第6話 旧き箱舟 ーロスト・アークー


 地上までぽっかりと貫通した穴。膨大なエネルギーが込められたビームが通り過ぎた跡だ。


 金属製の重機鎧を纏った宙賊のボスへと放たれたソレは、標的を吹き飛ばし――否、消し飛ばし、軌道上にあるものすべてを呑み込んで、丸ごと塵ひとつなく消滅させたのだ。


 これは……もはや言葉にはできない。咄嗟に言葉が出てこない。

 綺麗に抉られた大地を仰ぎ見て、私は思わず絶句する。


「敵対象の消滅を確認。殲滅、完了しました」


 そこに、誇ることもせず淡々と状況を確認する女性が一人。この人知を超えた攻撃を放った当の本人だ。


 ルルイエは、宙賊のボスを倒すには明らかに過剰な威力の攻撃を終えて、どこか久しぶりに運動してスッキリしたような、清々しい満足げな表情を浮かべている。


「マスター。命令を遂行しました。では早速、全宇宙のあらゆる世界のあらゆる文明に偉大なるエプロン様の素晴らしさを説きに行きましょう!」

「いや、待て待て待て! 早速過ぎる! まずは拠点内を探索してだな……って、力つよっ!? 腕が抜ける! 骨が折れる!」

「半径100メートル以内に生命体は存在しません。ゆえに、探索する必要はありません」


 ぬおっ!? 腕が肩から外れたぁ!? そのまま腕を持ってどこへ行くつもりなんだ!?


「ルルイエ。準備せずに星の海に乗り出して死んだら元も子もないだろう? それに、略奪品の中にエプロンがある可能性も――」

「なんですと!? マスター! その話を詳しく! 詳細に述べてください! 一億文字相当のデータ量で!」

「ゆ、揺らすな! 首が落ちる……! わ、私にはデータを送受信する能力は無いぞ」


 ルルイエにエプロンの話題は諸刃の剣だな……。

 一つ間違えれば私の体がもたない。骨折させられるか、粉砕されるか、消滅させられるか……使いどころは気をつけよう。

 頭蓋骨が落ちかねない勢いで肩を揺らしてきた彼女をなんとか落ち着かせ、説得する。


「あくまでも可能性だ、可能性。ありえなくもないから、この拠点を探索するのだ。わかったか?」

命令受諾アクセプト。エプロン様、しばしお待ちを。今、ワタシが助けに馳せ参じます」


 自称”感情がない人型魔導兵器”はやる気を漲らせ、一枚のエプロンも見逃さないよう、瞬きもせずに探索を開始する。


 生物じゃないからこそできる荒業だな。

 だけど彼女の瞳が血走っているように見えるのは気のせいだろうか。


 その後、宙賊が拠点にしていたという古代文明の遺跡をくまなく探した結果、奴らが略奪したと思われる大量の食糧や武器、魔導具、貴金属などを見つけることができた。

 中には古代文明の遺産と思われるものもあり、売れば一財産を築けるだろう。もうウハウハである。


 ルルイエのほうもいくつかのエプロンのデータがインストールされた服飾ナノマシン機器デバイスを見つけたようで、祈り倒さんばかりに感激していた。

 手に入れたデータをホロクラム状に投影し、あらゆる角度からうっとりと眺める始末である。


「はぁ……数千年もさほど変わらぬエプロン様の洗練されたこの形状――もはや神のデザインと言っても過言ではありません……!」

「そ、そうか……それはよかったな」

「マスター、一つお聞きしたいことが。このエプロン様をデザインしたユニシロ? というのは今の時代で有名なメーカーでしょうか?」

「ユニシロか? ああ、もちろん。宇宙全土に展開している大手衣料品メーカーだな。安くてカジュアルな服飾データを販売しているんだ」

「なるほど。たくさんのエプロン様を期待できそうですね」


 宇宙全土に展開しているメーカーだ。エプロンだけでも数千種類はあるのではなかろうか。

 他のメーカーも合わせたらどれほどのものになるだろう。想像もつかない。

 間違いなくエプロンを信仰しているルルイエは狂喜乱舞しそうだ。


「ルルイエ、そろそろいいだろうか? 私の宇宙船の様子を見に行きたいんだが」

「マスターは宇宙船をお持ちだったのですか。わかりました。同行しましょう。マスターが座する船は、いわば旗艦です。ワタシも嫁イビリをする姑のような気持ちで厳しく見定めさせていただきます」

