第44話 僕は格差あり過ぎのバディに抗議する


「ごめんなさいね、うちにはこれしかないの」


 朝子さんがそう言って僕と杏沙の間に置いたのは、クレートという小型犬を入れて持ち運ぶためのケースだった。


「あの……これだと横の方から顔が見えますよね?外が見えない普通のバッグでもいいんです」


 恐ろしいことを平然と口にする杏沙に、僕は「それはちょっと」という代わりに「くうん」と喉を鳴らした。


「この子が入る大きさのバッグ? ……うーん、あっじゃあこれはどうかしら」


 朝子さんがそう言って持ってきたのは、小ぶりのリュックサックだった。


「上の持ち手を持てば、ぶら下げて歩くこともできるわ。あと横のチャックを半分開けたままにしておけば空気も入ってくるし」


 杏沙の要求にあっさり応じてしまう朝子さんに、僕は「きゃん」と叫んで抗議した。


「あっ、これなら持ち込めそうだわ。……真咲君、ちょっと入ってみて」

 

 ――ほらやっぱりこうなった。七森に関する限り、僕の嫌な予感が外れたことはないのだ。


 口を開けて横にしたリュックに僕がしぶしびお尻をつっこむと、杏沙は「よいしょ」と言って僕をリュックごと持ち上げた。


「サイズの割に重いのね……まあ、登山だと思うことにするわ」


 杏沙はいったんリュックを床に置くと、僕の頭をリュックに押しこんで口を絞った。


 ――ひい、暗いっ!


 僕が思わずもがくと、朝子さんが「あらあら、これじゃだめよ」と言ってリュックのサイドにあるファスナーを五センチほど下げた。僕は隙間から覗く朝子さんに向かって「くうん」とすがるように鳴いた。


「そうだ、これを中に入れとかなくちゃ」


 突然、杏沙がそう言うと自分の携帯をリュックの中に突っ込んだ。


「この中には父の作った犬用翻訳アプリが入ってるの。あんまり精度はよくないけど、大体の意思が通じればいいわ」


 杏沙は「私はこれをつけて……と」と言うと僕の顔が見える高さに屈みこんだ。


「このインカム型ワイヤレスホンは、アプリを通してあなたの「ことば」を私に伝えてくれるわ。だから背中合わせでもまったく問題なし。安心して」


 ――いや、君の側にはなくても僕の方には問題あるだろ。いろいろと。


 僕が抗議の言葉を「きゃんきゃん」という悲鳴で伝えると、杏沙は「いい子だから暴れないで」と言ってリュックを持ちあげ、やや乱暴に背負った。


「きゃううん!」


 恐怖のあまり僕が本能の叫びを上げると、朝子さんが「あらあら、やっぱり真っ暗は怖い?まだお家の中だから大丈夫」と言ってリュックの口を開けた。


 僕が舌を出しながらリュックの外に顔をのぞかせると、杏沙が「ま、いいか」と言ってリュックを揺すった。


「まだ本番じゃないから、『ホリディランド』に着くまでは顔を出しててもいいわ」


 僕は半分は杏沙の思いやりに、もう半分は別の意味で泣きそうになった。


「くおーん」


「そう。幽霊じゃなくなったのがそんなにうれしいのね」

 

 ――早くアプリを起動させてくれ、七森。君の犬語翻訳は間違いだらけだ。


 僕はストラップの微調整を続けている杏沙に、背中側から抗議の泣き声を上げた。


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