第16話 僕は能力者に身の上トークをする


 五瀬さんのお屋敷を離れた僕は、五月の街をあてどもなくさまよい始めた。


 ――ここには五月の「僕」がすでにいる。だから幽霊の僕は必要ないし、そもそも誰かに知られる手段がない。つまり「いない」のと同じことなのだ。


 このまま七月になり十一月になっても、この世界の僕がそのまま夏や秋の僕になるだけでやっぱり身体のない幽霊は行き場がないのだ。


 元の十一月に戻って身体を取り戻さない限り、僕はこの街にとって余分な存在でしかない。


 でも、と僕は思った。


 もしここに杏沙も来ているのなら、僕には杏沙を探すという存在理由が生まれる。たとえ街の人が誰一人知らない幽霊だったとしても、僕はそれだけでここにいられる。


 ――頼む七森、僕を必要としてくれ。


 僕は気がつくとここに飛ばされる直前、トラブルで立ち寄った雑居ビルの前にいた。


 ――そういえばマリさんに連絡もしてないな。


 五月の二人にたとえ会えたとしても、マリさんもアキラさんも半年後の「未来」に会う少年のことなどわかるはずもない。


 僕が好奇心でビルの壁を抜け、アキラさんのお店を覗こうとしたその時だった。


「――ひっ!」


 突然、女性の悲鳴が聞こえ、お店にいた年配の女性と僕の視線が――合うはずがないのだけれど――ぶつかった。


「お、お化けえっ」


 女性は目を見開いたまま席を立つと、自分のキャリーバッグにぶつかって尻もちをついた。


「なんだい、どうしたんだヨーコさん」


「お、お化けが壁から出てきたのおっ」


 カウンターから出てきたアキラさんは、常連らしいヨーコさんという女性に眉を寄せつつ声をかけた。


「お化け?どこに?」


 アキラさんはあごに手をやると、いぶかしむように首を傾げた。


「あ、あ、あそこ。入り口のところっ」


「おばけなんてどこにもいませんぜ。遅くまで仕事して疲れてんじゃないのかい」


 ぼくはこのチャンスを逃すまいと、思いきって「あのう」と幽霊の声で話しかけた。


「しゃ、しゃべったあ」


「喋った? ……お化けが?」


 ヨーコさんはうんうんとうなずくと、それでも目をそらすことなく僕を見続けた。


「……僕が、見えるんですか?」


 気を失っちゃうんじゃないかと思いながら僕があえてたたみかけると、ヨーコさんは目を丸くしながら「うんうん」と首を縦に振った。


                 ※


「ええと僕、お化けじゃありません。意識……いや生霊……ちがうな、とにかく死んでないです」


「生霊……死んでない?」


 僕の「死んでない」と言う言葉に、ヨーコさんの怯え切った表情が一変した。


「じゃあ、本物のあなたはどこか別の場所にいるってわけ?」


 ヨーコさんの問いに、いちいち説明をするのもなんなので僕は一言「はい」とだけ答えた。実際、「本物」の僕は自宅にいるわけだし。


「そうかあ、じゃあ自分の身体からはじき出されちゃったのね。お気の毒に……」


 ヨーコさんはさっきまで怯えていたのが嘘みたいに、僕に向かって同情の言葉を口にした。


「私、多少はそう言う人と話ができるの。よかったらこっちに来てお話しない?」


「――えっ?」


 僕は面喰った。多分、ヨーコさんはいわゆる「霊能者」なのだろう。怪談の幽霊と七森博士の言う「意識体」が同じかどうか僕にはわからない。でもまあ同じような物だろう。ヨーコさんにとってはお化けと同じように僕が「視える」のだから。


 僕はヨーコさんのいる席まで空中を泳いで移動すると、ほどよい高さで止まった。


「あなた、学生さん?」


「はい、中学生です。名前は真咲新吾」


「シンゴ君ね。幽霊にここまで詳しい自己紹介をしてもらうのは、初めてよ」


「あの……実は僕のほかにもう一人、生霊になった友達がいて、その子を探してるんです」


「お友達が? ……ふうん、なんだか興味深いわね。よかったらいきさつを教えて」


 ヨーコさんが身を乗り出すと、後ろで眺めていたアキラさんが「ヨーコさん、お化けと話なんかされたら商売あがったりなんで、外でしてくれませんか」と言った。


 どうやらアキラさんはヨーコさんの「能力」を知っているようだった。そうでなければ何もない空中に向かって話しかけるお客さんを見て冷静でいられるはずがない。


「いきさつですか……話すのはいいけど、その……すごく長くて混みいった話になりますよ?」


「そう、わかったわ。じゃあ私の事務所に来てもらえる?」


「事務所?」


「私、タレントスクールの理事長なの。あなたくらいの子もたくさんいるし、何か手がかりがみつかるかもよ」


「タレントスクール……」


 僕がぽかんと口を開けているとヨーコさんが「あなた、もうちょっと怖い顔もできないと幽霊らしくないわよ。……あ、ごめんなさい。癖で演技指導しちゃった」と笑いながら言った。


「わかりました、いきます」


「ところであなた、車には……乗れないわよねえ。……いいわ、すぐ近くだし歩いて行きましょ」


 有無を言わせぬヨーコさんのペースにすっかり乗せられた僕は、見えないとわかっていても一応アキラさんに「失礼します」と言って店を出た。

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