第18話 僕はずるい手で最前列の席を確保する


 ライブハウス『ゴーストビート』はとあるビルの、地下に降りて行った先にあった。


 僕は三十名ほどが入れる客席の後ろで、立ち見客の隙間に身を隠すようにして立った。


 なぜここにやって来たかというと、ヨーコさんの弟さんである『ノリト』さんがこのライブハウスの常連バンド『ノリティーズ』のヴォーカルだったからだ。


 つまり『ノリティーズ』のステージを見に来れば、わざわざ神社まで行かずとも『ノリト』さんに会えるというわけだった。


『ノリト』さんこと福来則人さんは万来神社の「ごんねぎ」とかいう立場の人で、コスプレなのかステージ上でも神主さんが着ているような白い服を着ていた。


 バンドはヴォーカルの則人さんにギター、ベース、ドラム、キーボードという編成で後ろの方にタレントスクールにいたリサという子がコーラスで立っていた。


「お待たせしました、それじゃあ一曲目をやります。『小吉』という曲です」


 掛け声と共に始まった曲は、メンバーの癖の強い衣装とは裏腹にCMソングになってもおかしくないようなポップスだった。木ノ内たちがやっていたようなロックを想像した僕は一瞬、拍子抜けした。だが聞いていると、歌も見た目に劣らない癖の強さであることがわかるのだった。


「うせものわあ、みつかるであろおおう」


 則人さんがマイクスタンドをぶんぶん振り回して叫ぶ言葉はとてもポップスの歌詞とは思えない物で、リサを除く他のメンバーも頭をぶんぶん振ったり木の枝みたいな物を振り回したりとパフォーマンスと知らなければ何かの儀式にしか見えなかった。


「ありがとうございました、『小吉』でしたっ!」


 則人さんがぺこりと一礼した瞬間、僕はなんだか幽霊の身体にエネルギーを注ぎ込まれたような感動を覚えていた。生演奏には何か、特殊な力があるのかもしれない。


「ええと……今日は現世のお客さんに混じって結構、「お友達」が来ているのも視えるんですが、わりと皆さんおとなしいみたいで……あっ」


 則人さんの目線が止まったのは、ちょうど僕のいるあたりでだった。


「あー、いいですね、正面の奥にいる……中学生かな?半分生きてる子。初めてだよね?もっと前においでよ」


 僕は幽霊なのに、どきりとした。則人さんの言う「半分生きてる子」は、僕のことと考えて間違いなさそうだ。


 僕が椅子と観客を通り抜けて前に出ると、則人さんは満足そうに「じゃあ次の曲を聞いてもらおうかな。『参ったぜ』!」


 ドラムのばすんという音と共に始まった二曲目は、一曲目とは違ってロックでもポップスでもない、もっと言ってしまえば「よくわからない」謎音楽だった。


 途中でリズムが変わったりアカペラになったりする予想不能の展開に、呼ばれて前に出た僕も一生懸命手を叩いているふりをするしかなかった。


 ――うーん、二曲目にしてすでにしんどくなってきたぞ。


 僕が必死でステージを繰り広げているバンドメンバーに対し、失礼な思いを抱きかけた、その時だった。明らかにパフォーマンスではない異変が、ステージ上に現れた。それまでテンポよく演奏していたドラマーが急にスティックを落とすと、ドラムセットの上に身体を投げだしたのだ。


                  ※


「――ミヤビ!」


 則人さんがドラムの若者に駆け寄ると、他のメンバーたちもライブハウスのスタッフも一斉にドラムの周りを取り巻いた。と、突っ伏したまま動かないドラマーの背中から黒い気体が現れたか思うと、うねりながらフロアの出口へと移動するのが見えた。


 ――あれは、五瀬さんのお屋敷で見たのと同じものだ!


  僕が呆然としていると周囲がざわつく中、なぜか最年少のリサが何も言わずステージを飛びだし出口の方に駆けてゆくのが見えた。


 すぐ近くで演奏しているメンバーが倒れたのだから、本来なら真っ先に駆け寄るのが普通だろう。だがリサは倒れているミヤビさんには目もくれず、フロアの外へと走り去って行った。この行動から考えられることは一つしかない。


 ――リサさんはあの謎の気体を追っていったんだ。


 つまり彼女は、僕と同じ物が見えるということだ。僕はごめんなさいと言ってステージに背を向けると、リサの後を追ってフロアを飛びだした。


 廊下に出た僕が真っ先に目にしたのは、廊下のどん詰まりに吸い込まれてゆく黒い気体とその手前で倒れているリサだった。


「リサさん!」


 僕が驚くべき光景を目にしたのは、幽霊の声で叫んだ直後だった。倒れているリサの背中から白いほっそりした影が現れたかと思うと、黒い気体を追いかけるかのように壁の中に消えていったのだ。


 ――あれは……


 僕はほんの一瞬見えただけの後ろ姿に、頭を殴られたような衝撃を覚えていた。


 ――間違いない。あの後ろ姿は……七森だ!


 思いがけぬ「再会」に、僕の頭の中は喜びより戸惑いでいっぱいになっていた。


 ――やっぱり七森はこの「五月の街」に来ていたんだ! すぐに追いかけなくちゃ。……でも、どうやって?


 僕が困惑したままゆらゆら漂っていると、背後から「リサちゃん!」という声と近づいてくる足音とが聞こえた。振り向くと、青い顔でこちらにやってくる則人さんたちの姿が目に飛び込んできた。


「……君も、何かを見たんだね?」


 リサを抱き起こしながら、則人さんはあきらかに僕に向けた問いを口にした。


「え……あの……」


「一緒にリサちゃんを運ぶのは無理だろうけど、その代わりあっちで少し話を聞かせてもらえないかな?」


「は……はい」


 則人さんは「返事は聞こえたよ」という代わりに無言で頷くと、「じゃあ、来て」と生きている人間に対して言うのと同じような口調で僕に語りかけた。



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