「それは地味に嫌だな……」


 窓際を指でスゥーッと拭って埃が残っていないか確認されそうだ。

 私が殺されてからどれくらい経ったかわからないが、軽く改造され、乱暴に使われていたという部分も考慮に入れてくれると助かる。

 軽く見た感じ、掃除なんかされていなかったし。


 ああ、そうだ。首を切って殺した宙賊の死体もそのままだ。血溜まりも広がっているに違いない。


 マズいな。ルルイエにネチネチと小言を言われそうだ。

 そんなこんなで地上へと戻り、宙賊から取り戻した自分の宇宙船のもとへと向かったのだが――予想外の光景に私は呆然と立ち尽くす。


「なぁっ……私の宇宙船が、無い!?」


 私の宇宙船が停泊していた場所、そこに機体は存在していなかった。

 地面に力なく横たわる、左翼の一部が辛うじて残るのみ。

 半分ほど消失した髑髏のイラストが私の宇宙船の一部だったことを物語っている。


「なんで……どうして……私の船はどこへ……」


 現実を受け入れられず、思わず膝から崩れ落ちる。あまりのショックで顎も外れた。

 だがしかし、この場には空気を読めない自称”感情がない人型魔導兵器”がいる。


「ねぇねぇ、の前で奇行に走る不審者マスター。ではなくて、マスターの所有船はどこです? ではなくて、どの船ですか? ワタシの超絶高性能眼球カメラやあらゆる超絶高性能センサーには、やセンスや美の欠片もない改造船やしか映っていませんが。ワタシの探知能力を上回るすんばらしい宇宙船をお持ちなのでしょう? ではなくて。そんなを見てカタカタ笑っていないで早く見せてくださいよ! ねぇねぇ! マスターったら!」

「ルルイエぇ……! いちいちを強調するな! わかってて言っているのだろう!?」

「はて? なんのことでしょう? ルルイエ、わかんない!」


 こんのぉ~! 隠そうともしない露骨なすっとぼけ顔が腹立たしい! 一人称も変わっているし! 人の不幸がそんなに面白いかっ!?

 だが、彼女に対する怒り以上に宇宙船を失ったショックのほうが大きい。


 くっ! 私に瞳があったら大号泣していたぞ。悲しいことがあっても泣けないことが悔しい。


 うぅ……どうしてこんなことに……!


 周囲には部品等は散らばっておらず、爆散した形跡はない。この星の魔物がやってきて、暴れまわったというわけでもなさそうだ。外にいた宙賊は私がこの手で殺したし……。


 左翼の断面を見る限り、まるで高出力レーザー砲に貫かれたような滑らかな断面だ。宇宙の航行に耐えうる硬い金属が、バターのごとく綺麗に…………ん? 高出力レーザー砲? なにやら心当たりと嫌な予感が……。


 ふと見ると、ちょうど宇宙船が停泊していた場所に向けて、真っ直ぐ地面を貫通した大穴がぽっかりと穿たれていた。


「ぬおおおおっ!? ルルイエのレーザー砲が私の宇宙船に直撃したのかぁっ!? なぜだっ!? なぜそんなピンポイントに……!」


 打ちひしがれて嘆く私の肩骨にポンッと誰かが手を添える。ルルイエだ。


「マスター……どんまい!」


 くっ! もとはと言えば誰のせいで――いや、ここでルルイエのせいにするのは八つ当たりになってしまう。たとえルルイエがイラッとするほど満面の笑みを浮かべてサムズアップしようとも、怒りを抱くのはお門違いだ。


 あの時の彼女はレーザー砲の先に私の宇宙船が停泊しているなんて知らなかったのだから。


 誰かのせいにするとしたら、宙賊のボスだろう。あの男がレーザーを放つ直前に避けようとしなかったら、発射角度が斜め上になることも無かったのだ。

 やはり宙賊のボスが悪いな!


