第20話 僕は五月の街で二人の味方を得る


「あ、ノリさん……」


 マリさんが則人さんを見るなりきらきらした目になったのを見て、僕は「ははあん」と思った。杏沙と出会って以来、僕の脳みそには今まで存在しなかったアンテナがにょきっと出ているのだ。


「掃除のバイトは八時からだろ?今日はミーティングだけだからのんびりやればいいのに」


 そこまで言った後、則人さんはベッドの上の僕に気づいて目を丸くした。


「あっ……」


「どうしたの?ノリトさん」


「いや……今、この部屋に「お客さん」がいるんだけど、もしかしてマリちゃんにも見えてる?」


 則人さんが尋ねると、マリさんは「男の子ですよね?はっきり視えます」と答えた。


「それよりノリトさん、いつあたしとデートしてくれるの?」


「参ったな。前にも言ったろ?僕はアキラ君より十も年上なんだぜ。君と歩いてたら周りが怪しむよ」


「そんなことないよ」


 どうやらマリさんはかなりの年上好きらしい。


「……ねえノリトさん、この男の子どこから来たんだろ」


「んっ? ……ああ、この子か。昨日、ライブに来てくれた子だよ。色々わけありみたいでさ」


「わけあり?」


「うん。生きてるんだけど、身体が存在しないんだってさ」


「存在しないって……じゃあ死んでるんじゃん」


「うーん……」


「ノリトさん、僕、マリさんに会ったことがあるんです」


「なんだって?」


「……未来でですけど」


「なんだかややこしいな。……わかった、その話は後であらためて聞くよ」


「ノリトさん、その子と何の話をしてんの?あたしにも教えてよ」


「あとで教えるよ。この子、マリちゃんに会ったことがあるんだってさ」


「あー。さっき、あたしの名前を呼んだのはそれだったんだ。……でも、あたしは会った覚えがないんだけど」


「僕もよくわからないけど、未来で会ってるんだって」


「未来で?」


 いぶかしむように眉をひそめてこちらを見ているマリさんに、僕は「あの、後で機会があったらお話します」と幽霊らしくない作り笑いで答えた。


                   ※


「いやあ、俺としたことが申し訳ない。急に目の前か暗くなって……最後までやりきろうとは思ったんだけど」


 ドラムのミヤビさんは、大きな身体を折り曲げるようにして仲間たちに謝った。


 休日を利用したミーティングは、昨日のライブでアクシデントが発生したこともあってどこか重い空気が漂っていた。


「しょうがないよ。何かに身体を乗っ取られてたんだろう?」


 則人さんがなぐさめると、他のメンバーから一斉に「乗っ取られた?」とどよめく声が上がった。


「視たんだな、則人」


「ああ、黒い煙みたいな物がお前さんから出て行くのをな。あれは、何なんだ?」


「実のところ、俺にもよくわからない。ライブの少し前から「何か」が俺の中に入り込んできて、なんというかその……体の中を探られてるような感じが続いてたんだ」


「身体の中を探られてる?」


「ごめん、そういう説明しかできないんだよ。それがライブの終わりに突然、どっこかに行っちまった。なんだったのかは今でもわからない」


「ふうん、不思議な話だなあ。……で、リサちゃんだけど」


 則人さんが話を向けると、キーボードの子の後ろで小さくなっていたリサがびくんとからだを震わせた。


「ごめんなさい、ミヤビさんのことは心配だったんですけど身体が勝手に……」


「勝手に、黒い煙を追いかけてしまった?」


 則人さんが優しく問いかけると、リサは少し考えてこくんとうなずいた。


「それはミヤビの言う「何か」みたいに、身体の中を探りに来る感じだったのかな?」


「……違うと思います。たぶんって言ったら変だけど、私と同じくらいの女の子のような気がします」


「女の子?」


 間違いない、杏沙だと僕は思った。


「夢に……すごくきれいな女の子が出てきて「ごめんなさい、六日しかないの。身体を貸して」って言った気がするんです」


 あと六日……僕の夢に出てきた杏沙も、そんなことを言っていた。なぜだ?


「つまり、ミヤビの身体に入った煙を、その美少女はリサちゃんの身体を借りて追っていたってわけか。何のためにそんなことをしたんだろう」


 則人さんの疑問には、リサもミヤビさんも黙って首を振るだけだった。


 どうやらこの中で僕が視えるのは則人さんだけらしく、リサもミヤビさんも取りつかれることはあっても幽霊を見る力はないようだった。


 僕は則人さんに話しかけたくてうずうずしていたが、ここで僕と則人さんが会話を交わしたら他のメンバーからは則人さんが交霊術かなにかを始めたと思うだろう。


「まあとにかく、煙も女の子もどこかに行っちまったってことだから、俺たちは次のライブに集中しようぜ」


 則人さんの一言で、異変の話はそこまでになった。僕はまだ小さくなっているリサに目をやると、頭の中でリサに取りついた少女が言ったという「あと六日」という言葉を噛みしめた。


 ――できれば近いうちにヨーコさんに「通訳」に入ってもらって、リサから「謎の美少女」の話を聞かなくちゃ。


 僕はメンバー達の話にぼんやりと耳を傾けながら、自分が次にすべきことを考えた。



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