第3話 宙賊の拠点
「カハッ……!?」
睡眠中の宙賊の男が苦しげな呼吸を吐き出して意識を失う。
私は慎重に鋭利なナイフを片手に近寄ると、ちゃんと気絶していることを確認して、これ以上苦しませないよう一息に切っ先を心臓に突き入れた。
ナイフを抜いた瞬間溢れ出す真っ赤な鮮血。むせ返るような血の臭いが部屋に充満する。
宙賊の男は何度かビクビクと痙攣した後、目を覚ますことなくそのまま静かに絶命した。
「これで6人目か……」
彼は最期まで自分の身に何が起きたのかわからないまま死んだだろう。
悪行の限りを尽くした宙賊には優しすぎる死だったかもしれない。
人を殺し、略奪し、人の尊厳を踏みにじる宙賊は、罪を償わせ、もっと苦しい死が相応しいと言う者もいると思う。
だが、今の私にそんな余裕はない。拘束する力も、ましてや拷問する力や時間もないのだから。
あっさりと皆殺しにして力の糧にする――それが私なりの復讐だ。
この復讐には誰にも口出しをさせない。
もし私に意見したいのならば、奴らに殺されてから言いたまえ。私のようにな。
奴らの被害に遭った者だけが私の気持ちをわかるし、私も耳を傾けよう。
結局、人は同じ被害を遭わなければ、その人の気持ちを理解できない生き物なのだ。
まあ、私はもう人間じゃなくて魔物だがな! アッハッハ!
「さてと、宇宙船にいた宙賊は全員処分できたか。あっさり終わったな。警戒し過ぎたか?」
停泊していた宇宙船で寝ていた宙賊を全て無力化した。
最初の男のように高級な
侵入の際に錬金術で外壁の一部を分解し、外気を室内に流し込めば、それで終わり。
眠っている間に酸素が薄い空気を吸い込めば、もう二度と目覚めることはない。あとは無防備に体を晒す宙賊にトドメを刺す単純な作業だった。
魔物になったからか、これが復讐だからか、人を殺したというのに、罪悪感も、嫌悪感も、不快感も、高揚感も、達成感も、興奮も、何一つ感じない。
まるで葉を喰らうイモムシに無言で殺虫スプレーをかけたような、無関心に近い心が凪いだ無感情さ。
『こんなもんか』とあっさりと受け入れてしまった自分に驚いたくらいだ。
「レベルはどうなっている? 少しくらい強くなっているといいが。
――――――――――
【名前】ランドルフ・ラヴクラフト 享年33
【種族】
【階級】下級不死者
【職業】見習い錬金術師Lv9 ←8UP
【技能】『操船Lv14』『錬金術Lv20』←1UP『調薬Lv14』『魔導具製作Lv4』『呪術Lv8』『暗殺術Lv1』←NEW『闇属性耐性Lv50』『聖属性脆弱Lv100』
【称号】『
――――――――――
「ほうほう。6人殺してレベルは13か。相手が強かったのか、私が弱かったのか……きっと後者だな」
数時間、錬金術に耽っていただけで職業レベルは9に上がり、錬金術の技能も19からレベルが1アップしてとうとう20台に突入している。
生前では何年も伸び悩んでいたというのに、たった数時間でレベル20への壁を越えた。
人を殺したことよりも、この成長率のほうに動揺する。
――魔物のほうが成長が早いのだろうか?
可能性は高い。
「しかも『暗殺術』という新たな技能も獲得しているし、いいこと尽くめだな」
今の状況で暗殺に成長補正がかかるのはとても嬉しい。
本当は正面から正々堂々と力でねじ伏せ、蹂躙してやりたいところだが、それは絶対的な強者がやることで、弱者の私がやることではない。
いずれ幽玄提督閣下のように強くなってやればいいこと。
暗殺だろうが、卑怯な手段だろうが、今は生き延びることを優先しなければ。って、私はもう死んでいるがな! アッハッハ!
「残りは
やることは変わりない。暗殺や奇襲。
数を個で相手にするには、各個撃破して減らしていくしかないのだ。
私は宇宙船の外に出て、拠点を制圧する前に、ふと硬い金属の外壁に手を伸ばす。
少し改造された中古の宇宙船。見慣れた宇宙船だ。
それもそのはず。最後に殺した宙賊が寝ていたのは、私から奪った宇宙船の中だったのだ。
「もう少し待っていてくれ。必ず取り戻すから」
ポンポンと愛機を撫で、私は復讐の昏い炎を滾らせる。
宙賊たちには、私から夢と憧れを奪った報いを受けてもらおう。そして、幽玄提督閣下にまた一歩近づけた感謝を丁重に述べなくては!
奴らの拠点は、死に絶えた星の地下に存在していた。
穴そのものは崩落や浸食で穿たれたようだが、中の通路は自然にできた洞窟という感じではなく、白に似た鉛色の合金で天井や床、そして側面の壁が綺麗に覆われていた。
腐食しない特殊合金のようで、数千年前に造られたようにも、数か月前に造られたようにも思える。
壁には文字や紋様等もなく、年代がわからない。あるのは天井の魔導照明くらいだ。監視カメラの類もない。
宙賊たちがわざわざ整えたのか?
