第25話 僕は僕を知らない彼女と初めて出会う
――ちょっと記憶と造りが違うけど、やっぱりここは『アップデーター』のアジトだった場所だ。博士がここを使ってるってことは、もう五月の時点で僕が知っている世界とは流れが違ってしまっているということか。
僕は憂鬱な気分でマリさんに「その扉の向こうに博士がいるんだと思います」と言った。マリさんが扉をノックすると、すこしの沈黙を挟んで「どなた?」と言う声が聞こえた。
「あっ……?」
細目に開けられた扉の隙間から顔を覗かせたのは、何と四家さんだった。
「四家さん……」
「え、なに?シケさん?」
僕の呟きにマリさんが反応すると、今度は四家さんがびっくりしたように目を丸くした。
「あなた、どうして私の名前を知ってるの?それにここは関係者以外、知らないはずなんだけど……」
いぶかしむ四家さんを前にマリさんは「あ、あの、これにはわけが……」としどろもどろになった。
「ええと、ゴセさんっていう人に教えてもらって……」
「五瀬教授?」
マリさんがパニックになりながらも事情を説明しようと頑張っていると、突然、四家さんの背後から「あ、その人がパパの言ってた「通訳」さん?」と声がした。
――この声は……まさか!
声に続いてひょいと顔を覗かせた人物を見た瞬間、僕は幽霊にはないはずの心臓が大きく跳ねるのを意識した。
四家さんの肩越しに僕らを見ていたのは、ちゃんと身体のある「五月の杏沙」だった。
「あ……」
マリさんがぼうっとなって立ち尽くしていると、杏沙は「どうぞ入って下さい。今、父を呼んできます」と言った。
僕はこんなに早く杏沙に会えるとは思っていなかったのと、ここにいる杏沙は僕と同じ十一月から来た杏沙ではないという事実に軽い混乱を覚えていた。
※
「なるほど、つまりあなたの隣には今、未来からやってきたという少年がいるんですね?」
五瀬さん同様半年だけ若い七森博士は僕の話を聞き終えると、うーんと唸って目を閉じた。
博士が研究のためにこもっているという地下の空間は、モニターと繋がっている何かの分析装置と、得体の知れないサンプルがずらりと並ぶキャビネットとで物々しい雰囲気が漂っていた。
「理論上はあると思っていたが、まさか本当に「不確定時空」に巻き込まれた意識が別の世界に飛ぶとは……」
博士がそう言うと、傍の椅子に座っていた杏沙が「私の知らない男の子が未来の私を追いかけてくるなんて、変な感じ」と言った。
僕はもっともだとうなずいた。ここにいる博士、四家さん、杏沙は五瀬さんと同じようにどことは言えないが僕の知っている人たちと微妙に違うのだ。
「そうなるとまず、君たちの場合対策を練らねばならないな」
「対策?」
「その真咲君という子と未来の杏沙が十一月の世界に戻る方法だよ」
僕はこんがらかった考えを大急ぎでまとめると、悪いとは思いつつそのままマリさんに伝えた。
「ええと……さっき五瀬さんは、世界が二つに分かれて別の物になったと言っていました。一度、元の世界とは違う過去に来てしまったら、出発した十一月に戻るのは難しいって……」
「うむ、君たちの状況は言ってみれば、川の流れに漂っている二つの船の一方から一方へ飛び移ったような物だろう」
「二つの船……?」
「そうだ。十一月の川を流れていた「未来」と言う船には二組の双子が乗っていた。彼らはそれぞれ「心」と「身体」という兄弟であり、発生した時空の渦に巻き込まれて二人の「心」だけが慌てロープで繋がれている空の船に飛び移ってしまったのだ」
「空の船って、何なんですか?」
「君たちの船には、別の世界になるかもしれないそっくりな船がいくつもロープで繋がっているのだ」
僕は川にボートが浮かんでいる絵を必死で想像した。が、博士のたとえはイメージするのがなかなか難しかった。
「その一つに「心」が飛び乗ってしまったことで、ロープが切れてしまったのだろう。本来の船に「身体」を残したまま「心」だけが元の船とそっくりな船に移動し、「五月」という時空の川を漂っている……そんなところだろう」
博士がそこまで言い終えると、おそらく僕以上に混乱しているであろうマリさんが「じゃあ、幽霊君は元の船に戻ることができないってこと?」と尋ねた。
「いや、君たちがこちらに現れたことで生じたひずみ……何なのかはまだはっきりしないが、それを修正できれば戻れる可能性は充分にあると思う。つまり違ってしまった船の形をもう一度そっくりにできれば、船同士は自然と近づくというわけだ」
「船の形を、もう一度そっくりにする……」
僕は博士の言わんとすることがなんとなく、イメージできた。つまりこの街を僕の知っている五月の街に近づければいいわけだ。しかし……いったいどうやって?
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