第8話 惑星着陸


 操縦室の画面に青く輝く惑星が映し出されている。

 水があり、海がある証拠だ。水蒸気が集まった白い雲と木々が広がる茂る緑色の大地の様子も宇宙から見て取れる。

 まだ惑星開発テラフォーミングはされていないようだ。自然豊かな惑星である。手つかずの原始惑星の一つなのだろう。


「ルルイエ。この惑星ほしに人類は生存しているのか?」

「地上を精査スキャンしたところ、町の存在と行き交う人類を確認しました。文明レベルはさほど高くないと思われます。少なくとも宇宙に進出はしていないでしょう」

「宇宙に進出していたら、この距離まで近づいたら警告されるはずだしな」


 警告も何もないということは、そういうことだ。

 惑星の周囲に人工衛星が飛んでいる様子もない。ましてや魔法による警戒網が敷かれているわけもない。

 どこかの星間国家がこの惑星を監視している可能性もあるが、接触してこないところを見ると気にしなくていいだろう。


「マスター。いかがいたしますか?」


 ルルイエは船長たる私の命令を待っている。


「決まっている。着陸するぞ! ルルイエ!」

命令受諾アクセプト。着陸シークエンスに移行します」


 私の命令を受けて、”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”が惑星に向けて降下を開始する。

 船体を覆う防御結界が激しく燃え上がり、しかし、古代文明の遺物である”旧き箱舟ロスト・アーク”は、何事もなく大気圏の突入を果たす。


 眼下に広がる母なる海。遥か上空からでも感じる生命の息吹。放射能や魔力で汚染されているわけでもなく、人の手が入った人工の環境でもなく、完全なる自然そのままの原始惑星である。


 中古の宇宙船を買ってからいくつかの惑星に立ち寄ったが、これほどまで手付かずの自然が残った惑星は初めてだ。


 生まれも育ちもスペース・コロニーの私にはとても新鮮な光景なのだ。


 ボロボロでも雄大に航行する”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”の船底が、真っ白な雲の海を掻き分けて進む。


「大気圏に無事突入しました。船体へのダメージは皆無。大気の組成を測定します……窒素78.08%、酸素20.95%、アルゴン0.93%、二酸化炭素0.03%、以下微量元素は省略。人類の生存に最も適した比率です」

「重畳重畳。着陸可能な場所はあるか?」

「<精査スキャン>――周囲100キロメートルの地脈、海脈、天脈の流れを地図上に表示します」


 さすが高度に発達した古代文明の遺物だ。上空からでも小石一個の位置がわかるほど詳細な地図が一瞬にして表示される。

 その地図上に、複雑に枝分かれする血管のような網目状の赤い線が浮かび上がった。


 地脈や海脈、天脈といった、総じて『龍脈レイライン』と呼ばれる惑星の表面を流れる膨大な魔力の経路だろう。


 惑星も生き物のようなものだ。龍脈レイラインという血管と魔力という血液が必要なのである。

 ちなみに、宇宙にも龍脈レイラインは流れていて、星と星を繋ぐことから星脈と呼ばれている。


 船体に甚大なダメージを受けている”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”は。一刻も早い修復が必要だ。自己修復機能もあるというが、何事にもエネルギーは必須。

 龍脈レイラインの上に停泊することで魔力を供給し、自己修復を行なおうとい魂胆だ。


「深すぎる龍脈レイラインの箇所を除外」


 赤い線が8割ほど消失する。


「浅すぎたり、噴出している龍脈レイラインも除外」


 赤い線がさらに消失する。残った赤い線は最初の1割にも満たない。

 ルルイエは淡々と船のシステムを操作して演算処理を行なう。


「周囲に木材が調達できる豊かな森、または鉱物が埋蔵している鉱山がある個所を検索。龍脈レイラインとの場所と照合――照合終了。現在地から最も近い着陸可能ポイントはここになります」


 ピコン、と着陸可能な場所に分かりやすくピンが刺さる。

 距離にして10キロほどか。”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”の航行能力を持ってしたら目と鼻の先ではないか。


 豊かな森の中らしい。数キロ離れたところには、鉱物が埋蔵されているという山と町らしき人工物の密集地帯もある。


 何も問題なかろう。この惑星の文明も覗いてみるつもりだったしな。


「その地点に着陸しよう」

命令受諾アクセプト。着陸予定時間は1分後です」


 1分か、短いな……と思ったときには船体が減速を始めており、30秒ほど経過した時には空中に停止していた。

 そのまま下降を開始し、ジャスト1分後、全長500メートルを超える”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”は目標地点の森の中に、バキバキと木々を粉砕しながら無事に着陸する。


「着陸に成功」


 え? こんなにあっさり?