どうなのだろう。綺麗好きっていう線は薄そうだ。通路のあちこちにゴミが散乱しているから。
こんなにも綺麗に継ぎ目やムラなく几帳面に壁を合金で覆う人間が、ゴミをそのままにしておくのは納得しにくい。
通路の壁面を整備した人物はもう既に死んでいる可能性もなくはないが。
「おっと。気密隔壁か」
合金で覆われた通路を少し歩くと、すぐに外気を遮断する分厚い気密隔壁が立ち塞がる。
ということは、この先が居住区域なのだろう。
さて、この先はどうしようか。
隔壁に穴を開けるのは簡単だ。しかし、あまり派手にやると居住区域内の酸素濃度の低下によって気密隔壁が自動で下りて、宙賊に私の存在がバレる……。
「時間はかかるが、安全に行くしかない、か」
私は気密隔壁の近くの壁に手を当て、錬金術を発動させる。
「<解析>、<分解>、そして<錬成>」
特殊合金とその奥の材質を解析し、塵に分解する。
人が一人入れるくらいの空洞を作り出すと中に入り、錬成して入り口を塞ぐ。
真っ暗な密閉空間になったものの、呼吸をしない私には何の影響もない。
そのまま軽く錬金術で空間を掘り進める。すると、
「<解析>……よしよし。この先が居住区域だな。ならば軽く穴を開けて、少しずつ空気を入れ替えれば、酸素濃度もほぼ影響がないから私の存在がバレない、と」
存在しない耳を澄ませても、気密隔壁が下りる音はしないし、宙賊が侵入者に気づいた気配はない。
まずは第一関門突破だな。
次は宙賊を各個撃破していく予定なのだが……問題は監視カメラの存在だ。
用心深い宙賊が居住区域に監視カメラを配置していないはずがない。
廊下を歩けば一発で私の存在と場所がバレてしまう。
奴らにバレない方法は――
「そうか。このまま壁の中を進んでいけばいいのか!」
なんだ。簡単じゃないか。
結構行き当たりばったりで、これからどうしようか悩んでいたのだが、答えは意外と簡単だった。
宙賊たちもまさか壁の中から侵入者が襲ってくるとは思ってもいないだろう。
こんな奇想天外な方法を誰が予想する? 絶対に無理だ。
「ひとまず居住区域の間取りと宙賊の位置を把握するとしよう。暗殺はその後だ」
私は決意を新たに、錬金術を駆使して壁の中を突き進むのだった。
■■■
二段ベッドが並ぶ寝室の一つでイビキをかいていた宙賊たちを全員殺したその時、居住区域内がなにやら騒がしくなった。少し遅れて警報音が鳴り響く。
ここに辿り着くまでに他に二か所ほど潰したので、それがバレてしまったようだ。
思っていたよりも早い。
あまり時間がなかったので死体をそのままにしておいたのが悪かったのかもしれない。血の臭いがしないよう、錬金術の人体錬成で息の根を止めたのだがな。
錬金術で死体を塵にしていたほうがよかっただろうか。
「まあいい。外の奴らも合わせて20人以上は排除できたなら良しとしよう。どうせやることは変わらない。宙賊どもは皆殺しだ」
私はまた壁の中に潜る。
万物の組成を操る錬金術ならば、自分を中心とした一定領域内の状況を量子単位で把握することができる。
それを利用して索敵し、慌ただしく動き回る宙賊の位置を特定。近寄ったところを床の合金を操って転ばせ、倒れ込んだところをさらに鋭利に尖らせて一気に串刺しにする。
≪【種族】のレベルが上がりました≫
予測不能で理解不能な攻撃に宙賊たちはパニックに陥っていた。
連携も何もあったものではない。数が乱れたら意外と脆い。
恐慌してバラバラに動く奴らは格好の獲物だ。一人一人確実に仕留めていく。
残りも少なくなった頃、
『全員武装して中央広間に集まりやがれぇー! 襲撃者だぁ!』
居住区域内に男の荒い大声がスピーカーから響き渡った。
宙賊のボスか幹部の号令だったのだろう。混乱していた宙賊たちは一気に我に返り、同じ方向へと駆けだす。
ほうほう。そっちが中央広間とやらか。案内ご苦労。
私は床下に潜ったまま、人が集まる方向へと進む。
宙賊たちがゾロゾロと集結していたのは、ドーム状の少し広い空間だった。
その広間の真下で私は錬金術を発動。
「<解析>」
ふむ。残りの人数は11人か。各々武器を構えているな。
戦闘用の魔導鎧や作業用の重機鎧を纏っている者もいるようだ。
これだけ集まっているのなら、もう各個撃破は難しい。統率が取られてしまっている。私には不利な状況が整ってしまった。
もう少し減らしたかったがやむを得ない。
「ならば一斉攻撃といこうか。<錬成>!」
奴らの床下の金属を操り、杭を伸ばして串刺しにする。
――何度も何度も何度も何度も何度も。
硬い鎧を纏っていようが、金属を操って捕らえ、関節部分や駆動部分にねじ込ませる。
「<錬成>、<錬成>、<錬成>、<錬成>!」
≪【種族】のレベルが上がりました≫
≪【職業】のレベルが上がりました≫
≪【暗殺術】のレベルが上がりました≫
≪【錬金術】のレベルが上がりました≫
「<錬成>…………そろそろ全員死んだか?」
何度目かわからない錬金術の発動を止め、恐る恐る頭上の空間の様子を探る。
微かに聞こえていた断末魔の叫びももう聞こえない。
終わったか、と一瞬フッと気を抜いた意識の間隙を突いて、膨大なエネルギーの高まりが空間を揺るがしたのはその直後のことだ。
『てめぇ! そこに隠れてたか!』
金属や床材を貫いて極光のビームが深々と大地を抉る。
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