第2話 職業と奇襲


 宙賊に復讐すると決めたのはいいものの、まずは慎重に行動しなければ。

 私はまだレベル1の骸骨スケルトン。生前の知恵がある分若干マシだが、宙賊と比べたら圧倒的に弱い。

 ゆえに、レベルを上げて強くなるか、奇襲で倒すしかない。


「となると、奇襲しかないか」


 辺りに魔物の気配はない。魔物がいたとしても今の私で倒せるか微妙なところ。

 戦闘の音で宙賊に気づかれたら元も子もない。

 ならば取れる手段は一つだけ。奇襲で各個撃破。そしてレベルを上げる。


「問題は、戦闘系の技能を持っていないことだな」


 私は、錬金術で屑鉄の分解や呪術を用いたまじない薬でお金を稼いでいた。

 そもそも運動は苦手だったから戦闘で稼ぐことはできなかったのだ。


 骸骨スケルトンになって『闇属性耐性』を獲得できたのは嬉しいが、他の属性の耐性はなく、聖属性は特に致命的になってしまっている。

 恒星の光を浴びている今、骨に気怠いむず痒さを感じていることから、光属性にも弱いのかもしれない。


 まあ、アンデッドだからな! 不死者系の魔物が本領発揮するのは夜や洞窟などの暗闇の中だし。


 ……ますます私に不利な条件が整ってしまった。


 万全を期すならば、夜になるのを待つことだが……この星に夜は来るのだろうか?

 この星が自転していなければ、昼と夜は切り替わらない。また、ここが高緯度だったら白夜もあり得る。


「数時間か十数時間くらい待つか。焦って死にたくないしな……おっと、もう死んでたか! アッハッハ!」


 アンデッドになってからジョークが冴え渡っている。聞かせる相手がいないのが実にもったいない。


「暇つぶしに錬金術のレベルでもあげておくか。一番役立ちそうだからな。土を分解したり錬成したりしたら熟練度も上がるだろう」


 万物の組成を操り、神へ至る大いなる秘術と言われる錬金術ならば、あらゆるものを自在に操ることができる。


 いくら鍵をかけたって錬金術の前ではすべてが無駄だ。鍵を変形させたり、扉そのものを分解したり、どんなことも可能だ。

 拠点への侵入にも役立つに違いない。


 欠点としては、緻密な魔力制御技術が要求されることと、魔力を多く必要とすること、発動範囲が狭いこと、そして術者の知識に左右されることだろう。優れた術とはいえ万能ではない。


「そういえば、魔物化したら職業が設定されていなかったな。今のうちに設定しておくか」


 職業とは、魂に刻む役割ロールのようなものだ。

 その職業に合った行動をすれば、特定の技能の成長補正が得られる。


 詳しくは知らないし、まだ原理がよくわかっていなかったと思う。

 世界の創造神が生物に与えた可能性を自ら選ぶ権利、とかなんとか言っている学者もいたっけ。

 ひとまず、これからの宙賊を倒すのに補正がかかる職業に就きたいが――


「「魂魄情報端末ソウル・デバイス<検索>『就職可能な職業一覧』」



 ――――――――――


【就職可能な職業一覧】

 ・見習い錬金術師

 ・見習い薬師

 ・見習い魔導具師

 ・見習い呪術師

 ・見習い船乗り

 ・見習い宇宙船乗り


 ――――――――――



「な、ななななな、なんだってぇ!? 職業一覧から『見習い宇宙船船長』が無くなっているだと!?」


 職業がリセットされて見習い職しかないのは許そう。生き返って魔物化したんだ。多少のデメリットは許容せねば。


 だが、なぜ船長職が無くなっているんだ!?


 死ぬ前は『見習い宇宙船船長』から『宇宙船船長』に就職したはずなのに!

 それだけは納得できない。許容できない。理解できない!