「ふぅ。少し落ち着いた」

「マスター、どうします? マスターの宇宙船はになったようですが。ワタシ、停泊しているセンスと美の欠片が微塵もない粗野な船に乗りたくありませんよ」


 それには私も同意しよう。幽玄提督閣下に憧れる身として、こんな洗練されていない船で旅をしたくないし、閣下の名に傷がつく! それは避けねば!


 ただでさえ複雑な宇宙船を素人が改造したらとても危険なのだ。こんなありあわせの部品で改造された宇宙船は、いつ爆発してもおかしくないだろう。長距離の航行にも耐えられそうにない。


 宇宙空間でも骸骨スケルトンである私は死なないだろうが、永遠に宇宙を彷徨い続けるのは御免蒙る。


 しかし、この星から脱出するには、どれかに乗船するしかないんだが……。

 一番マシなのはどれか探していると、ルルイエが、やれやれ、と呆れたように肩をすくめる。


「仕方がありませんね。ワタシが所有する船をマスターに差し上げましょう」

「船を持っていたのか、ルルイエ!?」

「ええ、まあ。壊れかけていますが、これらの船よりはマシでしょう」


 そう言って、ルルイエは自らの胸に手を伸ばす。

 すると、ボディラインを強調させるボディスーツのような服が一部変形し、豊かな生の胸の谷間が露出する。

 ギョッと存在しない目を見開く私の前で、彼女は豊満な胸の谷間に指を突っ込むと、胸の間から一枚の銀色のカードを取り出した。


「それは?」

「宇宙船の概念データを格納しているカードキーです。ご存じありませんか?」

「知らんな。概念データを格納、という意味はわかるのだが、原理はさっぱりわからん。どう使うのだ?」

「頭が空っぽのマスターにもわかるよう説明すると、この中に宇宙船の概念データがインストールされていて、データをアップロードすることで実体化させることができます。概念データにすることで、質量保存の法則を無視できます。なにせデータですから」


 なるほど……今、さりげなく私はディスられたな。実際、頭は空っぽなのだが。


「古代文明はそんなものまで作れたのか」

「古代文明……ワタシが役目を終えてから一体どれほどの月日が流れたのでしょうか? ワタシが造られた時代では一般的な技術でしたが。まあ、そんなことはどうでもいいでしょう。大切なのはエプロン様です!」

「いや、今大切なのは宇宙船だからな? 宇宙船の話をしていたからな? 忘れないでくれよ」


 ルルイエはすぐエプロンの話になるから、こうして念押ししないといけない。


「では、早速召喚します」


 銀色のカードキーを持つ彼女の黒い瞳がチカチカと点滅する。


「解除コード<送信>」


 彼女と接続アクセスしたからか、それとも同調シンクロしたからか、カードキーの表面に薄っすらと量子回路を連想させる緻密な幾何学模様が浮かび上がった。

 おそらくそれは魔法陣。現代の技術でも解読不能な超高度な技術なのだろう。


「顕現座標<固定>。データを投影します」


 な、なんだこれは……!?

 ルルイエの操作に従って淡く輝いたカードキーから光が放たれ、目の前に全長500メートルを優に超える巨大な船のホログラムが浮かび上がった。

 私はボケーッと間抜けな顔でホログラムを見上げる。


「顕現<開始>。アップロード中……アップロード中……プロセスは正常です……アップロード中……アップロードが99%完了しました。【混沌の玉座ケイオス・レガリア号】が実体化します」


 ルルイエが抑揚のない機械のような無感情の声で淡々と報告した次の瞬間、赤い土を巻き上げて強い風が吹き抜ける。


 ただのホログラムだった船が現実世界に実体化し、質量を取り戻したのだ。


 私たちの目の前に出現したのは、木造の巨大なガレー船だった。これまた巨大なオールがいくつも側面から突き出ている。


 デザインは何万年前のものだろうか。人が漕ぐガレー船は、人類が宇宙に飛び出す前の原始文明時代の船だった気がする。


 時代遅れどころか、もはや化石と言っても差し支えないガレー船は、これまた酷くボロボロだった。


 船体にはいくつも穴が開き、オールは何本か途中から折れ、手すりは役割を果たしておらず、帆は汚れた雑巾のようにボロボロ。ところどころ焼け焦げた跡も残っている。


「えーっと、ルルイエ? この船は本当に宇宙船なのか……?」

「【混沌の玉座ケイオス・レガリア号】――第7094382期”人類楽園計画エデンプログラム”に使用された人類輸送艦です。この船でワタシたちは星の海を旅したものです」

