第4話 古代文明の遺物




「ぬおっ!?」


 今まで私がいた場所を神の裁きを連想させる極太の光が通り過ぎて行った。

 咄嗟に錬金術を発動させて場所を移動していなければ、私は塵ひとつ残らず消滅していただろう。ドロドロのマグマ状に融解した金属や大地が猛烈な熱を発している。


 し、死ぬかと思った……。


 心臓がバクバクしている……冷や汗ものだぞ……って、私にはバクバクする心臓も冷や汗を流す皮膚や汗腺も存在していないな! アッハッハ!

 心の中で大笑いしていると、


『出て来やがれ! てめぇの位置はバレているぞ、襲撃者ぁ!』


 私の頭上を斜めに突き進んだビームが綺麗に掠めて通り抜けていく。

 おっと。穴が開いてしまったではないか。これでは身を隠せない。


 おそらく探知レーダーの魔導具か機械か魔法かを利用して、私の居場所を正確に把握しているらしい。

 今さっきのビームだと、逃げるのも難しそうだ。


 仕方がないな。お望み通り、出て行ってやろう。


 だが、念のため金属の壁を隔てて相手からの視界を遮る。出て行く瞬間を狙い撃ちされたら堪ったもんじゃないからな。

 私は宙賊を信用していない。信用するわけがない。


『俺の仲間をえげつねぇ手段で大勢皆殺しにした奴はどんなツラしてんのかと思ったら、ハハッ! 顔が骨じゃねぇか! 骸骨スケルトンかっ!』

「……ああ。貴様らが殺した元人間だよ」


 私は床下の穴から這い出し、厳つい顔立ちの宙賊のボスと向かい合う。

 彼はダルマのようにずんぐりむっくりした作業用の重機鎧のコックピットに乗り込んでいた。


 無骨な機械腕アームが握っているのは、銃形態の小型レーザー砲だ。先ほどの光線はこのレーザー砲によるものだろう。


 この手の携帯型レーザー砲は連射できない仕組みのモノが多い。

 実際、砲身が赤く発熱して、再使用にはまだまだ時間がかかりそうだ。


 ボスの横には同じく二体の重機鎧を纏った宙賊がいる。

 彼らの背中から太いワイヤーが伸ばされ、天井には船のアンカーに似た杭が深々と突き刺さっている。


 ワイヤーを使って空中に逃れたことで、私の攻撃が届かなかったに違いない。

 床だけの攻撃だったのは失敗だったな。


『驚いた。まさか喋れるとはな。俺たちが殺した人間……? どれだかわからねぇな、多すぎて。いちいち覚えてねぇよ。お前、固有個体ユニークか?』

「いいや。名持ちネームドさ」

『チッ! 面倒な! 名持ちネームドならしゃあねぇ。仲間が死んだのも納得だ』


 舌打ちをして肩をすくめるボスだが、その鋭く狡猾な眼光は私をとらえて瞬きすらしない。一切油断せず、露骨に警戒している。

 それほど私を脅威とみているのか。これは誉れと受け取ろう。


『知恵がある魔物に時間を与えると面倒になるってのが常識なんだ。お前も元人間なら知っているだろう? 早速切り札を使わせてもらうが、悪く思うなよ』


 コックピット内でニヤリと笑った宙賊のボスは、重機鎧の機械腕アームを前に突き出す。


 機械の手の上に握られていたのは、表面に血管に似た赤黒い緻密な幾何学模様が描かれた、アンティーク調の古ぼけたはこだった。


 目を奪われるほど美しすぎるデザインゆえに、どこか総毛立ち、背筋が震える不気味さがある。

 得も言われぬ異様なおぞましさ。吐き気を催すほどの神々しさ。

 ずっと見つめていると眩暈に似た浮遊感が襲い、あまりの快感に狂った笑い声を上げそうになる。

 模様が脈打つ心臓のようにドクンドクンと輝いているのは私の気のせいか……。


『ここはなぁ、もともとは現代の文明よりも遥かに高度な技術を持っていた古代文明の遺跡なんだよ』


 ニヤニヤとコックピットの中で下賤な笑みを浮かべる宙賊のボスが、冥途の土産と言いたげに余裕綽々と聞いていないことを饒舌に喋ってくれる。

 壁が特殊合金で覆われていたのは古代文明の遺跡だったからなのか。しかも高度に発達した文明……なるほどなぁ。納得納得。


『偶然見つけて、俺たちが使ってやっている。驚いたことに誰も足を踏み入れた形跡がなかった。つまり古代文明の遺物が丸々残っていたわけだ! これも遺物の一つ、【パンドラの匣】さ』