「……もしや条件を満たさないから職業一覧に出てこないのか?」


 職業が一覧に表れるのに特定の条件が必要となるのは常識だ。

 条件を満たしていないのなら就職できないのも当然のこと。

 では、『見習い宇宙船船長』の発現条件は……


「宇宙船を所有していないから表示されないのか!? 宙賊に奪われたから条件を満たしていないのか! おのれ宙賊どもめ! 私の命を奪うだけでなく、夢と浪漫と憧れさえも奪うか! 絶対に許さんぞ!」


 今すぐ根絶やしにしたい衝動をギリギリ理性で抑え込む。

 突撃しても負けるだけだ。それにこんな時、幽玄提督閣下は怒りのまま行動しない。緻密な準備と力を蓄え、冷酷なまでに理性的かつ全力で叩き潰すのが彼のやり方だ。

 幽玄提督閣下に憧れる私が、そんな軽はずみな行動をしてはいけない。


「……ふぅ。落ち着いた」


 やはり幽玄提督閣下は素晴らしいお方だ。私なんかではすぐに感情に任せてしまいそうになる。

 私も彼のように万全の態勢を整えて、宙賊どもの息の根を完全に止めてやろう。


「ここは『見習い錬金術師』の職に就いて、錬金術を伸ばしていこう」


 急がば回れ。今は錬金術だけが頼りだ。

 船長職は宙賊どもを根絶やしすれば確実に就職できる。その前に死んでしまったら元も子もないのだ。

 まあ、私はもう死んでいるがな! アッハッハ!


「では、見習い錬金術師を選択と」



 ≪【職業】に『見習い錬金術師』が選択されました≫



 ――――――――――


【名前】ランドルフ・ラヴクラフト 享年33

【種族】骸骨スケルトンLv1

【階級】下級不死者

【職業】見習い錬金術師Lv1

【技能】『操船Lv14』『錬金術Lv19』『調薬Lv14』『魔導具製作Lv4』『呪術Lv8』『闇属性耐性Lv50』『聖属性脆弱Lv100』

【称号】『名持ちの魔物ネームド・モンスター


 ――――――――――



「よしよし。ちゃんと職に就けたな。ならばやることは一つだ」


 夜が来るまでひたすら錬金術のレベルを上げる。

 私は宙賊たちに気づかれないよう少し離れて、手ごろな石を拾い取った。




 ■■■



 それから体感10時間と少し経った頃、死に果てた荒野の世界は真っ暗な闇に包まれていた。


 ――夜が来たのである。


 おそらく気温はマイナスの極寒なのだろうが、骨の魔物である私には効かない。

 むしろ夜になったおかげで調子がいいくらいだ。夜目も利くし、便利な体だ。って、私には目がないんだがな! アッハッハ!


「そろそろ寝静まった頃か?」


 夜になってから数時間が経過している。真夜中に差し掛かる頃合いだろう。

 息を潜めて……って、呼吸をしていないから息を潜める必要はないのだが、宙賊の拠点を観察していても、誰も外を出歩く様子はない。


 暗くなり始めた頃は拠点と宇宙船の間を行き来する者もいたのだが、ここ数時間は一切ないのだ。


「よし。行くとしよう」


 覚悟を決めて私は行動を開始する。

 まさか地上から襲撃者が忍び寄ってくるとは宙賊たちも想定していなかったらしく、周囲に侵入者探知の結界やレーダーの類は無いようだ。


 レーダーがあったとしても、それは空や宇宙に向けられているはずだ。

 宇宙を活動範囲とするがゆえに、一番警戒するのも宇宙。地上は疎かになる。

 灯台下暗しってな!


「<分解>」


 私は一艘の宇宙船に近寄ると、錬金術によって重力を分解し、上昇の力へと向きを変える。

 骨の体がふわりと浮き上がり、何の音も立てず宇宙船の屋根へと昇ることができた。

 そのまま機体に手をかざし、再び錬金術を発動させる。


「<解析>」


 機体の金属の組成情報を解析し、ついでに内部構造も把握する。

 エンジンや動力源の構造などはどうでもいい。知りたいのは船内の構造と宙賊がいるかどうかだ。


「お? 一人いるな。睡眠筐体スリープカプセルの中で横になって動かない……眠っているのだろう。しめしめ! 予想通りである!」


 睡眠筐体スリープカプセルは寝具である。安定した睡眠を取れるよう設計され、睡眠の質をシステムが管理してくれる、筐体カプセル型の寝具機器。


 筐体カプセルの中に入って眠ると、それはそれはすごい。驚くほど疲れは取れるし、短時間でも寝起きはスッキリ。

 一度味わったらもう抜け出せない。睡眠筐体スリープカプセル無しでは満足な睡眠は得られないのだ。


 ただし、とても高価。宙賊が手が出せるほどのものではないのだが……おそらく略奪品なのだろう。


 羨ましいぞ。私も欲しい! 宙賊ごときが高級寝具を使いおって!


