幽霊宇宙船の骸骨船長 ~死後から始める成り上がり航海日誌~

ブリル・バーナード

第1章 骸骨船長と船員 編

第1節 骸骨と古代文明の遺物

第1話 骸骨の目覚め


 私は懐かしい夢を見ていた。


 子供の頃、よく観ていたコズミック英雄戦隊モノの番組。

 正義の英雄戦隊が、宇宙の遥か彼方から飛来する邪悪な怪人たちと戦う、ごくごくありふれた王道の子供番組である。


 その中で、私は一人の登場人物にいたく感銘を受けた。


 ――悪の組織の幹部『幽玄提督閣下』


 宇宙戦艦の大艦隊を保有し、自由気ままに己の信念に従って混沌を世にまき散らす不死者アンデッドの船長。

 時には黒幕の邪神に反抗して英雄戦隊に味方し、時には共に戦った英雄戦隊を軽々と打ち負かす。


 彼の強さにも私は憧れた。


 物語の途中、彼は『邪神の思惑は自分の信念に反する』と離反して星の海へ出航したことに痺れ、最終回に再び登場してはピンチに陥った英雄戦隊を助けたところに惚れ直した。


 私も彼のようになりたい――大人になってからもその思いは心の中に残り続けた。


 だからだと思う。狭いスペース・コロニー育ちの私が広大な宇宙の果てに憧れたのは。宇宙船の操縦免許を取り、お金を貯めて中古の宇宙船を買い、宇宙船乗りになったのは。

 念願の自分の宇宙船を手に入れ、これで幽玄提督閣下に近づけたのでは、とあの時は年甲斐もなく喜んだものだ。


 しかし、現実はそう甘くない。


 星の海へと乗り出して数ヶ月後、私は宙賊に囲まれ、抵抗もむなしく船を拿捕され、胸を貫かれてあっさりと死んだ――はずだった。


「これはどういうことだ?」


 乾いた硬い土の上で私は目覚める。

 視界いっぱいに広がる赤茶色の土。どうやら地面にうつ伏せの状態で寝ていたらしい。

 自分が死んだこともすべて夢だったのだろうか、と起き上がろうとしたその時――私はふと違和感に気づく。


「手が白い……? というか、骨ではないかっ!?」


 皮膚も爪も肉も血管も存在せず、骨が剥き出しの状態。

 触ってみても硬い骨の感触。神経も存在しないのに、なぜ触った感覚を感じるのかもわからない。


 手だけでなく腕も骨。足も骨。腰骨が丸見えで、肋骨は剥き出し。腹部はぽっかりと空間が空き、背骨だけが下半身と繋がっている。

 自分の変わり果てた体を見下ろし、肉のない自分の顔を触ってようやく理解した。


「私は骸骨になっている……」


 全身の肉が朽ち果て、骨だけの状態になっているのだ。

 どういう原理かわからないが、自分の意志で体は動かせるし、見えない力で関節が存在している。


 試しに関節に指を割り込ませると……スカスカと指が通り抜ける。

 今度は引っ張ってみると……ぬおっ!? 肘から先がすっぽ抜けたんだがっ!? 

 焦りに焦った私はふと気づく。痛みがないことに。しかも、すっぽ抜けても指は何の問題もなく動かせるし、元の位置に戻すとあっさりとくっつく。

 本当にどうなっているんだ、これは。


 その時、骨となった腕にスカスカと引っ掛かる腕輪の存在に気づく。ビー玉サイズの目玉のような球体が嵌められた機能的なデザインの腕輪である。


「よかった。魂魄情報端末ソウル・デバイスは残っていたか」


 魂魄情報端末ソウル・デバイス――自分の生体情報を投影する魔導機器だ。詳しくは知らないが、科学と魔法の叡智を結集させて作り上げた、世界に記録されている情報保管庫データバンクにアクセスできる機械とかなんとか。事前に固有の魔力波形を登録しなければならないので、星間国家では広く身分証としても使用されている。

 簡単に言うと、今の自分の状況を知るには便利な道具ということだ。

魂魄情報端末ソウル・デバイス<起動>。固有生体情報パーソナル・データ<投影>」


 ピピッと球体が光り、ボォンと固有生体情報パーソナル・データがホログラムとして投影される。

 どれどれ。私は一体どうなっている?



