の木材で修理する――金銭に換算したらいくらになるだろうか。惑星を一つ買うほうがまだ安いかもしれない。


 世界樹栽植プラント――古代文明はぶっ飛んでいるなぁ。どれだけの技術力があれば可能なのか想像もつかない。

 ひょっとして素材を調達するよりも自己修復システムに任せたほうが早いのではないだろうか……。


「まあ、どうにかなるだろう」


 最悪の場合は150年待てばいいのだし、もし機会があれば手に入れよう、くらいの気持ちでいてもいいと思う。

 私は骸骨スケルトン。ルルイエは人型生体魔導兵器。寿命は無いも同然なのだから。


「急ぐ必要はない。今日は下調べといこうか」

命令受諾アクセプト


 私たちは鉱山に開いた坑道トンネルの一つに入り、壁や床を補強された緩やかな坂道を下りていく。


 50年ほど放置されていたからか、岩には苔が生え、瓦礫が散乱し、足元は少し歩きにくい。動物や魔物が棲みついたような形跡も残っている。


 当然、照明の類も壊れていて、入り口から数十メートル進むと人間の視力では何も見えないほど暗くなっていた。


 夜目が利く骸骨スケルトンの体はとても便利だ。その辺に転がっている石ころの一つまではっきりと見える。

 なんの問題もなく歩いていることから、ルルイエも暗視機能があるに違いない。


 だが、元人間の心理として、暗い闇は不安や恐怖を掻き立てるものだから、できれば明るいほうが安心する……。

 こういう時は光魔法だな!


「<光球ライト>」


 ふぅ。これで周囲が明るく――って、ぬおっ!?


「ま、魔法が安定しないっ! ぐぬぬっ! どうなっている!?」


 ロウソクの炎に似た今にも消えそうな光球だったかと思うと、視界が真っ白になって何も見えなくなるほどカッと眩しく照らし出す。


 光球を構築している光魔法の術式が崩壊寸前で歪んでいる。必死に制御しようとするものの、一箇所を修正すれば別の箇所が崩れていく。


 こんなことは初めてだ。魔法を習い始めた子供の頃よりも酷い。

 他の属性の魔法を使っても制御に失敗することはなかったのに……。


「うおっ!? ま、眩しい! 激しく点滅を繰り返すな!」


 目を閉じたいが、その閉じる瞼が私には存在しない。

 目玉すら朽ちた私は、瞬きをする一瞬のタイムラグもなく、ずっと瞼を開けている状態に近いのだ。だから、強い光を拒めない。

 ちなみに、骸骨なのにどうやって視えているのか、それは私にもわからん。


「マスターはアンデッドモンスターです。たとえ名持ちネームドでも、変異種ではない普通の骸骨スケルトンでしょう? 光属性の適性が低いのは当たり前です」

「な、なるほど。この制御のしづらさはそのせいか。ぐっ! 特訓すれば光魔法を制御できるようになるのだろうか?」

「可能性は高いと思います。実際、光属性や聖属性の魔法を操る変異種のアンデッドもいますので」


 制御できていないが発動はできている時点で適性がゼロではないのだ。

 どんなに不器用でも特訓し続けていればいずれ成長する。


 幽玄提督閣下は、弱点属性を受けてもピンピンしていた。きっと耐性を持っていたのだろう。光魔法を操っていた場面もあったと思う。

 彼に憧れる私が適性の低い光魔法ごときを使えなくていいのだろうか。いや、よくない!


「クハッ! クハハハハ! やってやろうではないか! 私は光属性も聖属性も超越してみせる! 幽玄提督閣下のように!」


 そうと決まれば特訓あるのみ!