 そういえば、ルルイエは『』ではなく『』って言っていたな……。


 てっきり1分後に目的地に到着し、そこから着陸に入るものとばかり思っていたから、すこし驚いたぞ。

 まあ、無事に着陸できたのなら何も問題はない。私が勘違いしていただけだ。


「宇宙航行用防護結界から惑星停泊用防護結界に移行します。展開――完了しました。次に、外部魔力供給システムを起動します。地脈から魔力供給を開始――問題なく供給されています」


 淡々とルルイエは私にわからないシステムを操作していく。


「自己修復システムを起動――正常に起動しました。完全に船体が修復されるまで150年と推定されます」

「150年っ!? そんなに被害が甚大なのかっ!?」

「150年とは、あくまでも自己修復システムのみを使用した場合の予測です。外部から金属や木材等を補充すれば、修復期間は短縮されます」

「な、なるほど。なんだ、そういうことか」


 修復期間を短縮するために今回、森と鉱山が近いこの場所に着陸したのだろう。

 さすがに修復に150年は待っていられない。

 少しでも時間を短縮して、”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”が100%の能力を取り戻せるよう頑張ろうではないか。


「私は何をすればいい?」

「マスターには木の伐採と鉱石の採掘を手伝っていただきたいと思います。特に錬金術で鉱石の錬成と種類の分類をし、精錬して鋳塊インゴット化をお願いします」

「ふむ。私の得意分野だな。任せるがいい。生前はよく金属の錬成をしたものだ」


 資源が潤沢な惑星とは違い、あまり物資に余裕がないスペースコロニーでは、資源を無駄にはできない。

 なので素材を錬成して再利用できる錬金術は重宝された。


 一日中金属の錬成していたあの頃が懐かしい。

 苦痛だったものの、宇宙船を買うために必死だったなぁ……。


「まずは一度、鉱山に向かいましょう。貴金属の埋蔵量を詳しく調べたいです」

「了解した。道中に魔物はいるだろうか?」

「はい。地脈が通っているからか、数は少し多いですね。半径10キロ圏内に552体の魔物を確認しました。簡易な精査スキャンですが、さほど強い個体はいません。マスターでもなんとか対処できるレベルのザコだけです」

「……それは遠回しに私のことをザコと言っているよな?」

「細かいことを気にしていたらハゲますよ」

「私に髪は生えていないんだが? 骸骨だから!」

「おっと。これは一本取られましたね!」


「「アッハッハ!」」


 ひとしきり笑い合った後、私たちは鉱山に向かうために惑星に降り立った。



 ――のだが、



「話がちが~うっ! どこがザコモンスターなんだっ!?」


 豊かな森の中で全力疾走しながら私は叫ぶ。

 骸骨だから疲労は無く、息も荒くなることはないが、運動が苦手な私は致命的に足が遅い。

 背後から明らかに4足歩行の獣が複数体、獲物を追いかけ回している音が聞こえる。

 獲物? それは私のことだ!


『ハァッ! ハァッ!』

『グルルルッ!』

『ガウッ! アウッ!』

『ガルルルルッ!』


 ひぃっ!? 1メートルも離れていないのではないかっ!?

 ”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”から惑星に降り立って早々、魔物の群れと接敵し、私はなぜか標的になって追いかけ回されている。


 必死で逃げ回っていると、なぜか襲われないルルイエが棒読みで私を応援しながら、冷静に現状を教えてくれる。


「狼系の魔物、フォレストウルフですね。森の生態系の頂点に君臨する魔物の一種です。縄張り意識が強く、群れで狩りを行ないます。5体のフォレストウルフがマスターを追いかけていますよ。頑張ってくださーい」

「なぜだっ!? なぜ骨の私を襲うのだっ!? 食べる箇所はないはずなのに! 狼ども! そこに美味しそうな肉付きをしている女性がいるぞ!」

「性的に美味しそうなんて……マスター、セクハラですか? 軽蔑します……フォレストウルフたち、そこのセクハラ骸骨を制裁しなさい! ゴーッ!」


『『『ガウッ!』』』


 ちょっ!? 待て待て待て! なぜルルイエの命令にフォレストウルフが従う!? モンスターテイマーかっ!?

 けしかけるな! 私はこれでも所有者だぞ! フォレストウルフも命令を聞くな!


