第17話 僕は誰よりも影の薄い見学者になる


「ま化けの話だばかり思ってたら、まるでSFね」


 僕がヨーコさんに通されたのは、アキラさんのお店から徒歩で十分程度の場所にある『福来ふくらい洋子タレントスクール』の応接コーナーだった。


 幽霊経験の豊富な僕は「座って見える」ようソファーの位置に収まると、これまでのいきさつ――つまり未来の話も含めてだ――をかいつまんで話した。


「信じられないけど……幽霊になってる本人が言うんじゃあ、ねえ」


 ヨーコさんは両手で頭を押さえて「頭痛」のポーズを取ると、ふうーっと長い息を吐いた。


「まあなんとなく未来から来た生霊だってことはわかったわ。それで、あなたはガールフレンドの子もこの街にいると思ってるのね?」


「はい」


 僕はなんの根拠もないまま、半透明の頭で頷いた。


「あなたの話から想像したんだけど、ひょっとしたらうちの生徒の誰かに「乗り移ってる」かもしれないわね」


「生徒さんに乗り移ってる?」


「まあ、あてずっぽというか勘みたいなものだけど。……その子の特徴みたいな物、ある?」


「すごく頭が良くて……友達の僕が言うのもなんですけど、ちょっと目立つくらいの美少女です」


「目立つくらいの……ねえ」


「それだけでもかなり絞れると思うんです」


「うちの子たちは全員、美少女だけど……ま、うちでピンと来る子がいなかったらよそを当たるのね。これから選抜クラスのレッスンなんだけど、見学して行く?」


「選抜クラス?」


「うちの生徒は全部で三十人なんだけど、そのうち十人がオーディションなんかを積極的に受けてる子たちなの。レッスンの内容もその分、高度になってるわ」


「特待生ってわけですか」


「そんなようなものね。見込みのある子を入れ替えながら選んでるんだけど、今はその中の三人が特に有望ね」


 ヨーコさんはそう言うと、同じ階にあるボイストレーニング用の部屋に僕を案内した。


                  ※


「あ、あ、あ、あ、あ――」


 ボイストレーナーの弾くピアノの合わせて発声練習をしていたのは、十代と思われる三人の男女だった。


「あ、理事長。どうしたんです?」


 ボイストレーナーの女性が僕らに――正確に言うとヨーコさんに気づいて鍵盤を叩く手を止めた。


「ええと……」


 ヨーコさんはそれとなく僕の方を見ると「あ、近いうちに見学者が来るから、どのレッスンを見てもらったらいいかなって」と言った。


「この三人ならもう仕上がってるから、どのレッスンを見に来られても大丈夫だと思いますけど」


 ボイストレーナーの女性がそう言うと、男の子一人と女の子二人の「特待生」が揃ってぺこりと頭を下げた。一番年下らしい女の子が僕と同じくらいで、後の二人は僕より年上のように見えた。


「ええとチサトさんとリサさん、それにトシキ君だっけ。みんないい声ね」


 隣にいる僕に説明するつもりだったのだろう。ヨーコさんはわざわざ三人の名前を呼ぶと頼もしそうに目を細めた。


「彼らは音感がいいから、もしオーディションで結果が出なかったら三人一組のボーカルユニットで売り込もうと思ってます」


 僕はヨーコさんとボイストレーナーの会話を聞きながら、三人の顔をちらちら見た。


 幽霊なのだからじろじろ見たところで気づかれはしないのだが、マナーは守った方がいいと思ったのだ。


(どう、この中にいそう?)


 ヨーコさんがそういう風に見える目線を僕に寄越し、僕は即座に(いないと思います)という風に首を振ってみせた。


 仮にこの中の誰かに杏沙が乗り移っていたとしたら、僕には表情でわかるはずだと思った。


 ――でも、この街に来ているんだとしたら、なぜ僕のいそうな場所を訪ねてこないのだろう?


 僕が、会いたくないのかもしれないという嫌な考えに浸りかけた、その時だった。


「理事長、私、この前動画で見た『ノリティーズ』のノリトさんからバックコーラスで参加しないかってレスが来たんですけど、やってもいいですか?」


 ヨーコさんにそう切りだしたのは、リサという一番年下の子だった。


「ええ、もちろん。ただしギャラの発生するような正式な契約なら、私たちに報告してね」


「はい、わかりました」


「それじゃ、頑張ってね」


 レッスン室を出て応接コーナーに戻る途中、しばらく無言だったヨーコさんがふいに僕に「どうやらこれといった手ごたえはなかったみたいね」と言った。


「はい。残念ですが。……ところで、リサさんが言ってた『ノリティーズ』って何ですか?」


「ああ、地元の人気バンドよ。うちのアーティスト志望の子もよく出てる、風見坂の『ゴーストビート』っていうライブハウスによく出てるわ」


「バンドですか?」


「そう、バンドよ」


 バンドと聞いて僕はクラスメートの木ノ内のことを思いだした。かつては映画同好会に所属していたこともあるが、今はバンドの活動に集中している。


「あのう……こんな質問、現実的じゃないと思うかもしれませんが、ヨーコさんみたいに僕が「視える」っていう人、他にはいないんでしょうか」


 僕がふと思ったことをおずおずと切りだすと、ヨーコさんは「あなたの存在自体、充分に非現実的でしょ」と笑った後「いるわよ」と驚くべき答えを返してきた。


「いるんですか」


「ええ。……あ、ひょっとしてガールフレンドを探すための探偵を見つけたいってこと?だったらおあつらえ向きの人がいるから、紹介してあげるわ」


「本当ですか?」


「見た目は霊能者っぽくないけどね。私の弟よ」


「弟さん?」


「ええ。昔は役者をやったりしてたけど、今は万来町の神社で働いてるわ」


「万来町の神社……あっ」


 それなら知っている、と思った。一度、杏沙たちと行ったことがあるのだ。ただし――今から四か月後に。


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