 古代文明の遺物というのは私も生前に聞いたことがある。

 どういう理由でつくられたかわからないただの石像から現代文明でも解析不可能な大量破壊兵器まで、それは千差万別。危険度は詳しく調べてみないとわからない。


 だが、高度に発達した古代文明の遺物はどれも危ないものが多いという。


 宙賊のボスが握っているのは調べなくてもわかる。本能がアレはヤバいと訴えている。

 絶対に人間が使ってどうにかなるものじゃない。アレは使ってはならないものだ。

 だが宙賊のボスは、悪辣に笑い、


『どうみてもヤバいもんだから、本当は売っぱらうつもりだったんだがよぉ。予定変更だ。お前と戦って死ぬよりも、こいつを使って生き延びる可能性に俺は賭けるぜ! つーわけで、死ね!』


 表面の模様を赤い光が駆け抜ける。匣の封印が解かれようとしているのだ。

 今すぐこの場から離れなければ、と本能が危険を訴えているのに、私の体は凍り付いたように動かない。


 完全に私は匣に魅了されてしまっていた。


 倒すなら今がチャンスだったはずだ。しかし、囚われていたのは宙賊たちも同じ。

 私たちはポリゴン状に分解されていく匣に見惚れ続ける。


『「…………」』


 分解された匣はほどけるように細かな漆黒の闇の粒子と化し、ゆっくりと渦を巻き始める。


 その様子は、宇宙に広がる銀河を連想させた。


 渦巻く闇は次第に中央へと集まり、凝縮していく。そして突然、カッと視界を奪うほど眩しい漆黒の輝きを放ったかと思うと、次の瞬間には虚空に黒い凧形二十四面体の小さな結晶が浮かんでいた。


『なんだ、これは……これが古代文明の遺物か……?』


 宙賊のボスも呆然とするほどの、まさに輝く闇。光を吸収するほど漆黒なのに強烈な輝きを放つという矛盾した物体。


 膨大な力が渦巻いているのがヒシヒシとわかる。でも、一切何も感じない。封印されていた時もあれだけ異様な気配を漂わせていたのに、今は無に近しい凪いだ雰囲気なのが逆に恐ろしい。


 少しでも意識を逸らせば、存在を見失ってしまいそうだ。


「……輝く闇シャイニング・トラペゾヘドロン


 思わず口を衝いて出た私の言葉がきっかけとなったのか、黒い凧形二十四面体の結晶が再び変化する。


 ピシッと表面に亀裂が走り、音も立てず砕け散る。そして、まるで凧形二十四面体の小さな結晶の中に閉じ込められていたかのように、一人の美しい女性が顕現した。


 ふわりと舞う艶やかな黒髪。きめ細かな素肌。完全なる左右対称の女神の如き美貌。メリハリのある黄金比の体には、金属光沢を放つボディスーツのような機能的なデザインの衣装で覆われている。体の艶めかしい曲線を強調して、何がとは言わんがとてもエロい。


 彼女は重力から解放されたような不自然な落下で柔らかく床に着地し、ゆっくりとその美しい瞼を開く。


「封印の解除を確認。戦略級惑星破壊用人型生体魔導兵器ティックB型072号改改【ルルイエ】、起動しました」


 抑揚の乏しい声で滑らかに言葉を喋ると、周囲を見渡し、彼女はコテンと可愛らしく首を傾げる。


「ワタシの所有者マスターは誰でしょうか?」


 彼女の問いかけでようやく私たちは我に返る。

 あまりに予想外のことが起こりすぎて、脳がフリーズしていたようだ。

 ほんの少しの差で、宙賊のボスが彼女に声をかける。


『俺だ! お前の所有者は俺だ!』

「そうですか」

『早速命令だ! そこの骸骨スケルトンを殺せ!』


 チッ! しまった! 彼女は『兵器』と言っていた。人間よりも人間らしい見た目をしているが、まさか彼女は高度に発達した古代文明の兵器……!?


 これはとてもマズい。マズすぎる!


 名持ちネームドとはいえ、私は生まれたばかりの弱い骸骨スケルトン。古代兵器に勝てるわけがない。


 勝利を確信した宙賊のボスが、コックピット内で愉悦に歪んだ笑みを浮かべる。が、


「では、認証申請――」

『……は?』


 彼女は宙賊のボスの命令など聞こえていなかったかのように綺麗に無視し、無感情な黒い瞳を彼に向ける。

 そのまま実に人間らしい感情がこもった真剣な声音で言葉を紡ぐ。




「――メイド服には、エプロン or ノットエプロン?」



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