第22話 僕は未来の僕より早く助けを求める

 一時間後、僕は『ゴーストビート』のスタッフルームでベッドに腰かけ則人さんが現れるのを待っていた。


 ――それにしても、こんな回りくどいやり方で大丈夫なんだろうか。六日なんてあっという間だってのに。


 僕がそんなことを考えていると、扉が開いて知っている人物――ただし則人さんではない――が姿を現した。


「あれっ、幽霊君じゃない。どうしたの?」


 僕の前にブルーのつなぎを着て立っていたのは、後ろ姿が杏沙に似ている少女――マリさんだった。


 僕が未来の知り合いに助けを求めに行くのだと説明すると、マリさんは「へえー。幽霊でもそんなアクティブなこと、考えるんだ」と目を丸くした。


「でも幽霊君のサポートを買って出るなんて、ノリトさんもかっこいい」


 マリさんの目がまたしてもきらきらし始めた、その時だった。入り口の扉がばたんと開いて、則人さんがふらつきながら僕らの前に現れた。


「……則人さん?」


 僕は合流した則人さんの姿を見て仰天した。なんと則人さんは上着とスラックスがずたぼろで、しかも腕と顔の擦り傷からは血がにじんでいたのだ。


「どうしたの、ノリトさん!」


 マリさんが悲鳴に近い声を上げると、則人さんは「いやあ、自転車で走ってたら車と接触しちゃって……相手がそのまま行っちゃったから、僕もそのまま来たんだけど、……いてて」


「則人さん、それじゃ僕と一緒には行けないですよ……早く病院に行ってください」


 僕がそう告げると、マリさんが「どこに行くの?」と尋ねた。僕が事情を説明すると、マリさんはいきなり携帯を取り出してどこかに電話をし始めた。


「――もしもし理事長?二年前に辞めたマリです。実はノリトさんが自転車で事故っちゃって、大変なんです。病院に連れて行った方がいいと思うので、『ゴーストビ-ト』まで来てくれませんか?」


 電話を終えたマリさんは則人さんに「……というわけで、ヨーコさんが来ます。ちゃんと病院行って下さいね、ノリトさん」と言った。


「まいったな、姉さん呼んだのかいマリちゃん」


「呼びました。観念してください」


 マリさんは則人さんに向かってそう言い放つと、ひと仕事終わりとばかりにくるりと僕の方を向いて「さて、これでいいわ。……で、どこに行くんだっけ幽霊君」と言った。


 

「へえ、この街にこんなお屋敷があったんだ。知らなかった」


 僕に案内される形で五瀬さんのお屋敷に辿りついたマリさんは、玄関の手前で立ち止まると唐突に声を上げた。


 マリさんは玄関の前まで進むと呼び鈴を鳴らし、「こんにちは」と中に向かって呼びかけた。


「……はい、どなた?」


 数秒後に聞こえてきたのは五瀬さんと思われる男性の、起き抜けみたいな声だった。


「あの、ええと私、幽霊君の通訳で来た横田っていいます。ここ、五瀬さんって言う人のお宅でいいんですか?」


「そうだけど……幽霊の通訳って、どういう意味?」


「あたしの隣にいる幽霊の男の子が、二か月後にあなたに会うみたいなんです。それでちょっと早いし、まだ会ってないけど助けてもらえませんかって」


 マリさんの説明は言葉だけ聞くとかえって混乱しそうな内容だったが、僕の状況を一生懸命伝えようとしてくれていることは痛いほどよくわかった。


「ちょっと待って……よくわからないけどその話、詳しく聞かせてもらえるかな」


 マリさんが僕を見て「これでいい?」と言う表情をした瞬間、扉が開いて白衣を着た五瀬さんが姿を現した。


「あ……」


 五瀬さんとじかに向き合った瞬間、マリさんはその場に固まった。


「こんにちは。どうぞ入って」


「は、はい」


 丸眼鏡にぼさぼさ髪の五瀬さんを前に目をきらきらさせているマリさんを見て、僕ははあと思った。地味だが端正な顔の五瀬さんは見ようによっては草食系ハンサムに見えないこともない。


 ――マリさん、そういう顔をしてるとノリトさんに告げ口しますよ。


 僕の心配をよそに、マリさんは五瀬さんに導かれるままふらふらとお屋敷の中へ足を踏み入れて行った。五瀬さんは僕らを(僕にとっては見慣れた)リビングに招き入れると「そこのソファーに座って。幽霊君も隣にいるんだよね?」と言った。


「はい、います。あの、お忙しいと思うんで、どうぞお構いなく」


 緊張したまなざしとは裏腹に口元の緩んでいるマリさんを見て、僕は「大丈夫かな」と感謝と不安が混ざった複雑な気分になった。


                  ※

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