 ――――――――――


【名前】ランドルフ・ラヴクラフト 享年33

【種族】骸骨スケルトンLv1

【階級】下級不死者

【職業】[設定してください]

【技能】『操船Lv14』『錬金術Lv19』『調薬Lv14』『魔導具製作Lv4』『呪術Lv8』『闇属性耐性Lv50』『聖属性脆弱Lv100』

【称号】『名持ちの魔物ネームド・モンスター


 ――――――――――



 お、おう……人間ではなくなっているとは思ったが、まさか魔物になっていたとは。

 種族は骸骨スケルトン。だろうな。私、骨だから。

 しかし、最下級のアンデッドモンスターか……。


魂魄情報端末ソウル・デバイス<検索>『骸骨スケルトン』」



 ――――――――――


骸骨スケルトン

 下級不死者に属する人型の骸骨の魔物。怨念や憎悪、無念が宿った白骨死体に魔力が宿り、魔物化した存在だと言われている。

 闇属性に耐性がある。聖属性が弱点である。

 アンデッドモンスターの中では最弱の部類。

 環境に適応して数多の進化先がある。


 ――――――――――



「なるほど。怨念や憎悪、無念が宿った白骨死体に魔力が宿り、魔物化した存在か。心当たりがありすぎる。憧れに一歩近づいたところで無念の死……魔物化するのは当然だな。しかし、アンデッドモンスターの中では最弱……むぅ。まあいい。次だ。魂魄情報端末ソウル・デバイス<検索>『名持ちの魔物ネームド・モンスター』」



 ――――――――――


名持ちの魔物ネームド・モンスター

 世界に名前が刻まれた特殊固有個体の魔物。

 通常の個体と比べて強力な力を持つ傾向がある。

 魔物が誕生した時点で名前を得ていたり、何かのきっかけで名前を獲得したりすることもあるという。

 ただ名付けても名持ちの魔物ネームド・モンスターにはならず、世界に名を刻むには条件があるというが、未だ不明。


 ――――――――――



 ほうほう。最弱の骸骨スケルトンの中でも、名前と意思を持つ私は他の個体と比べて強いのか。これは良いことを知った。


「これで少しは死ににくくなるのではないか? おっと。私はもう死んでいたな! アッハッハ!」


 イッツ、アンデッドジョーク!

 骨をカタカタと響かせて私は大笑い。

 聞かせる相手がいないのがもったいない。相手がいたらさぞ爆笑したことだろう。

 ひとしきり笑った私は自分の状況を理解し、そして思う。


「――私は幽玄提督閣下にまた一歩近づけたのではないか!?」


 幽玄提督閣下は、強力な力を持つ不死者アンデッドだった。

 彼のようになるのは無理だと諦めていたのだが、今の私は最も彼に近い存在だ!

 魔物は進化をする。魂魄情報端末ソウル・デバイスの説明にも数多の進化先があると書かれていた。


 くっくっく! 魔物化して絶望? ありえない! むしろ喜ばしいことだ!


 あぁ、素晴らしい……素晴らしすぎる!

 私を殺した宙賊に感謝してやってもいいくらいだ。

 これから私は進化して、より幽玄提督閣下に近づこうではないか!


 進化するためには、生物を殺さねばならない。魔物や人間を――

 幽玄提督閣下は己の信念に従って人間を襲っていた。


 彼に憧れ、彼を目指すならば、私は人間さえも殺す! 殺さねばならない!


