第56話 僕らは小さな救世主とタッグを組む
「このような者が研究を続けることは、我々にとって不都合でしかない。よって『不確定時空』の力を借り、この者の中味を「入れ替え」ることにする」
明人が子供とは思えない言葉を吐くと、傍らの四家さんが「お待ちください」と進行をさえぎった。
「その前に、どうやらこの中に招かれざる者が紛れ込んでいるようです」
四家さんは低い声で明人に告げると、僕らを含む「観客」の方に鋭いまなざしをよこした。
――まずいぞ、ばれたかも?
僕はなるべく顔を動かさぬよう気をつけつつ、すぐ後ろにいる五瀬さんに「もし僕らのことだったら一旦、「ボス」から離れた方がいいですよね?」と問いかけた。
「……いや、逃げてはいけない」
「えっ、どうしてです?」
「……なぜなら、このままの方が君たちにとって幸福な展開になるからだ」
思わず振り向いた僕は、五瀬さんの目が赤紫色に光っていることに気づきがく然とした。
――まさか五瀬さんまで『バックスペーサー』に!
五瀬さんが両手を広げて僕らの背後に立つと、人垣を分けてやってきた二人組が僕らの腕を掴んで強引に「泉」の前へと引っ張っていった。
「はなしてっ」
「はなせっ」
僕は叫びながら自分でも妙な気分になった。男の子が女の悲鳴、女の子が男の悲鳴を上げているというのは外から見るとおかしな感じに違いない。
「よくやってくれた。感謝する」
四家さんが近づいてきた五瀬さんに他人行儀なねぎらいの言葉をかけると、五瀬さんは「おほめに預かり恐縮です」と後輩である四家さんにうやうやしくお辞儀をした。
「%※★@&……不確定な時空よ、我々の生存のためこの街を新たな色に塗り換えよ」
明人が呪文のような言葉を口にすると「泉」の中からどぎつい原色をした光る輪が現れ、女神像を中心に空中高く浮きあがった。
――くそっ、やっぱり出てきたか『不確定時空』!
虹色の輪が女神像の周囲で渦を巻き始めると、前回と同様に女神像の口からあの「黒い煙」が吹き出し始めた。
――だめだ、八十万博士まで『バックスペーサー』にされたらこの街は終わりだ!
僕がゆっくりと降りてゆく黒い煙から目を逸らしかけた、その時だった。
「さて、この辺で止めないと本当に街ごと乗っ取られてしまうよ、四家君」
突然「五瀬さん」がそう言ったかと思うと、小さなスプレーで四家さんに何かを吹きつけた。
「――ううっ」
四家さんは苦し気に呻いて身体を折り、そのまま糸が切れた人形のように崩れた。
――五瀬さん?
「%&★※@☆!」
四家さんの異変に気づいた明人がうろたえて周囲を見回した瞬間、五瀬さんと僕らに左右から数名の「観客」が襲いかかった。
「うっ、やめてくれ……はなせっ」
二人にしがみつかれた僕はポケットから『シトラスガン』を引っ張り出すと、視界をさえぎる観客たちの隙間に向けて構えた。
「くそっ、これじゃ「ボス」がよく見えないっ!」
僕は『シトラスガン』を構えたまま、杏沙の方に目をやった。杏沙もまた女性の「観客」にしがみつかれ、振り払おうと手足をばたつかせていた。
――冗談じゃないっ、このままやられてたまるか!
僕が必死で身体をよじると隙間からわずかに「ボス」の顔が覗き、僕はためらうことなく引き金を引いた。
「――☆@%&!」
僕が放った液体は「ボス」の口元に命中し、「ボス」――明人は柑橘系の匂いと共にゆっくりと床に崩れた。
「明人君ごめん……いまだ七森!」
僕が叫び、杏沙がネックレスに手をかけようとした瞬間、動作がぴたりと止まった。
「きゃっ!」
観客の一人が杏沙の首からネックレスをむしり取ったかと思うと、背を向けて逃げる素振りを見せた。
「ちくしょう!」
僕は自分の腰にしがみついている腕を振り払うと、ネックレスを手に逃げようとする男性にタックルした。
「&%☆※@!」
男性が前のめりに倒れ込むと、つかんでいたネックレスが手から離れ宙に舞った。
「――しまったっ」
僕が自分の判断を悔やんだ、その時だった。小さな黒い塊が飛びだしてきて空中でネックレスを捕えるのが見えた。
――ボンちゃん!
ネックレスを咥えた小型犬はそのまま杏沙の近くに着地すると、口の端からチェーンを垂らしたまま「くうん」と鳴いた。
「ありがとう真咲君」
――ちょっと待て、僕はもう犬じゃないぞ。
ボンちゃんからネックレスを受け取ろうと身をよじった杏沙に、今度は背後から中年の女性が全力でしがみついた。
「は……なしてっ」
「★@&☆%!」
「――七森、頭を下げるんだ!」
僕はそう叫ぶと、杏沙の肩のあたりに『シトラスガン』の銃口を向けた。
「……ごめんなさいっ」
杏沙がそう言って頭を下げた瞬間、僕が撃った液体が女性の口元に命中した。
「……※%&☆@!」
女性が仰向けにひっくり返ると、杏沙は子犬が落としたネックレスを拾って腕を大きくしならせた。
「――えいっ!」
ネックレスは回転しながら宙を飛び、像の周りで渦巻いている『不確定時空』の中に飛び込んだ。
一呼吸おいて「ぶおおおおん」という耳を塞ぎたくなるような音が響き渡り、像の口にあらゆる方向から来た黒い煙が吸い込まれ始めた。
「二人とも、伏せていたまえ!」
五瀬さんの声が響き、僕らは咄嗟に床に伏せた。不気味な音はしばらく続いた後、煙の消滅と共に聞こえなくなった。
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