第55話 僕らは最後の一日にすべてをかける
「これが小型化した『シトラスガン』だ。一応、二人分用意したから持って行ってくれ」
五瀬さんに一見、玩具のような銃を渡された僕は予備のタンクと一緒にポケットに突っ込んだ。
「問題は面の割れている君たちがどうやって「ボス」の近くまで行くか、だな」
五瀬さんは僕等の顔を眺めながら「四家君が参謀となると、あまり安っぽい小細工もできないしなあ」と言った。
「別人になれる特殊メイクとか、ないんですか?」
僕が子供っぽい問いを投げかけると、五瀬さんは「アンドロイドの頭部を作るのに使うシリコンはあるけど、変装の道具はないなあ」と答えた。
「……待って、こういうアイディアはどうかしら」
僕らの会話を聞いていた杏沙が突然、何かを思いついたように言うとどこかへ電話をかけ始めた。
※
「風見坂ホリディランドにご来店のお客様へ、一階イベントスペースのご案内を申し上げます。本日十二時三十分より『マイナデスの泉』前にて催されます集会に参加をご予定のお客様、開始時刻が予定より三十分ほど繰り上がりますのでよろしくお願いいたします」
「早まったのか……少し余裕を持ってきてよかった」
サービスカウンター脇のオープンカフェでクレープを口にしていた僕らは、まだ誰も集まっていない「泉」の方に視線を向けた。
「満員になったら前の方には行けなくなるから、半分くらい埋まったら行きましょう。大事なのは目立ないことよ」
「そうだね。基本的に変えたのは服と髪型だけだから、目立ったら一発でばれてしまう」
僕は男の子に扮した杏沙を見ながら、小声で言った。僕はと言えばふわふわのブラウスにポニーテール風のつけ毛という恥ずかしくてたまらないヴィジュアルだった。
「僕は後ろで控えてるから、君たちは「ボス」らしき人物が現れたら前の方に移動してくれ」
顔の輪郭が隠れるほどヴォリュームのある巻き髪で美女に変身したのは、五瀬さんだった。
実は五瀬さんのお屋敷から杏沙が電話をかけたのは朝子さんで、家にあるであろう未知男さんの服とお姉さんの服を貸してもらえないかと打診したのだった。
交渉の結果、家にあった二人の中学時代の服を貸してもらえることになったのだが、単に男女の装いが入れ替わっているだけで僕らの顔はそのままなのだ。
「四家さんなら近くで見れば気づくかもしれないけど、コインを投げる直前までばれなければいいんだ」
僕が強気の言葉を自分に言い聞かせるように漏らした、その時だった。隣のジェラート店から出てきた少年を見た途端、僕は「あっ」と声を上げそうになった。
ジェラートを手に少し離れたテーブルに陣取ったのは、半年後に舞彩とつきあうことになる(たぶん)少年、明人だった。 ※
――なぜここにいる?学校に行ってる時間じゃないのか?
頭に疑問符が浮かんだ直後、ある映像と明人の姿がぴたりと重なる予感がした。
――あの背格好……まさか!
僕が混乱した気持ちを持て余しているうちに、明人はジェラートのカップを捨てて、どこかに立ち去った。すると入れ替わりのようにあちこちから少しづつ、買い物のついでといった雰囲気の人たちが「泉」の周りに輪を作り始めた。
「行こう、そろそろ始まるようだ」
外見に反しまったく女性のお芝居をする気が無い五瀬さんは、それでも靴のヒールをコツコツ鳴らしながら僕らの先に立って歩き始めた。
僕らが二十人か三十人ほどの人の輪に紛れ込んで「ボス」が現れるのを待っていると、正午を告げるチャイムがフロアに鳴り響いた。
――いよいよだな。
僕が「ボス」の登場を息を殺して待っていると、二人組の年配客(しかし目が赤紫に光っている――『バックスペーサー』だ!)がどこからか持ってきた椅子を「泉」の中に運びこんだ。
――この前と同じだ。あれを「泉」の中の像にくくりつけるつもりか?
そこまで考えて、ぼくははっとした。像に椅子をくくりつけるということは、その椅子に誰かを座らせ縛りつけるということだ!
今度は一体誰が?とどきどきしながら見つめていると、いったん引っ込んだ二人組が見覚えのある人物を引きずるように連れて来るのが目に入った。
――八十万博士!
「儀式」の際に『バックスペーサー』に乗っ取らせる生贄は何と、八十万博士だった。まずい、僕らのミッションに人質の救出は入っていない。
二人組がぐったりしている博士を椅子にくくりつけると、僕らの死角からフードを被った四家さんが姿を現した。
「我々は今日、新たに我らの支配を盤石な物とする存在を確保した」
四家さんは本来のキャラクターにそぐわない厳かな態度で言い放つと「まもなく我らが「ボス」と共に『不確定時空』を発生させる。心をひとつにせよ」とつけ加えた。
やがて前回の儀式の時と同様に、観客たちの輪の中から黒い人影が姿を現した。
「%☆※&★……今日こそこの街を我らの物にするのだ」
僕らの前に現れた「ボス」はやや高めの声で言うと、おもむろにフードを脱いだ。
――やっぱりそうか!
フードの下から現れた幼い顔を見た僕は、思わず失望の声を上げた。
僕らが倒すべき『バックスペーサー』の「ボス」は――明人だった。
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