「”人類楽園計画エデンプログラム”?」

「生存可能な惑星へと人類を送り込み、開拓し、文明を築き、繁栄して、全宇宙を発展させるという、なんとも傲慢な人類らしい計画です。ワタシはこの船と乗り込んだ人類を護る役目を与えられました」


 現代の技術でも解析不能な古代文明時代の高性能な宇宙船のことを【旧き箱舟ロスト・アーク】と呼ぶが、この船はまさしく『箱舟アーク』だったわけだ。


「ならば、初めて到達した遥か彼方の惑星で人類が発見されるのは……」

「”人類楽園計画エデンプログラム”の影響でしょう」


 長年学者を悩ませてきた宇宙の謎の一つが、ここであっさりと解明されてしまったのだが!


 そうか。人類は各々の惑星で生物が進化を遂げて自然発生したのではなく、遥か古代に宇宙から飛来して移り住んだ人間の末裔なのか。


 それならば新たに発見された惑星に、外見が私たちとさほど変わらない人類が存在していても納得できる。

 起源ルーツはみな同じなのだな。


「壊れかけと聞いていたが、これほど酷いとは……」

「宇宙を航行中に魔物の群れに襲われたのです。何隻も撃沈し、数を減らしたワタシたち一団は、なんとかこの星に不時着しました。ギリギリ生存可能だったので文明を築いたのですが……この様子だと失敗したようですね」


 文明の跡形もない荒野を見渡する彼女の表情からは何も伺えない。

 悲しんでいるのか、嘆いているのか、それとも何の感情も抱いていないのか、ルルイエのみぞ知る。


「この星の文明が滅びた理由に心当たりはあるだろうか?」

「おそらく環境の急激な変化でしょう。当時、ワタシたちが想定していた以上に恒星の活動が活発化しているようです」


 恒星たいようの光を反射して夜空に眩しく輝く衛星つきを見上げる彼女は、無表情で首を振った。


「過去のことを嘆いても仕方がありません。嘆くのなら失われたエプロン様のことを嘆かなければ!」


 それも過去のことではないか? 失われたエプロンというのも立派な過去のことだと思うのだが?

 絶世の美女なのに知れば知るほどエプロン狂いで残念なところはルルイエらしい。

 古代人はどうしてこんな性格にプログラムしたのだろうか。甚だ疑問である。


「穴が開いているが飛べるのか?」

「100万光年ほどの航海には耐えられると試算しています。できれば星脈や惑星の地脈、海脈といった魔力が豊富な場所にしばらく留まり、木材や金属を補充すれば自己修復も可能です」

「そうか……なら問題なさそうだな。さすが【旧き箱舟ロスト・アーク】。自己修復機能も備えているとは」


 私は木造のガレー船を見上げる。

 最初はどうかと思ったが、見れば見るほど格好いいではないか。


 近代の機能的なデザインの宇宙船よりも原始文明のガレー船を模した形状のほうが趣深く、味がある。

 それにインパクトも強い。私が乗っている船だと誰もが一目瞭然だ。


 宇宙で名を馳せようと思っている私にはピッタリなのではなかろうか。

 問題は、原始文明時代から伝わる幽霊船っぽいことだ。

 至る所ボロボロで、船長が骸骨――いや、逆に考えろ。恐怖を誘うには最適ではないか!


「私はこの船がとても気に入ったぞ! 我々の覇道はこの船とともに始まるのだ!」


 私は骨をカタカタ鳴らして哄笑する。


「ルルイエよ。準備を始めよう。それが終われば出航だ――!」


 彼女は船員クルーらしく船長たる私に至極真面目な表情で敬礼する。


「ブ・ラジャー!」

「ブはいらん!」


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