第21話 ぼくは丸一日かけて振出しに戻る
「あの女の子が初めて私に入ってきたのは、ダンスのレッスンをしていた時でした」
僕がヨーコさんとノリトさんにお願いしてリサに質問する場を設けてもらったの刃は、ミーティングと同じ日の午後だった。
「私、ダンスに集中し過ぎると時々、意識が「ふっ」ってなっちゃうんですけど、あの子が入ってきたのもそんな時でした」
タレントスクールの応接室でリサと向き合っているのは則人さんとヨーコさんで、僕はその後ろにいた。僕が何か尋ねたいときにはまず則人さんに言って、それから則人さんが同じ問いをリサにする……という段取りだった。
「入ってきた時の感じはなんていうか、うなじのあたりから水を注ぎこまれるような感覚でした」
「それで、君の中にいる時はどんな感じだったんだい?」
これは僕の質問だが実際に問いかけたのは則人さんだった。僕自身はまっすぐリサの方を見て言っているのだけれど、リサには僕の姿は見えず声も聞こえていない。
「急がなくちゃ、とかシンリャクシャを見つけなくちゃ、とか声っぽい音がしばらく聞こえていたんですけど、バンドのミーティングでミヤビさんに会ってから全然聞こえなくなったんです」
「つまり君の中の「女の子」がミヤビを見た瞬間、中にいる「黒い煙」に気づいたってわけか」
「そうだと思います。その後は、ライブでミヤビさんが気を失うまでずっと静かでした」
「なるほど、「黒い煙」に悟られないよう気配を消していたってことか。それがライブ中のハプニングでミヤビの身体から「黒い煙」が逃げたことで慌てて追いかけたってことだな」
「女の子がなぜ私に取りついたのかは、今でもわかりません。年か身長が近かったからかな、とか」
リサはそこまで言うと、それ以上のことはわからないと言うように口を閉ざした。
僕が「このくらいにしましょう、リサさんも疲れてるみたいだし」と則人さんに言うと、則人さんはうなずいて「話を聞かせてくれてありがとう、幽霊の子も感謝してるみたいだ」と言った。
「勝手な行動をとってすみませんでした。それじゃ、私はレッスンに戻ります」
リサはそう言ってぺこりと一礼すると、部屋から出ていった。リサが姿を消すと、則人さんが「さて、こうなると少し目先を変えなくちゃいけないな」と言った。
「目先を変える?」
「単にその子と感じが似た子を探すんだったら、このスクールの生徒の中を探してもいいわけだけど、それよりも今は「シンリャクシャ」の情報を集めるのか先決だ」
「情報って言っても僕には身体がないし、やれることに限りがあります」
「とにかく君が言っていた博士だか教授だかに会って、「シンリャクシャ」の話をしてみる以外ないだろうね」
「でも僕の身体は今のところ則人さんやヨーコさんにしか視えないみたいだし、「未来」で知り会う人のところにいきなり行っても相手にしてくれない気がします」
「それなら大丈夫、僕が今みたいに間に入って「通訳」を引き受けるよ。神社の方は明日まで休みを取ってあるし」
「そんな……悪いです」
「遠慮してる場合じゃないよ、幽霊君。女の子は「あと六日」って言ったんだろ?」
「そうですけど……」
「じゃあ決まりだ。どこから訪ねたらいい?」
「ええと……」
僕の頭に真っ先に浮かんだのは、五瀬さんのお屋敷だった。
「光ヶ森にある、五瀬さんいう人のお屋敷に行きたいです」
「光ヶ森ね。あそこなら自転車で行けるから、僕は自転車で行くよ。きみはどうする?」
「自転車ですか……それなら幽霊も多分、同じくらいの速度が出せると思うので後ろから飛んでついていきます」
「よし、決まりだ。「光ヶ森」ならここより『ゴーストビート』の方が近いから、あっちに自転車を持って行くよ」
「はあ……」
「じゃ、僕は今から自転車を取りに行って来る。逆戻りで申し訳ないが先に『ゴーストビート』に行って待っててもらえるかな」
「わかりました。向こうで合流しましょう」
僕は宙に浮いたままタレントスクールの建物を出ると、午前中までいた『ゴーストビート』に舞い戻った。
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