第24話 僕らは間違った五月の街をさまよう


「でも、幽霊君によるとその黒い煙みたいな「侵略者」は、七月の街にはもういなかったみたい……」


「そうか、となると真咲君と博士のお嬢さんが『不確定時空』に巻きこまれてここに来た時点で、君たちの未来には存在しなかった「別の五月」っていう物が生まれてしまったわけだな。ううむ……」


「別の五月?」


「つまりここは、君たちが通り過ぎてこなかった五月だってことだ。そう考えれば見たことのない敵がいたとしてもおかしくない」


「じゃあ幽霊君と何とかっていうガールフレンドの子はどうなるんです?」


「この五月は、君たちが出発した未来とは繋がっていない可能性もある。だから普通の方法ではおそらく、戻れない」


 僕は頭をハンマーで殴られたような衝撃を覚えた。元の十一月には、戻れないって?


 ――つまりこの世界では、僕と七森は出会わないかもしれないんだ!


「この世界では、幽霊はその……いてはいけない物ってことになるんでしょうか」


「まあ、不自然で不安定な存在であることには違いないが、だからと言って絶望するのはまだ早いよ。今言ったことはすべて、仮説にすぎないんだからね」


 五瀬さんがなぐさめを口にしても、僕の目の前はすでに暗くなり始めていた。


「とにかく僕が保管していた「侵略者」と、君の言う『アップデーター』が同じかどうかもまだわからない。ここから先は『不確定時空』を研究している七森博士に相談した方が早いと思うよ」


 五瀬さんの言葉に、僕は力なく頷いた。こんな幽霊の身体じゃ、誰に会ったって同じだ。


「幽霊君、希望を捨てちゃ駄目だよ。その何とかって博士のところにも、あたしが通訳として一緒に言ってあげるから元気出そうよ」


「ありがとう、マリさん……」


 僕が呟くと、その声が聞こえていたかのように五瀬さんが「僕から博士に「相談者の子は見えない幽霊で、通訳の人が一緒に来るって伝えておくよ」と付け加えた。


「ここにある機械の「身体」は貸してもらえないんですかって、聞いてます」


「貸してあげたいのはやまやまだけど今開発してるボディは未完成だし、以前造った試作品のボディも故障中だ。おまけに『ジェル』は長い活動に耐えられるほどエネルギーをたくわえられないときてる。僕としては悪いけどお薦めできないよ」


「そうですか……わかりました」


 マリさんから僕の返答を伝えられた五瀬さんは少しだけすまなそうな顔になると、「ああそうだ、ここが博士の最近の研究場所だよ」と言って携帯の地図を見せた。


「――あれっ?」


 地図を見た僕は、聞こえない声で思わず叫んでいた。


「どうしたの?」


「ここは七月に『アップデーター』が街の人たちの魂を閉じ込めていた場所だ」


 僕はそう言うと、マリさんが手にしている携帯の画面を半透明の手で指さした。


                  ※


「まあそう、暗くならないで。しょげる気持ちはわからないでもないけどさ、……ちゃんと次に行くところにも「通訳」として行ったげるから元気出しなよ」


 マリさんはバス停のベンチでうつむいている僕にそう言うと「あ、ほらバスが来るよ。乗るんでしょ?」と言った。


 僕らはバスに乗り込むと(僕は「乗っている」ように身体を固定しただけ)、工業団地前という停留所を目指した。


 この停留所近くにある公営住宅で、僕と杏沙は『アップデーター』たちによって身体から抜き取られた街の人の魂を見つけたのだ。


                ※


 そろそろこの辺で『アップデーター』騒ぎについて話しておいた方がいいだろう。


 今から二か月後、この街に『アップデーター』という謎の侵略者が現れ、街の人たちの身体を次々と乗っ取っていったのだ。(二ヵ月後のことだが、僕には過去形だ)


 僕と杏沙はたまたま乗っ取られる前に「幽霊」となり、自分の身体から脱出した。そしてその後五瀬さん、四家さんという味方を得た僕たちは、苦労して機械の身体を手に入れることに成功した。


 そして敵の弱みを突き止めた僕らは、街を完全に支配される直前で『アップデーター』をおとなしくさせることに成功したのだった。


                ※


 工業団地前の停留所でバスを降りた僕とマリさんは、公営住宅の敷地内へと足を踏みいれた。以前(二ヵ月も先だ)来た時は敵に制圧されていたので僕らはフェンスを乗り越えるしかなかったが、今はまだ普通の団地なので堂々と入ることができる。


 僕はマリさんに「たぶん、博士がいるのは地下だと思います。電源室に直通エレベーターがあるんです」と告げた。


「電源室?」


「はい……案内します」


 僕はマリさんを電源室に誘導すると、制御盤にカムフラージュしたエレベーターを探した。


「あった。これだ」


「これがエレベーター?」


 僕が記憶にある作動装置っぽいボタンを押すと、どこかでモーターの動き出す音がして二メートル四方の床がゆっくりと沈み始めた。


「――わっ、なにこれ?」


 僕らを乗せた床はどんどん沈んで行き、ほんの十秒ほどで明るい地下通路が僕らの前に出現した。


「ここは……」


「前に来た時は広場になっていたんだけど、少し違うようですね。……きっと敵に改造される前なんだと思います」


「あんたすごい事知ってるのね。ちょっと感動しちゃった」


「印象的な場所だったんで、よく覚えてるだけですよ」


 マリさんに褒められ、僕は妙にくすぐったい物を感じながら奥に見える金属の扉へと進んでいった。


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