第47話 僕は未来で味方だった人たちに包囲される


 リサはレッスン室で見た時と違い、大きな眼鏡をかけていた。リサなら幽霊状態の僕が視えてもおかしくはないし、虫のいいことを言えば身体だって貸してもらえるかもしれない。――でも。


 僕には吸い込まれた時と同じように、どうやったら犬の身体から出られるのか想像もつかないのだった。


「困ったね。飼い主さんとはぐれたのかな」


 リサは「ごめんなさい」と言って屈みこむとリュックの口を大きく開けた。


「あ、携帯が入ってる。これで飼い主の人に電話すればいいのかな」


 ――まずいぞ。それであちこちに電話すると敵に気づかれる恐れがある。


 僕が『やめて下さい』という意味を込めて「わんわん」と鳴くと、杏沙の携帯をいじっていたリサが突然「あっ、なんか表示された」と言って画面の一部をタップした。


「えっ……なにこれ。誰かなんか喋ってる?」


『やめて、デンワしないで……イイライさん、ナナモリ、つかまった』


 僕は携帯から流れた合成音声に、はっとした。まだアプリが生きていたのだ。


「うん……なに?あなたもしかしてワンちゃん?」


『そう……たすけヨビタイ……クルマに戻って』


「車?……車って?」


 リサは大きな瞳をぱちぱちさせると、携帯越しに僕に尋ねた。


『チュウシャジョウ、クルマとまってる……クルマからデンワでたすけヨブ』


「うん、なんだかわからないけど、連れて行ってあげる」


 リサがうなずいて僕をリュックごと持ち上げた、その時だった。不意に杏沙の携帯が鳴ってリサが通話をオンにする音が聞こえた。


「はい、もしもし」


「――七森さん?四家です。『ホリディランド』に行くってメールが来てたけど、本当?博士が戻って来るまで待った方が良くない?」


「あっ、私、この携帯の持ち主じゃないんです」


「えっ?じゃあ、誰?」


「ええと……この携帯と子犬が入ったリュックを拾った者です」


「犬?」


 リサはたどたどしい言葉で、最初から事のいきさつを説明した。


「……そう、七森さんのメッセージにあった話が本当なら、あなたが拾ったリュックの中の子犬はたぶん、幽霊君ね。……わかった、二十分後くらいにそっちの駐車場に行くわ。着いたら電話するからあなたたちのいる場所を教えて」


 四家さんはそう言うと「じゃあ」も「また後で」も省略して電話を切った。

 通話を終えた僕たちは、アプリでぎこちない会話を交わしながら十分程度でどうにか飯来さんの車のところにたどり着いた。


 リサが僕の入ったリュックをぶら下げて車の脇で待っていると、ほどなく見覚えのあるバンがすぐ近くのスペースに入ってゆくところが見えた。(僕はリュックから顔を出していたのだ)


 ――何だか妙に勘がいいな四家さん。あれだけ近かったら電話するまでもないじゃないか。


『ムカエにいってくる。リュックからだして』


 僕はリサにリュックから出してもらうと、なぜか尻尾を振って(勝手にそうなってしまうのだ)バンから降りた四家さんの元に駆け寄った。


 四家さんは屈みこんで僕に両手を伸ばすと「随分と無謀なことをするのね。博士が戻るまで待てなかったの?」と言った。


 僕が「わんわん」と答えると、四家さんは「……もっとも、私にとってはその方が都合が良かったのだけれど」と謎めいた言葉と共に僕を抱きあげた。


「さてと、あの子にも一緒に来てもらわなくちゃ」


 四家さんはそう言ってリサの方を見ると、両目を赤紫色に光らせた。


 ――まさか、四家さんまで……リサ、こっちに来ちゃ駄目だ!逃げるんだ!


 僕が危険を伝えようと吠えたその時だった。首筋にちくりと鋭い痛みが走った過と思うと、強力な力が僕を深い眠りの中に引きずりこんでいった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る