「まさか兵器に性欲を抱くへきがあったとは。これからの関係を少し考えさせてください」


 くっ! いろいろとツッコミと訂正をしたいところだが、逃走に必死な私にそんな余裕はない。


『ガウッ!』

「ぬおっ!? 掠った! 今、爪が私に掠ったぞ! ルルイエ! 見ていないで助けてくれ!」

「フォレストウルフくらいマスターが対処できるのでは?」

「見ればわかるだろう!? 対処できていないから助けを求めているんだが!?」

「本当にワタシが助けていいのですか? たかだかフォレストウルフごときに?」


 どこか煽るような声音のルルイエが続ける。


「――本当に持てる手段を全て使っていますか?」


 むっ……。


「マスターにはエプロン様の偉大さを全宇宙に布教するという野望があるのでしょう? こんなところで躓いていてもいいのですか?」


 そんな野望は微塵もないが、私の野望……そうだ! 私は幽玄提督閣下のような強くて恐ろしくて、数多の世界に混沌を振りまく宇宙船の船長になりたいのだ! こんなところでフォレストウルフごときに苦戦するわけにはいかない!


「ルルイエ、感謝する。私は間違っていたようだ」


『『『ギャンッ!?』』』


 私の体から放たれた電撃が、背後から襲いかかろうとしていたフォレストウルフの群れを一瞬にして貫く。


 高電圧の雷の魔法に撃たれたフォレストウルフたちは、まだ死んではいないものの、体が焼け焦げ、ピクピクと痙攣している。


 周囲に立ち込める、肉が焼ける不快な臭い。

 地面に倒れる瀕死のフォレストウルフを私は拍子抜けした気持ちで見下ろす。


「なんだ。冷静に対処すれば簡単に倒せるではないか」


 フォレストウルフはさほど強くない。群れの連携と素早さが脅威なだけだ。むしろ耐久面は低い魔物。


 今まで私は何を逃げ回っていたのだろう。空中に逃れるなり、範囲攻撃で牽制するなり、よく考えれば対処法はいくらでもある。結界や壁系の魔法を使ってもいい。


 どんな状況でも、敬愛する幽玄提督閣下は残酷なまでに冷静でいたではないか。

 まだまだ精進が足りないな。そしてやはり幽玄提督閣下は素晴らしい!

 私は初心に立ち返り、落ち窪んだ眼窩で瀕死のフォレストウルフたちを冷たく睥睨する。


「我に生命いのちを捧げよ。死してなお、汝らの魂に混沌在れ」


 観客の歓声に応える舞台役者のように両腕を広げ、魔法を発動。

 地面から勢いよく飛び出した土の槍がフォレストウルフたちをズタズタに貫いて絶命させる。

 鬱蒼と茂る森の中に、むせ返る濃厚な血と死の臭いが立ち込めた。


「お疲れ様です、マスター。最後の決め台詞はなかなか決まっていましたよ」

「そうだろうそうだろう! 悪役っぽかっただろう? 私がアンデッドになったから、生命いのちや死、魂という言葉に重みが出たのだ。フォレストウルフの死を悟った諦めの瞳! ククッ! 堪らんな……」

「無様に逃げ回っていなければ、もっと格好良かったかもしれませんが」

「グハッ!? その言葉は私に刺さる……」

「マスターなら肋骨の隙間を通り抜けそうですけど」

「お? ナイス、スケルトンジョーク!」


「「アッハッハ!」」


 ルルイエもなかなか上手いことを言うじゃないか。やるな!


 二人で笑い合っていると、血の臭いを嗅ぎつけたのか、茂みを揺らして唸り声を響かせた新たなフォレストウルフの群れが姿を現す。


 そして、なぜか狙いは肉付きのいいルルイエではなく骨の私だ。

 本能が彼女に敵わないと悟っているのだろうか。

 まあいい。先ほどまでの私とは一味違うぞ。


「ルルイエ、こやつらは私に任せろ。レベル上げにはちょうどいい」

命令受諾アクセプト


 私は一歩前に出て、フォレストウルフたちに悪役っぽく尊大に告げる。


「かかってくるがいい、フォレストウルフどもよ! 私が相手をしてやろう。簡単にくたばってくれるなよ?」


 カタカタと骨を鳴らして昏く微笑み、私は構築した魔法を迫りくる敵にぶっ放した。




 ≪【技能】に『火魔法Lv1』が追加されました≫


 ≪【技能】に『水魔法Lv1』が追加されました≫


 ≪【技能】に『風魔法Lv1』が追加されました≫


 ≪【技能】に『土魔法Lv1』が追加されました≫


 ≪【技能】に『雷魔法Lv1』が追加されました≫


 ≪【種族】のレベルが上がりました≫

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