第40話 僕らは予想外の結びつきを知らされる


「ふうん……なんだか物語を聞いてるみたいね。未来から心だけが飛んで来るなんて」


 僕らと同席して今までのいきさつを(もちろん侵略者がどうのこうのというくだりはカットだ)聞いた朝子さんは、終始目を丸くしていた。


 それでも「そんな馬鹿な。作り話でしょ」と言わなかったのは、朝子さんが「視える」側の人だからに違いない。


「わかったわ。こうしましょう。うちに空いてるお部屋があるから、元の未来に戻るまで私の家で寝起きなさいな」


「えっ?」


「だってこの世界はもう昔のあなたがいるんでしょう?身体を貸してもらえないってことは、つまりお宿のない幽霊なのよね?」


「はい、まあそうです……」


「じゃあ決まりね。下の子が使ってたお部屋を使って」


「お子さんは今……」


「二人とも独立してるわ。上の子は時々、孫を連れて遊びに来るけど下の子はさっぱり。小説家だなんて言ってるけど……」


「……小説家?」


 僕が意外な職業名に思わず身を乗り出した、その時だった。いきなり扉の開く音がして見たことのある人物が顔を出した。


「あっ、母さんここに来てたのか。ボンを散歩に連れて行ってるとばかり思ってた」


 現れた人物――飯来未知男は朝子さんを見るなり、そう言った。


 ――母さん?


 僕が面喰っていると飯来さんはつかつかとやってきて突然、「あっ、君は!」と大声を上げた。


「僕のイベントを見に来てた子じゃないか!どうして母さんと一緒にいるんだ?」


「あの……こちらの方、お母様なんですか?」


 杏沙が冷静な口調で問い返すと、飯来さんは「えっ? ……うん、そう」と戸惑うように口ごもった。


「未知男、私がこの子たちのお席に勝手にお邪魔してるのよ。どうしてなんて失礼な事言わないで」


「お邪魔してるって……今、知り合ったって事?」


 飯来さんは、同じ方向を向いて座っている二人をまじまじと見ながら首を傾げた。


 無理もない、反対側の席には誰もおらず、その誰もいない席に携帯のカメラが向けられているのだから。


「そうよ。未知男、いつもイベントに来たお客さんにこんな風に声をかけているの?」


「いや、あの……僕の小説が原作のドラマに、この子が出たら面白いだろうなと思ってさ。オーディションを受けて見ないかって誘ったんだ。それだけだよ」


 飯来さんが早口で事情を説明すると、すかさず杏沙が「ごめんなさい私、今は人に映されるより映す方に興味があるんです」と言って携帯の角度を微調整し始めた。


                  ※


「映す……そう言えば母さん、ひょっとしてまた僕には視えない物を視てるの?」


「ええそう。とっても素直そうな子よ。今晩から何日か、あなたの部屋をお貸しする予定だから、そのつもりでいてね」


「えっ……僕の部屋を幽霊に貸すって言うの?たしかにもう使ってない部屋だけど、だからって幽霊に住まれたら事故物件になっちまうよ」


「なに言ってるの、あなたはもう家を出たんだから、つべこべ言う権利はないの」


「参ったな……」


 僕は大げさに嘆く飯来さんに心の中で「幽霊でごめんなさい」と詫びた。こうなったら最後の日が来る前に急いで『バックスペーサー』のボスを見つけ出してやる。


「真咲君、明日にでも博士が言ってた『風見坂ホリディランド』に行って『マイナデスの泉』のあたりを調べ来ましょう」


「えっ、君がボスを探しに行くのかい?それは危険だよ」


 突然、大胆な提案を杏沙から持ちかけられた僕は、反射的に思いとどまらせる口調になった。


「だって幽霊の姿で潜りこんだって何もできないでしょ。私もあなたがいないと誰がボスか見分けるのに苦労するわ。だから一緒に行って」


 僕は思わず頭を抱えた。なんて怖い物知らずなんだ。


「君は今、お父さんがいなくなって大変なんだろ?戻って来るまで普通に生活した方がいいんじゃないか?」


 僕が内心(そうじゃなくても僕は十一月の君を追わなくちゃならないんだ)とぼやいた、その直後だった。


「そう言えばさっき聞いた話だとあなた、大変なのよね? ……良かったらうちにいらっしゃいな。お父様のいないお家に一人でいるより、うちにいれば何かと安心よ」


 杏沙に対し思いきった提案をもちかけたのは、朝子さんだった。


「え、でも……」


「うちにはもう一部屋、娘が使ってた部屋もあるから心配はいらないわ。ね、そうしましょ?」


「……じゃあ、お言葉に甘えます」


 朝子さんの有無を言わせぬ勢いに呑まれたのだろう、自分の考えを曲げることなどほぼない杏沙が他人の好意を受けいれる姿は新鮮だった。


「じゃあ、明日の九時に出発よ。いい?」


「う、うん……」


 僕が消極的にうなずくと、僕と杏沙の奇妙なやり取りを脇で見ていた飯来さんが突然「君……いや君たち、どこに行くって?」と問いを挟んできた。


「ここから三キロくらい離れた町はずれにある『風見坂ホリディランド』です」


「あんなさびれた場所に行くのが、君たちの中学校では流行ってるのかい?」


「そうじゃないんです。わけがあって『マイナデスの泉』まで行かなくちゃならないんです」


 杏沙が細部をぼかして答えると、飯来さんは「だったら僕が案内しよう。あの噴水の所だろ?昔、僕はあの広場の小籠包屋さんでバイトしてたんだ」と言った。


 思わぬ申し出に僕と杏沙が顔を見あわせていると、飯来さんは「君がうちに間借りをするっていうんなら僕も迎えに行きやすい。車で行くよ」と当然のように言った。


「未知男、幽霊君のことを忘れてるんじゃない?あなたは二人の案内役なのよ」


「ああ、そうか。僕には視えないんだよなあ」


 飯来さんが天井を仰いで考え込むと、杏沙が「だったら」と口を開いた。


「私がカメラを持って行って、彼がどんな状態かを逐一報告します。この特殊アプリを使えば彼の姿を視ることができるんです」


「ええっ? ……うん、まあいいけど……そんなことが本当に可能なのかな」


 半信半疑と言った雰囲気の飯来さんに、杏沙は「大丈夫です。私が彼に、シナリオにない演技はしないようしっかり指導します」と僕のお株を奪うようなことを言った。


 ――やれやれ、これじゃどっちが監督かわからないな。七森組はきっと厳しいぞ。


 残り三日で大きく動いた状況に、僕はもう迷ってはいられないぞと胸の中で呟いた。



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