第26話 僕は出会う前の相棒とコンビを組む


「残念ながら今のところ私には、これと言った打開策が無い。もし私以上に『不確定時空』の研究を進めている人がいるとすれば、わたしの恩師に当たる人以外にない」


「恩師?」


「関心があるなら、私の知っている最近の居場所を教るが……訪ねてみるかね?」


 僕は、戸惑うようにこちらを向いたマリさんに向かって、即座にうなずいた。


「行ってみるそうです。あ、でも今日はもう夕方だし、明日は用事があるんだ……」


 マリさんがどうしようという表情で宙を見つめると、博士が「通訳のことかね?」と言った。


「それならいい物がある。まだ開発中だが、意識体の「声」を文字として表示できるアプリがある。それを携帯に入れて誰かに同行してもらえばいい」


 博士がそう言って端末の捜査を始めると、そこに「じゃあ私が同行するわ」と唐突に杏沙が割って入った。


「ふむ、それもいいかもしれん。要するに未来の自分を探しに行くわけだからな」


 僕は呆然とした。まさか「杏沙」が杏沙を探す行動に付きあってくれるとは。


「私の恩師にあたる八十万はとま博士は最先端の研究自体からは遠ざかっているのだが、引退後も書店で働きながらのんびり自分の研究を続けているそうだ」


「書店で働いている?」


「うむ。今年の春にオープンした、『星雲書房』の地下アウトレットスペースに併設された『フェッセンデン』というカフェの店主をしているらしい」


「わかりました、訪ねてみます」


 僕に代わってマリさんが言うと、携帯で地図を見ていたらしい杏沙が「じゃあ、十時に書店の前にある『プリニウス像』の前で待ちあわせましょ」


「あの、待ちあわせても幽霊君が見えないんじゃ……」


 マリさんは戸惑ったようにそう言うと、僕と杏沙を交互に見た。


「このアプリ、カメラを「幽霊」に向けると幽霊の言葉が文字で出るらしいの。十時になったら周りを撮影するから五分経っても映らなかったら帰るわ。いいでしょ?」


 僕は「それでいいよ」とマリさんに言った。僕と出会う前から杏沙は杏沙だった。


 博士たちに礼を言ってマリさんと共に公営住宅を出た僕は、夕方の街を眺めながら少しだけほっとした気分になった。


「幽霊君、あたし君にお礼を言わなくちゃ」


「えっ、どうして?」


「君が未来であたしと間違えたっていう子、まさかあんな美少女だとは思わなかったわ。後ろ姿でも、似てると思ってくれただけでなんか嬉しい」


「うーん、でも半年も先のことだし、お礼を言われるのはなんだか恥ずかしいな」


 僕は誰もがよそよそしいと感じていた五月にほんの少しの味方がいてくれたことに感謝しながら、たそがれの空を見つめた。


                  ※


 僕が最寄りのバス停から空中を「泳いで」待ち合わせ場所に行くと、像の前には予想通り携帯のカメラを構えた少女がすっと背筋を伸ばして立っていた。


 中学生とはいえ他の子にはない空気をまとう杏沙は、周りで待ちあわせている男の子たちまでそわそわさせる力を持っていた。


 ――でもやっぱりあれは「五月の七森」なんだ。


 あと「五日」しかない――それがどういう意味なのかまだ僕にはわからなかったが、とにかく僕にとって最も重要なことは一刻も早く「十一月の」杏沙を見つけることだった。


 僕はほんの少しだけ切ない気分を噛みしめながら、美少女の構えるカメラの前に進んでいった。


「――あ」


 それまで左右に動いていた少女の携帯がぴたりと止まったのは、僕がレンズの正面に立って「七森……」と呟いた直後だった。


「……あなたが、真咲君?」


 携帯を顔の前から外し、目を丸くしたのは言うまでもなく「五月の杏沙」だった。


「……よかった、ちゃんと七森に会えた」


 僕が興奮してそう言うと、杏沙は「あ、やっぱり「これ」が無いと姿が見えないな。そこにしばらく立ってて」と言って再びカメラのレンズを僕の方に向けた。


 ――やれやれ、まさか僕が七森カントクの「専属俳優」になるとは……

  

「これでよし、と。……さあ、好きなだけ喋っていわよ。ただしそこからは一ミリも動かないで」


「あ、ええと……僕は真咲新吾。この世界に来ている七森杏沙さんを探しています」


「知ってるわ。それよりあなたに言っておくことがあるの。どうやら父が言っていた「アウトレットスペース」に降りる階段が封鎖されてるらしいの」


「封鎖?」


「一階のイベントスペースで、十時二十分から公開イベントがあるの。近くに階段の入り口があるらしくて、イベントが終わるまで出入りは禁止だそうよ」


 杏沙はあの、お馴染みの早口で言うと「二十分もあなたを映してはいられないし、どう時間を潰すかっていう打ち合わせをしたいの」とつけ加えた。


「うーん、だったらそのイベントを見ながら待つ以外、ないんじゃないかなあ」


 「会話」ができるようになった気安さで僕が思わずぼやくと、杏沙が「イベントが終わったらすぐ行動するけど、常にカメラに収まる位置にいられる?映らなくなったらすぐ帰るけどいい?」と言った。


「もちろん。できるだけ近くで待機してるよ」


 僕は頷きながら、なんだか僕の知っている十一月の杏沙よりこの五月の杏沙の方がきつめだなと思った。


 ――まあ、別に嫌でもないしいいか。カントクの七森も新鮮で悪くないし。


「そう、わかったわ。じゃあ入りましょ」


 杏沙がそう言って携帯を顔の前から降ろした、その直後だった。


「あっ、幽霊君」


 不意に近くで声がして、声のした方を見た僕は思わず「あっ」と叫んでいた。


 僕のすぐ近くに立っていたのは車から降りたばかりのヨーコさんと、チサト、リサ、トシキの三人だった。

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