第39話 僕は五月の街で未来の知人と知り合う


「あ……」


 僕が視えないだろうと思いつつ老婦人の方に顔を向けると、朝子と呼ばれた女性はこちらをみて「二人とも中学生?書店のカフェに子供だけで来るなんて大人びてるわね」と言った。


 ――えっ、ちょっと待てよ。二人?


 僕が驚いていると、朝子さんは「あら、でもよく見たら男の子の方は少し影が薄いわね。……ひょっとしてもうこの世にいらっしゃらない方なのかしら?」と言った。


 僕ははっとした。この人は、僕が視えるのだ。……でも確か僕がこの世界の公園に現れた時、彼女は僕のことがちゃんと視えてはいなかった。


 ――もしかしたらあの時の僕は時の旅を終えたばかりで、まだ存在がはっきりしていなかったのかもしれない。今と同じだったら、僕に気づいていたはずだ。


「あ、あの、僕が視えるんですか?僕、死んでないです。身体が近くにないだけで」


「あらそうなの。ごめんなさいね。私、子供の頃からいろんなものが視えちゃうの」


 朝子さんはそう言うと、はっきりと僕を見て微笑んだ。


「ううむ、よもや朝子さんにこの少年が視えるとは思わなんだな。心強いな幽霊君」


 「はい、自分のことが視える人が一人でも増えてくれると、嬉しいです」


 八十万博士の力強い言葉は僕を勇気づけた。――だが。


 「だけど残された時間が三日しかないことに変わりはないです。これから僕はどうすればいいんでしょうか?」


 僕は博士に向かって、胸にわだかまっていた不安を正直に吐き出した。


「そうだな、『バックスペーサー』のボスを見つけて『アップデーター』が全滅するのを防ぐのが世界を安定させる一番手っ取り早い方法だが……」


「どこにいるんです?そのボスは」


 僕が畳みかけると、博士は「残念ながらまだわかっておらん」と天井を仰いだ。


「だがボスが拠点にしそうな場所なら、多少思い浮かばないでもない」


「どこです?」


 僕が幽霊の身体を椅子から乗り出すと、博士は『マイナデスの泉』という場所だ」と言った。


「マイナデスの泉?」


「うむ。ここから三キロほど離れた町はずれに『風見坂ホリディランド』という複合施設があるのを知っているかね」


 僕はうなずいた。確か五、六年前にできた場所で、ショッピングモールに娯楽施設が合体した建物だ。オープン当初はかなりにぎわった記憶があるが、その後カラオケやゲームセンターが若者のたまり場になったことでいつの間にかさびれていったようだ。


「知ってます。最後に行ったのは家族と映画を見た時で、三、四年前だと思います」


 僕が朧げな記憶を手繰り寄せて言うと、博士は「さきほど言った『マイデナスの泉はその『風見坂ホリディランド』の奥にある噴水のことだ。おそらく今は水も枯れてただの広場になっていると思うがね」と言った。


「ねえ、みなさん真剣な顔をしていったい何の話をなさっているの?」


 博士と僕が『バックスペーサー』のことを話していると、朝子さんが不思議そうな表情で問いを挟んだ。


「あ、いやこれは失礼。ちょっと混み入った話でしてな。ええと、ご注文は?」


「いつものハーブティーをお願いするわ。今日はボンちゃんを上の子に預けてあるからゆっくりできるの」


「そうでしたか。……では少々、お待ちを」


 八十万博士は急にマスターの顔に戻ると、そそくさとカウンターの奥に姿を消した。


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