 先導はルルイエに任せて、私は光魔法の制御にひたすら集中する。

 何度か接敵した魔物を排除しながら進み、地下50メートルほどに達した頃だろうか。


「おっと!」


 ほんの数十分ではなんの進歩も感じられない光魔法に悪戦苦闘していて、私は不意に立ち止まったルルイエにぶつかってしまった。

 彼女のお腹に手を回して抱き着くような体勢。

 ラブコメや恋愛モノならキュンとするシーンだろうが、あいにく私は全身骸骨。ホラーにしかならない。


「すまんな、ルルイエ。前を見ていなかった」

「いえ。それよりもマスター、行き止まりです」

「行き止まり?」


 ルルイエの肩越しにヒョイッと頭蓋骨を出して前方を見てみると、掘削が途中で放棄された跡が残っていた。

 確かに行き止まりだ。これ以上先は進めない。


「鉱脈はこの先か?」

「はい。この先、直線距離にして69メートル先に鉄の鉱床が存在しています」

「69メートル……あと少しなのに途中で掘削をやめてしまったのか。実にもったいない。もう少しだけ掘り進めれば廃鉱になることも無かっただろうに」

「いえ、このまま掘り進めるのは難しかったでしょう」

「む? なぜだ?」


 肩越しに彼女の横顔を覗き込むと、ルルイエは恥ずかしがることなく淡々と説明する。


「可燃ガスが充満しています。一瞬でも火花が散れば爆発を起こすでしょう。地上と比べて二酸化炭素の濃度は高く、逆に酸素濃度は低いので、当時及び現在の文明レベルの人間の活動は、少数の上位魔導師を除いて不可能だと推測されます」

「なっ!? そんなに危険な場所だったのか!?」


 慌てて大気の組成を調べてみると、ルルイエの言う通り、この辺りは可燃ガスや有毒ガスで満たされていた。


 私が人間だったら目に見えないガスを吸い込んで、何も気づかないままコロッと倒れて死んでいた。

 呼吸を必要としない骸骨スケルトンでつくづく良かったと思う。


 私にもルルイエ自身にも害はないので彼女は報告しなかったのだろう。

 だが、せめて可燃ガスの存在は事前に教えてもらいたかったぞ。もし火魔法を使っていたらどうなっていたことか。

 ルルイエは無事でも私は無事では済まなかったに違いない。


「マスターとワタシにとっては危険ではないと判断しました。問題ありません」

「そうだな。何も問題はない。むしろ恒星の光が届かない地下だから調子がいいくらいだ。どうする? 私が錬金術で掘ろうか?」

「いえ、ここはワタシに任せてください」


 そうか。なら頼んだ。

 正直魔力が心許なかったのだ。ルルイエのほうが早く掘削できるだろう。

 ルルイエから少し距離を取ると、行き止まりの壁に向かって彼女はスッと己の右腕を突き出す。


「<形状武器化メタモルフォーゼ>」


 突如、ルルイエの肘先が数センチ四方の立方体ポリゴン状にほどけたかと思うと、螺旋を描いてクルクルと回りながら鋭い切っ先を持つドリルへと変形していく。


「<タイプ:ドリルアーム>」


 ギュィィイインと数秒間ほど高速回転し、ルルイエは決めポーズ。

 私はそんな彼女を穴が開くほど見つめ、


「か、格好いい……! 腕がドリルに変形するなんて、浪漫をわかっているじゃないか、ルルイエ! 羨ましいぞ!」

「マスターもこの浪漫がお分かりになる方でしたか。やはり兵器の変形は浪漫ですよねぇ」

「ああ。浪漫だ。ドリルも浪漫だろう?」

「ええ、浪漫です」


 しみじみと頷いた私たちは、ガシッと固い握手を交わす。もちろん、ルルイエは変形していないほうの手で。


 ただのエプロン狂いだけではなく、浪漫を分かる同志だったとは思わなかった。

 彼女とは良い酒が飲めそうだ……って、私は骸骨だから飲み食いができないではないか。くっ! 悔やまれる……!