 改造されているようだが、宙賊を討伐したらぜひ私のモノにしよう。略奪したのなら、略奪される覚悟もあるよな? まあ、骸骨スケルトンが眠るかどうかは知らないが。


 私は宙賊が眠っている部屋の真上へと移動し、何度か深呼吸をして心を落ち着かせる。

 まあ、私には呼吸をする肺は存在しないがな! アッハッハ!


「私は幽玄提督閣下のような存在になるのだ……私は幽玄提督閣下のような存在になるのだ……! よし、気合が入った」


 カタカタと骨が震えるのは武者震い。

 悪辣に微笑んだ……つもりで口を開け、決意が揺らがぬ前に一気に奇襲を仕掛ける。


「<錬成>!」


 錬金術が発動。宇宙船の外装が一部分解され、人間一人が通り抜けられるほどの大きさの穴がぽっかりと開く。


 その瞬間、私は穴の中に身を投じた。


 船内に着地したのと同時に、部屋の中の空気の変化を感じ取って睡眠筐体スリープカプセルが緊急停止する。


 外の大気の組成を調べたところ、予想通り酸素は1%以下で、主な成分は二酸化炭素だった。そのまま呼吸すれば、数回の呼吸で酸欠と二酸化炭素中毒に陥ってしまうだろう。


 機体に穴が開いて外気が流れ込むこの部屋を隔離しようと、宇宙船のシステムが自動で隔壁を下ろしていく。


「おやおや。外に出られないようだな」


 緊急停止して睡眠筐体スリープカプセルの中で目覚めた宙賊の男は、何かを喚き、懸命に筐体カプセルを叩いているが、外に出ることは危険だと判断したシステムは、中にいる人間を守るため筐体カプセルの蓋を閉ざしている。


 本来なら筐体カプセルが警報が発するのだが、一向に鳴らないことから推測するに、改造した際に警報システムをダメにしてしまったようだ。


 これは好都合。下手に抵抗されずに済んだ。


「やあやあ! ご機嫌はいかがかな?」

『っ!?』


 透明な睡眠筐体スリープカプセルを覗き込むと、暴れていた宙賊はヒッと息を呑んで顔を青ざめた。

 そりゃ寝起きに骸骨が現れたら肝が冷えるほど驚きもする。


 カタカタとわざと顎を震わせてやると、彼は泣きそうになりながらブルブルと震える。

 私を殺した報いだ。これくらい脅すのは許されるだろう。


「人を甚振って楽しむ趣味はないのでな。楽に殺してやろう」


 透明な睡眠筐体スリープカプセルに私は骨となった人差し指を突きつける。そして、錬金術を発動。

 宇宙に放り出されても無事という頑丈な筐体カプセルが、ピシッと音を立てて小さくヒビ割れる。

 万物の組成を操る錬金術を用いれば、睡眠筐体スリープカプセルに穴をあけることなど造作もない。


『なんだ。ただの骸骨スケルトンか』と状況を理解して軽く安堵していた宙賊の男は、絶対的な防御であった筐体カプセルにヒビが入ったことで再び顔が引き攣る。


 恐怖に満ちた男の表情に昏い愉悦を覚えながら、ゆっくりと恐怖を引き延ばすように焦らし、私は強固な筐体カプセルを人差し指で貫いた。


 その指の小さな穴から流し入れるのは、二酸化炭素が主成分の空気だ。

 錬金術も利用したので、瞬く間に筐体カプセルの中に外気が流れ込んでいく。


『ハァ……ハァ……ハァ……!』


 カッと目を見開いて何度か喘いだ宙賊の男だったが、呼吸をする生物であるがゆえに抗えることはできず、酸欠によってスッと意識を失ってしまった。


 このままでも数分と経たずに死んでしまうだろう。


 だが、私は宙賊に復讐し、自らの糧とすることに決めた。

 なので睡眠筐体スリープカプセルの蓋をこじ開け、錬金術で作り出した鋭利なナイフ状の刃物を失神した男の頸動脈に押し当てる。


「謝りはせんよ」


 もう声が届かない彼へ最期にそう語りかけて――私は一気に刃物を引いた。





 ≪【種族】のレベルが上がりました≫


 ≪【職業】のレベルが上がりました≫

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