第19話 僕は心強いサポーターに未来を託す
「生き霊になってまで聞きに来てくれて、ありがとう」
則人さんがライブハウスの控室でそう切りだしたのは、ようやく意識の戻ったリサが連絡を受けたお母さんに連れられて帰宅した直後だった。
「生きてないお友達がふらっと入ってくるのはよくあるんだけど、中学生の生霊ファンは初めて見たよ。どこで僕らのことを知ったの?」
「あの、ええとヨーコさんから……」
「んっ?ヨーコって姉さんの事かい?ひょっとしてタレントスクールの生徒さん?」
いきなりたたみかけられ、僕は返答に詰まった。ヨーコさんの言う「おあつらえあ向きの人」はどうやら「ちょっとせっかちな人」でもあるらしい。
「ええと、実は僕、身体がこの街に無いんです」
「身体がない?」
「いえ、あるんですけどこっちの身体にはこっちの「僕」がいて……」
支離滅裂な僕の話に、則人さんは身を乗り出してふんふんと頷きながら聞き入った。
「よくわからないけど、つまりこの街には君が二人いるって事?」
「そうです。……あ、言い忘れてました。僕の名前は真咲新吾、中学二年です」
「真咲君か。僕は大抵のことには驚かないけど、身体がないとか自分が二人いるっていう話は初めてだな。……良かったら詳しく話してくれるかい?」
「うーん……たぶん驚くと思うんですけど」
「たとえ宇宙人がこの街の住人に紛れてるっていう話でも、僕は驚かないよ」
僕は惜しい、と思った。でも意味的には限りなく近い。僕は則人さんを推薦してくれたヨーコさんに感謝した。
「はじまりは……今から二か月後の七月なんです」
「二か月後? ……七月だって?」
和風ハンサムの則人さんは口調こそいぶかしむような調子だったが、目は逆にらんらんと輝いていた。
「まだ現れてませんが……もうすぐこの街に『アップデーター』という侵略者がやってくるんです」
「侵略者? ……なぜ君は未来のことを知ってるんだい?」
「未来のことを知ってるというより、一度体験してから戻ってきたんです」
僕は『アップデーター』さわぎから杏沙のこと、そして十一月の『不特定時空』事件のことについてできるだけ噛み砕くよう心掛けて喋った。
「こりゃあ驚いた。……一応、確認するけどそれって君が授業中に考えた小説のストーリーじゃないよね?」
「違います。証明はできないけど、僕にとっては全て実際に体験した事実です」
僕は力を込めて言った。侵略者はともかく、杏沙が僕の妄想のはずがない。
「ふうむ……だとしたらその女の子は、リサちゃんの身体に取りついてたってことになるのかな」
僕は強く頷いた。則人さんの見立ては僕が直感したこととまったく同じだった。
「だとしたら、リサさんにも話を聞いてみたいです。もしリサさんに僕が見えないのなら、則人さんかヨーコさんにお願いしたいところです……難しいですか?」
「いや、聞きたいことを教えてくれれば大丈夫。それより、個人的にはその女の子が追いかけていった「黒い気体」のことも気になるな」
「僕も気になります」
まさか新たな――『アップデーター』より前なら、最初の――侵略者なのだろうか。
「じゃあライブの反省会をする時にそれとなく聞いてみるから、その時に君も同席してくれないか」
「わかりました」
僕は事態がほんの少しだけ進展したことに安堵しつつ、杏沙を追いかけることは、同時に杏沙が追いかけている「何か」を追う事に繋がるのかもしれないと予感した。
※
『追ってこないで』
廊下の途中で振り向いた杏沙は、そう言って厳しい目で僕を見据えた。
「どうしてだ七森。一緒に十一月のあの日に戻ろう。身体が生きているうちに」
『戻れるなら戻りたい。……でも今は無理』
「なぜだ?」
『時空のゆがみが生みだした不安定な過去を、正しい形にするまでは戻れない』
「正しい形って何だよ。なにをすればいいんだ?」
『時空のゆがみから生まれた侵略者を封印して、ゆがみを消すの』
『封印?ゆがみを消す? ……侵略者って言ったけど『アップデーター』のこと?」
僕が畳みかけると、杏沙は黙って首を振った。
『まったく別の侵略者よ。戦えるのは多分、私だけ』
「じゃあ僕も一緒に戦う。なぜ僕から逃げるんだ?」
『……逃げてない。あなたが追わなければいいだけ。そろそろ同じことで困らせるのはやめて』
そう言うと、杏沙は僕が見たことのない寂しい目になった。
『あと六日しかないの。半年も前の世界まで追いかけてくるなんて……未来にいてくれたら良かったのに』
杏沙はそう言うとくるりと身を翻し、壁の中に消えて行った。
「七森……待ってくれ、七森!」
僕は目の前で薄れてゆく廊下の風景にすがりつくように、杏沙の名を叫び続けた。
※
僕が「目を覚ました」のは、頭の近くで重い音がした直後だった。
「ちょっと、そこで寝られると困るんだけど」
「あ……」
頭の上から降ってきた女の子の声に、僕は本格的に意識を取り戻した。昨日、僕は『ゴーストビート』のスタッフルームに置かれた仮眠用ベッドで一晩過ごしたのだ。
「確かにベッドは空いてるけどさ。あたし、掃除の間いつもそこに荷物を置かせてもらってるの」
僕は自分を見下ろしている女の子の顔を見た瞬間、驚きで頭が真っ白になった。
「ええと……」
「だから、いつまでも寝てられると困るわけ」
「……マリさん?」
「え?なんであんた、あたしの名前を知ってんの?」
僕が幽霊だとわかっても驚かなかった女の子――マリさんは、僕が名前を呼ぶと気味悪そうに目を見開いた。無理もない、今は五月なのだ。それにしても――
「ま、いっか。……見た感じ、あたしより少し下くらい?なんでか知らないけど、気の毒っちゃ気の毒ね。幽霊になった原因は何?交通事故?それとも、あの……」
――マリさんは、僕が「視える」んだ!
僕は大急ぎで頭を整理した。マリさんと始めて会ったのは、十一月だから、五月のマリさんが僕のことを知らないのは当然だ。
十一月に会った時僕にはまだ身体があったから、マリさんがヨーコさんや則人さんのように「視える」体質だということがわからなかったのだ。
「……いじめとか、そういうの?」
ははあ、と僕は思った。マリさんは僕が自殺した少年の霊だと思っているらしい。確かに中学生が死ぬ理由なんてそう多くはない。
「いやあの僕、生きてます。マリさん」
「あのね、マリ、マリってあたしはあんたのこと知らないんだけど。ひょっとしてあんた、他校のストーカー?」
僕は答えに悩んだ。どうしよう、マリさんには僕が生霊だってことがわからないらしい。
「本当はね、寝てるあんたの上にバッグを置いてもよかったの。……でもいくら幽霊でも体の上にバッグを置かれちゃ嫌だろうと思って一応、気を遣ってあげたんだよ」
マリは上から目線でそう言うと「だからさ」とつけ加えた。
「雑に扱って欲しくなかったら、ちゃんと自分のこと話してよ」
「ええと、名前は真咲新吾。中学二年生で……」
僕がおずおずと「二度目」の自己紹介を始めようとしたその時だった。
「おうマリちゃん、今日は早いな」
突然、声がしたかと思うと、入り口から則人さんがひょっこり姿を現した。
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