第23話 僕は知りたくなかった残酷な事実を知る
「それで、その幽霊君はなんて言っているのかな?」
リビングのソファーに僕らと向き合って座った五瀬さんは僕が視えていないにもかかわらず、ごく自然に問いを投げかけた。
「あ、幽霊君は真咲君っていう名前らしいです」
「真咲君か。覚えておくよ」
マリさんが僕の名前を五瀬さんに伝えると、五瀬さんはまだ見ぬ僕の名前を口にしながらうなずいた。
僕は五瀬さんとマリさんのやり取りを聞きながら何となく、妙にしっくりしない物を感じていた。
それは七月の『アップデーター騒ぎ』の時に感じた五瀬さんへの「ちょっと変わってるけど安心できる人」という感じが今の五瀬さんから伝わってこないという違和感だった。
「ええと……まず一番最初に幽、じゃない真咲君が言ってるのは、五瀬さんに謝りたいことがある……です」
「謝りたいこと?」
「昨日、ここに勝手に入って、地下の実験室にあった機械を勝手に使ったって言ってます」
「昨日……機械……そうか、意識体の吸引装置を動かしたのは、君か!」
五瀬さんは僕の方――つまりマリさんの隣――を見てはっとしたように声を上げた。
「ということは『ジェル』に乗り移る方法も、真咲君は知っているわけだな」
――はい、知ってます。でもそれは今から二か月後に一度、経験しているからです。
「なるほど、確かにそれが事実だとするなら未来から来たというのもうなずけるな。すると工房で倒れていた機械の身体を動かしたのも君だな?『ジェル』にならなければあれは操縦できないからね」
僕は聞こえない声で「はい、そうです」と答え、大きくうなずいた。
「しかし驚きだな……意識体を『ジェル』に移し替える実験は、まだ一度も成功したことがない。それにアンドロイドボディに至っては完成すらしていないというのに」
「真咲君は、それもこれも「侵略者」と戦った経験があったからだと言っています」
「真咲君、そのことについてはもう少し、詳しく聞かせて欲しいな。……実は今、君の言う「侵略者」らしき存在の気配がちらほらと観測されているんだ」
――なんだって?
僕は慌てて未来の記憶を呼び起こすと、マリさんを通じて『アップデーター』の出現、杏沙や七森博士との出会いを「これから起こる未来」として五瀬さんに伝えた。
※
「なるほど、君の話を聞いていろんなことがわかってきたよ」
五瀬さんはマリさん経由で僕の話を聞き終えると、ちょっとだけ硬い表情でうなずいた。
「つまり七森博士のお嬢さん――意識体の方だけど――は、観測され始めている「侵略者」が街に放たれる前に独自のアンテナで嗅ぎ分けているってことになるね」
「今、見つかった「侵略者」もやっぱり、街の人を乗っ取ったりしてるんですかっ……て、幽霊君が言ってます」
「うん、まだ少しだけどいると思う。ただそれが君の言う『アップデーター』と同じ敵かどうかはわからない」
「乗っ取られた人はどうなるんですか?」
「まず、しばらくすると目が赤紫色に光るらしい。それから黒い煙状の「胞子」のような物を口から吐き出す。それを吸い込んだ人は自分も乗っ取られてしまうようだ」
――違う!僕の知っている『アップデーター』とは、全然違う! ……どういうことだ?
僕は混乱した。それともこの五月の侵略者は一度全滅して、その後に『アップデーター』たちがやってくるのか?
「そいつらはまだ、名前が付いていない。……じつはその、侵略者の「サンプル」がうちに保管してあったんだがちょっと管理に手落ちがあってね……」
――サンプルを保管してあった? ……管理に手落ちがあった?
僕は何とも言えない嫌な予感が幽霊の身体を走り抜けるのを覚えた。
「うん。一種のアクシデントだと思うんだけどね。この侵略者は滅びると黒い胞子の集まりになるんだが、たまたま捕えたサンプルをこの建物の「ある場所」に封印しておいたんだ」
「ある場所……」
「昨日、その封印したケースの蓋が少し動いていたんだ。もしここから敵の胞子が漏れ出ていたら……侵略を食い止める研究が進む前に街の人に取りついてしまう可能性もある」
――僕だ!
それはたぶん、キッチンの貯蔵スペースのことだろう。蓋を開けたのはたぶん……僕だ。
僕はぞっとした。なんてこった、他でもないこの僕が、こともあろうに封印されていた「侵略者」を街に放ってしまったのだ。
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