第27話 僕は五月の知人たちと談笑する


「ヨーコさん、どうしてここに?」


 僕が尋ねるとヨーコさんは周りを見回した後、「幽霊君、話は短めにしましょ。この子たちにはあなたが見えないから」と言った。


 ああそうか、と僕は思った。やたらと話しかけると、ヨーコさんが「何もない」場所にいる誰かと会話していることになってしまう。


 僕が何から説明した物かと戸惑っていると、突然リサが「あっ」と叫んで杏沙の方を見た。


「私の中に……いた人」


 リサの言葉に杏沙も反応し、僕の方をちらっと見た後リサを見つめた。


「ヨーコさん、今、リサさんの方を見た人が僕の探している人です。……五月の方ですけど」


「えっ、そうなの? ……じゃあ、本人が本人を探しに来たって事?」


 僕がうなずくと杏沙がヨーコさんたちと僕を交互に見て「なんだか混みいった状況みたいね」と言った。


「あの……あなたひょっとしてここにいる幽霊君が視えるの?」


 ヨーコさんが杏沙に話しかけると、杏沙は目を二、三度またたいた後「視えます。ただしカメラのレンズを向けた時だけ。彼、うちの専属なんです」と言った。


「そうなの。なんだかわからないけど、そういうことなら私たちが邪魔しちゃ悪いわね。……幽霊君、私たちこの後十時二十分からのイベントに出るの。十五分くらいだけどよかったら聞いていって」


 ヨーコさんがそう言って三人に目を遣ると、近くでミニバンが停まり中年の女性たちがわらわらと降りてきた。


「大丈夫?緊張しないようにね」


「チサト、他のメンバーにご迷惑かけちゃ駄目よ」


 ああそうか、と僕は思った。この女の人たちはリサたちのお母さんなのだ。

 僕は杏沙が僕にレンズを向けたタイミングでヨーコさんに「それじゃ、僕らは店内に入ってます」と言った。


 リサが気になる一言を発したのは、僕らが一礼してヨーコさんたちに背を向けかけた直後だった。


「あの子が……来てる。「シンリャクシャ」を追いかけてここに――来てる」


                 ※


「それでは本日のメインイベント、地元出身の作家「飯来未知男いいらいみちお」先生のトークイベントに先駆けまして、ご当地アーティストによる美しいコーラスをお楽しみ下さい」


 司会らしい女性がそう前置くと、近くで控えていたリサたちがはにかみながらステージ上に現れた。

 

 ――多くはないけどお客さんもいるし、ヨーコさんやお母さんたちもいる。こりゃ緊張するだろうな。


 売り場の奥にあるイベントスペースには小さなステージが設けられ、三十ほどの椅子席がすで半分以上埋まっていた。


 僕は観客席の一番後ろで、杏沙の見えない友人として「座って」いた。


「それではホワイトライトのお三方です。自己紹介をどうぞ」


 司会にマイクを渡されステージ前方におずおずと出てきたのは、リーダー格らしいチサトだった。


「ええと、私たち『ホワイトライト』は、先月結成したばかりのコーラスユニットです。今は映画の曲とかやってて……自分たちの曲も準備中です。今日は短い時間ですが、よろしくお願いします」


 チサトがグループ紹介を終えると演奏がスピーカーから流れ始め、三人のコーラスがフロアに響き始めた。落ちついたトシキの声にみずみずしいリサの声が重なり、その上に青空のようなチサトの高音が乗る三人の歌は幽霊の僕を安らいだ気持にさせた。


 リサたちの『ホワイトライト』は二曲ほど英語の曲を歌った後、「最後はできたばかりのオリジナル曲です」と言って日本語の歌を歌い始めた。


 明日に怯える毎日が終わったら


 出会った時にきっと戻れる


 その瞳から灰色の雲が消えたら


 五月の君にきっと戻れる


 三人の歌声が余韻を残して消えた瞬間、僕は思わず半透明の手で拍手をしていた。


「ありがとうございました。『五月になればあの子は』でした」


 リサたちが深々と頭を下げてステージから降りると、杏沙がカメラを向けながら僕に「幽霊君、提案があるんだけど』と言った。


「一応、真咲って言う名前があるんだけど」


「わかったわ真咲君。このまま続けてトークショーを見るのもいいけど、別の場所で時間を潰すっていうのはどうかしら」


 杏沙が目で示したのは、ヨーコさんと一緒にイベントスペースを出てフロア内のカフェコーナーに移動するリサたち一行だった。



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