「では、掘削を開始します」

「そうだな……って、少し待て。そのドリルで掘削したら摩擦で火花が散らないか?」

「火花が発生する可能性はありますね。しかし、ワタシには問題ありません」

「ルルイエに問題は無くても私にはある。可燃性ガスに引火せず、なおかつ崩落しない手段で掘ってくれ……私のために!」

「はぁ……命令受諾アクセプト


 実に面倒くさそうにため息をついた彼女は、渋々、本当に渋々、ドリルで掘削するのをやめてくれて、ドリルをもとの腕に戻した。


「仕方がありませんね。マスターの命令です。浪漫は諦めて確実な方法を選択しましょう」


 軽く足を肩幅に広げて地面をしっかりと踏みしめたルルイエ。おもむろに両手の親指と人差し指で二つの輪を作ると、己の胸の前で構える。

 ん? その構え……なにやら嫌な予感がするぞ?


「心室縮退魔導炉<限定起動>」


 指の輪の間に集束した眩い光が一気に解き放たれる。


「最小出力AAAカップ級チクビーーーム」


 宙賊のボスを消し飛ばしたときの出力には及ばないものの、それでも高威力のレーザー砲が、まるで滑らかなプリンを掬うかの如く硬い岩盤をいともたやすく貫いていく。


 相変わらず驚きを通り越して呆れるほどデタラメな威力のエネルギービームだな。これで最小出力とかバカげている。

 さすが古代文明が造り上げた魔導兵器だ。


 しかし、高威力の割に射程は短く、10メートルほどで消失するよう調整しているみたいだ。光線の太さも1メートルほどなので、私たちが鉱床に辿り着くためにはさらなる掘削が必要だ。なので、


「チクビーム! チクビーム! チクビーム!」


 ルルイエはレーザー砲を連発させる。

 瞬く間に出来上がっていく直径3メートル近くの坑道トンネル

 重機も魔法も必要ない。彼女が一人いるだけでとても便利だ。ビームの名称とエプロン狂いなのはあれだが……。


「チクビーム! もいっちょチクビーム! おまけのチクビーム! さらにおまけのチクビーム! おまけのおまけでチクビーム!」


 ピチュン、ピチュン、とルルイエの胸のあたりから放たれる光線。

 なんか、あれだ。もっと他の場所からビームを出せないものだろうか。指の輪から発射しているだろう? わざわざ胸の前で構える必要はないはずだ。どうしてそこから――これこそ私に対してのセクハラではないか?

 元人間の男として、私は何とも言い難い複雑な気持ちに陥る。


「ルルイエよ。せめてビームの名称を変えてくれないか? 私が居たたまれない……」

「マスターは、チクビームからなにか卑猥な言葉を連想したのですか? 『チク』というのは『10の300乗』を表す単位の接頭語ですよ?」

「そうだったのかっ!?」

「噓ですけど」


 嘘なのかいっ!

 真面目な表情で平然と嘘をつくんじゃない。一瞬信じてしまったではないか。私の感心を返してくれ。


「仕方がありませんね。古代原始文字の読み方は『あんなる』なのに『あなる』と書かれていて興奮する学生のように、『チクビ』という単語が混ざっているだけで喜ぶ思春期のマスターのために名称を変えましょう。節操無しに盛ってもらっても困りますし」


 興奮してないし、思春期でもないし、盛るモノも存在していないが、名称を変えてくれるのは素直にありがたい。


 古代原始文字の授業……あったなぁ。授業中に男友達とニヤッと笑い合った覚えがある。懐かしい。


 コホンと咳払いをして呼吸を整えたルルイエは、構えをそのままに無感情な声音で淡々と告げる。



「搾乳乱舞・スプラーーーシュ!」



 原始文明の技術で生活するサバイバル番組で観た牛の乳搾りを彷彿とさせる、真っ白な光の乱れ撃ち。

 ビームの名称が余計に悪くなった……。

 どうして彼女はこんなにも残念なのだろう。有能で女神の如き美貌なのに、それを遥かに上回る残念さ……。


「……すまない。私が悪かった。謝るから元に戻してくれ。チクビームのほうがまだマシだ……」

「注文が多いですね。まあいいでしょう」


 やれやれ、と肩をすくめたルルイエは、己の胸の前でスッと指の輪を構え、鉱床が目前に迫った岩盤へ極太のレーザー光線を撃ち放つ。


「チクビーーーム!」


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