 人間の倫理観? そんなもの死後は意味をなさないだろう。殺人という罪は、人間が勝手に定めた人間の中だけの法だ。

 魔物になった私を縛るものではない。世界は弱肉強食。強き者が生き残り、弱き者は淘汰される。それが自然の摂理。


 むしろ、生きている間に自重していたことを褒めて欲しい。


「で、ここはどこだ?」


 進化するためには魔物や人間を必要とするのだが、見渡す限りの赤い荒野。水も植物も見当たらない。人工物も一切ない。


 空も赤いから土埃が舞い上がっているのだろうと思うが……これはもしや酸素がないのでは?


 明らかに生物の生存には不向きな、死に絶えた惑星か小惑星。

 骸骨スケルトンだからわからないが、気温も高いに違いない。


「呼吸を必要としない骸骨スケルトンでよかったな。人間だったら死んでいたぞ……ん? 丘があるな。頂上からならもっと遠くまで見渡せるかもしれない」


 背後に存在していた少し小高い丘を骨の足で登っていく。

 動きはいたってスムーズ。肉がない分、軽く感じるくらいだ。そして、息も荒れないし疲労もない。


 呼吸する肺も疲労が溜まる筋肉も存在しないからな! とても楽!

 あっさりと登り終え、丘の頂上から遠くを眺めると、


「あれは……宇宙船か!?」


 中型と小型の宇宙船が15隻ほど、何にもない荒野に並んでいる。

 中古というか、ガラクタ感満載というか、いろんな船の残骸部品ジャンクパーツを継ぎ接ぎして造られたような有り合わせの出来だ。


 数名、ボディスーツに似た船外活動服を着こんだ人間が船から降りてきて、地面に空いた穴の中へと荷物を運んでいく。


「なるほど。宙賊の拠点アジト……で、いいのだろうか?」


 宙賊とは、宇宙を活動範囲とし、航行する宇宙船を襲う略奪集団のことだ。

 人を殺し、積み荷を奪い、女性を凌辱する、ただ己の快楽のままに行動する最低最悪の人間の屑ども。犯罪者だ。


 現在の宇宙では、宙賊の犯罪が後を絶たない。私も宙賊に襲われ、死んだ。


 奴らは、こういう生物が存在しない辺境の小惑星や惑星を拠点とすることが多いという。この星もその一つなのだろう。


 これはこれは! なんという幸運だ。神に感謝しよう。


 やはり最初の殺人は、名もなき一般人よりも宙賊のほうが精神上都合がいい。

 デッド・オア・アライブの宙賊ならば、なんの罪悪感を抱かずに殺せる。なんの憂いもなく進化の糧にできる。


 あの宇宙船を奪えばこの星からも脱出できるし、都合が良すぎて笑えてくるほどだ。


「む? あの宇宙船に見覚えが……って、私の船じゃないか!?」


 停泊した小型宇宙船の一隻、それは私が買った中古の宇宙船だった。

 若干改造されているようだが、あの独特な骸骨のペイントは幽玄提督閣下の紋章を模して私が塗装屋にお願いして刻んでもらったものだ。

 間違いない。あれは私の宇宙船で、奴らは私を殺した宙賊だ。


「私の死体を拠点アジトから少し離れた場所に捨てたのだな」


 合点がいった。近くに宙賊の拠点があったのも納得だ。

 ご都合主義なのではなく、私は奴らの拠点の近くにポイ捨てられただけなのだ。


 よく見ると、あちらこちらに朽ちたゴミが散乱している。


 私の死体は高温の大気や大地に晒されて、肉は朽ち果て、内臓は溶け、骨だけが残った。そこに魔力が集まって、骸骨スケルトンとして蘇った、と。


「何にせよ、幸運だったな。自分の敵討ちができるではないか! む? 自分を殺した相手に対して敵討ちという言葉を使うのは正しいのか……? まあそんなことはどうでもいい」


 骸骨スケルトンとなった私は、落ち窪んだ眼窩で宙賊の拠点を睨む。

 自分を殺した憎き相手。魂の奥底から燃え上がる昏い炎。

 カタカタと骨を震わせて、世界へ不気味に宣言する。


「さあ! 復讐といこうではないか!」




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