第31話 僕はとらえかけた面影を取り逃がす
思いもよらぬ展開に僕が身動きできずにいると、突然、三人の目の色が赤から青みを帯びた赤紫色へと変化するのか見えた。
――赤紫の目……『バックスペーサー』か!
僕の頭に七森博士が言っていた新しい敵の特徴が甦り、別の恐怖が背筋を駆け抜けた。
――三人の中にいた『アップデーター』が、『バックスペーサー』に食われたんだ! ……なんてこった、『アップデーター』だけならまだ、戦いようがあるのに…。
僕が再び絶望を噛みしめた瞬間、三人の『バックスペーサー』たちが急にきょろきょろとあたりを見回し始めた。
「$%☆@&※」
三人は途方に暮れた顔つきで謎の言葉を発すると、なぜか向きを変えて入り口の方へと引き返し始めた。
――そうか、乗っ取ったはいいが、人間の身体の動かし方がまだわからないんだな。
僕が緊張の解けた身体でゆらゆら漂っていると、突然、杏沙が「追いかけなくちゃ」と言って三人の後を追い始めた。
「待ってくれ、七森」
事態の呑みこめない僕が慌てて声をかけると、僕の声など聞こえないはずの杏沙がカメラも向けていないのに僕の方を振り返った。
「――えっ?」
肩越しに覗いた杏沙の横顔を見て、僕ははっとした。あの目は――
――「五月の七森」の目じゃない!あれは「十一月の七森」の目だ!
「そのまま十一月にいてくれればよかったのに」
「七森、君は……」
「どうして追いかけてきたの?」
杏沙は短い問いを残すと僕の返事を待たずに身を翻し、扉の方へと向かった。
「教えてくれ七森、君は……自分に取りついていたのか?」
僕が叫ぶと杏沙はいったん足を止め、白い横顔をわずかに見せた。
「……本当に、邪魔ばかりするんだから」
杏沙はそうつぶやくと、再び扉の方へ歩き出した。
※
「おい、待てよ七森……待てったら!」
アウトレットスペースに戻った僕は、杏沙の姿を求めてあたりを見回した。
「どこだ?一階に戻ったのか? ……あっ、七森!」
フロアを横切った僕は、へたり込んでいる杏沙と階段の途中で折り重なって倒れているお母さんたちを見て立ち止まった。
「――七森!」
僕が叫んで駆け寄ると、杏沙は何かを感じたのか、携帯を取り出し僕の方に向けた。
「……幽霊君」
杏沙の瞳からは、さっきまでの迫力が嘘のように消え失せていた。
――違う。「十一月の七森」じゃない!
「君は……五月の七森か?」
「五月?」
「ついさっきまで、君の中に十一月の七森がいたんだ。覚えはない?」
「十一月の……そう言えば書店の前であなたを待っていた時、ふわっと変な感じがして……それから今まで、何をしてるかはわかってるのになんだかふわふわして……」
やはりそうだ、と僕は思った。待ち合わせ場所で僕を待っていた時から、きっと十一月の杏沙が五月の「自分」に取りついていたのだ。
――どうりで「アップデーター」の弱点を知っていたわけだ。
僕が倒れているお母さんたちに目を戻した瞬間、上の方から「大丈夫ですか?」という声がして店員らしい女性が駆け寄ってくるのが見えた。
――お母さんたちに取りついてた『バックスペーサー』は逃げたんだな。ということは「十一月の七森」も、自分の身体から出て奴らを追っていったのか。
僕は得体の知れない敵の行方を一人で追って行こうとする杏沙に、心の中で不平を漏らした。無謀すぎるぜ七森。何で僕を連れて行かないんだよ。
お母さんたちが駆け付けた店員に介抱され、一階に戻った僕らはばたばたしているヨーコさんたちとすれ違う形で店外に出た。
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